憎しみを込めた呪いの噂(解明編)


 こんなに楽しな秋心ちゃんを見るのは初めてかもしれない。

 嬉々として葉っぱとにらめっこをしているけれど、口元緩みっぱなしだから秋心ちゃんの負けだね。

 穴が開くほど穴の空いた桜の葉を睨みつけ、腕組みしながらブツブツ言っている。


「……死ぬ……でも……殺すのなら……」


 独り言の節々がやたらめったら物騒だね。こんな人、街で見かけたら思わず道を譲っちゃうよ。

 楽しだと言ったのは、実際の彼女の心中が喜怒哀楽の『喜』でも『楽』でもない事をなんとなく感じたからで、今、彼女の感情を表す言は確実に『怒』であるという事が、手に取るようにわかった。

 そんなにオカルト研究部に対して売られた喧嘩に腹を立てるとは、部長としては嬉しい限りであるけれど、ひとりの先輩という立場からすると少々心配になるね。

 秋心ちゃん、もう少しだけ落ち着きというものを身につけよう!


「秋心ちゃん、これが俺たちに対する挑戦状だとしてだよ、どんな風に対抗するつもりなのさ?」


「それは勿論、全員見つけ出して血祭りにします」


 やっぱりなんてバイオレンス。

 得意げに腕まくりして見せてるけど、その細腕でどうやって犯人をボコボコにすんだろ。口喧嘩では勝てる気がしないけど、腕相撲なら俺の方が流石に強い。

 そんなか弱い秋心ちゃんを危険な目には合わせられないよね。


「もうちょっと穏便に解決しない?」


「でも、それじゃあ先輩がうかばれません……」


 なんか俺死んだことになってる。

 涙ぐむな、俺と言う生命の存在に自信が持てなくなるから。


「えっと、『対抗呪文』だっけ? それはどうだろ?」


「あたしの話、何も聞いてませんね。この呪いにはそれが無いから困ってるんです。呪いの元を断ち切るには、術者を葬る他ないんです」


 わぁ、一転して殺意に塗れた目つきになったよ。彼女の溜息は、鉄をも溶かす!


「え? 相手を殺せば呪いは解けるの?」


「さぁ? 適当に言ったまでです。少なくとも気は晴れるでしょう」


 呆れ顔の秋心ちゃん。適当に希望を持たせるような事を言うな。まぁ、実行に移しやしないけどさ。

 ……待てよ? 


「対抗呪文が存在しないなら、俺達でつくるってのはどうよ?」


「あたし達で……つくるんですか?」


 訝しげな表情。

 火澄君による解説〜


「おう。

 適当に手順を考えて、呪いから回避する方法を噂に付け足して学校中に流すんだ。

 どうせこの呪いも誰かが勝手に考えて流行らせたものなんだろ? 本当に不幸になったやつがいるわけでもないみたいだし、俺達が多少脚色したって問題ないんじゃねぇの?」


 そう、この桜の葉の呪いなんてバカげたものに根拠はありゃしない。必ず考え出した誰かがいる。

 不幸の手紙だって、コックリさんだって他のたいていの噂話だってきっとそうだ。

 そんな人工的な『噂』だって、人々に信じられればそれなりのリアリティを持つし、信じる人にとっては本当にもなりうる。例えばお経なんてものも昔の偉い坊さんなんかが考えたものだし、でも悪霊退散の意味合いを持ってたり、ありがたがって本当に救われる人もいる。

 この呪いで嫌な思いをしているのは俺だけじゃないはずだ。影で笑う卑怯な呪いの術者に泣き寝入りをすることしかできないなんて、腹が立つし悔しいじゃん。


「なるほど、あくまで『相手に仕返しをする』のではなくて、呪いを無効化する……つまりは『願いが実現しないようにする』事で対抗するわけですね。

 面白いじゃないですか、やりましょう。

 お人好しな先輩らしくて、あたしは好きですよ」


 秋心ちゃんに褒められちゃった。今日は良い夢見られるぞ!


「それでは、方法もそれっぽいものを考えないと。

 あたし達オカルト研究部が言うことならそれなりの説得力もあるでしょうけれど、あまりに馬鹿らしい対抗呪文だと格好が付きませんから」


 手順なんてどうでも良いんだけど、ノリノリな秋心ちゃんを見ていると俺も楽しくなってきたので、二人頭を突き合わせてあれやこれやと算段をする。

 時に衝突しながらも、陽がすっかり暮れてしまうころにはその内容も形を見せ始めた。

 背伸びをしながら僅かな達成感に浸る。


「こうやって都市伝説や噂を考えるのって、難しいけどちょっと楽しいな」


「なんだか民衆を影で先導する帝国主義国の黒幕みたいな気分になりますね」


 うん、よくわからん。

 秋心ちゃんにその立場がよく似合うことはよくわかるけど。


 話を戻して、我ながらこれはナイスなアイデアだったと拍手を送りたい。学校のみんなの為になる、オカルト研究部らしい仕事をしたのは初めてじゃなかろうか。

 それにしたって、どんなに手前味噌を並べて見たところでひとつくらいは懸念がつき物だ。

 最大にして唯一の懸念事項。それはもしも呪いが本物だったらどうしよう、と言うものだろう。

 まぁ、その時はしょうがないと諦めるとして、僅かばかりの不安は秋心ちゃんに託すことにする。


「でもさ、もしも万が一呪いが本物で、本当に俺が死んじゃったらどうする? さっき言ってたみたいに泣いてくれる?」


「先輩、何言ってるんですか。泣いてる暇なんてないですよ」


 あら、この目付きはまたアレだ。殺意の波動に目覚めた感じだ。

 泣いてる暇があるんなら、相手を殺しに行くとか言うんだろ、どうせ。

 それはそれで嬉しいんだけどね。俺の敵討ちをしてくれるってのは、少なからず俺のことを慕ってくれてるってことでしょ? 秋心ちゃんのその発想には多少難色を示さざるを得ないけどさ。


「その時は先輩を生き返らせる方法を探します。泣く時間すら惜しいです」


 しばしの沈黙。呆気にとられて口を閉じ忘れてしまった。

 なんだそのバカバカしい発想。俺の予想よりよっぽど現実離れしてるじゃん。


「さすがにそれは無理だろ」


「そう言うことは死んでから言ってください。あたしになら、きっとできます」

 

 どこから湧いてくるんだその自信は。死んじゃったら文句言えないだろ、死人に口なしだ。


「じゃあ、安心して死ぬことにするよ」


 もう一度背伸びをして作業を続ける秋心ちゃんを見てみると、やっぱり不幸になるなんて呪いは嘘っぱちだったのだと気付いたのだった。



おわり

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