憎しみを込めた呪いの噂

憎しみを込めた呪いの噂(提起編)


火澄ひずみ先輩には殺したい程憎い相手がいますか?」


 ……な、なになに何だって? 今かなり物騒なこと言わなかったか、この後輩ちゃん。

 聞き間違いだよね? と口を開きかけた時、秋心あきうらちゃんは首に対して垂直に親指を引くジェスチャーをしていたので、あぁ、これが現実なんだなと諦めることにした。


「いや……別にいないけど」


「そうですよね、どちらかと言うと殺される役の方が似合ってますもんね。先輩って」


 酷い事言うな、そんな役似合ってたまるか。名脇役かっつーの。

 それに恨みなんか買ったこともない。俺は人畜無害で有名なんだ。害が無さ過ぎるのが寧ろ害なくらい。毒にも薬にもならないで通ってるんだぞ、火澄君は。


「そう言う秋心ちゃんはどうなのさ?」


「今のところ、あたしも別に憎い相手はいません。でも、先輩の事はちょっと殺してみたいですね」


 なにそのピュアな殺人衝動。興味本位で俺を殺害対象にするんじゃない。

 秋心ちゃんの快楽殺人鬼具合に素直な戦慄を覚えちゃうよ。


「これはあくまで仮定の話なんだけど、俺を殺してどうするつもりなの?」


「えぇ……そこまで考えてなかったです」


 ホントに本能で殺したがってただけなのか。

 恐怖は加速していくぜ! 夏なのにクーラー要らずだね! 地球温暖化もなんのその、俺の命と引き換えに地球環境に貢献するとは、規模が大きい後輩ちゃんである。


「とりあえず、お葬式では一番大きな声で泣いてあげます」


 どんなマッチポンプだよ。

 いよいよもって本当にサイコパスさ加減が垣間見えてきたなぁ、秋心ちゃん。

 今のうちに改心しとかないと、将来絶対不幸な結末が訪れるよ……あ、もちろん不幸になるってのは俺のことね。だから早いこと俺の命の尊さを学んでおくれ。


「ま、まぁ……俺信じてるから。秋心ちゃんのこと」


「はい。安心してください、周囲がひくぐらい泣きじゃくってやりますよ!」


「そこじゃないよ信じてるのは!」


 どこまで本気なんだ秋心ちゃん。


「さて、がんぼ……冗談はさておき、今日の部活動に移りましょう」


「おいちょっと待て。今なんか言い直しただろ」


「火澄先輩、最近我が校で話題になってる呪いの噂をご存知でしょうか?」


「いやいや、まずは今の問題について話し合うのが先だろ」


「なんなんですか! 人がせっかく説明してるのに!」


 逆ギレされた。なにこの理不尽。社会の世知辛さを凝縮したような遣る瀬無さだ。

 そんな言い方するんなら俺にも考えがある。いつまでも打たれるままのサンドバッグじゃないぜ、火澄先輩は!

 見よ、これが俺の本気だ!

 平身低頭謝ってやる!


「まったく、いい加減にしてください。話を続けますよ」


 なんで君が不機嫌そうなのよ。でも謝罪してしまった手前、もうなにも口を挟めない僕がここにいる。誰か気付いて、ここにいるよ。


「不幸が訪れてほしい人に対して呪いを送るおまじないが、最近一年生の間で凄く流行っているんです。軽く問題になってるくらい」


「あぁ、不幸の手紙みたいなやつね。小学校くらいの時に流行ったな、そういや」


 手紙を受け取ったら十人に回さないと不幸になると言うアレである。

 ここ、そんな都会じゃないけど言うほど田舎でもない。それなのに今更そんないたずらが流行るなんて、まったくみんな暇なんだなぁ。


「はい。まぁ似たようなものなんですけど、この呪いには不幸の手紙のように回避する方法がないんです。だから少し厄介なんですよね」


 呪いを受けたらそれに甘んじるしかないってことか。

 それはそれでゲーム性がなくてつまらんね。不幸の手紙ってのは、『自分が助かりたいが為に人に不幸をなすりつける』って言う遊びなんだから、その心理的圧迫感がなくなっては面白さも半減だよな。


「実際、それで不幸になったやついるの?」


「どうでしょう? くだらないおまじないみたいなものですし、それでよくないことが起こるとも思えませんけどね」


 『御呪い』って漢字を当てるくらいだしね。呪いとおまじないは紙一重。前者は悪意で後者は善意……とまでは言わないけれど、ニュアンスとしてはそれに似た結果でいいんじゃなかろうか。

 呪いもまた、かける方からすれば成功してほしいものだしね。


「んで、具体的にどう言う風に呪いをかけるの?」


「まず校門の隅にある桜の木から葉っぱを頂戴します。ただ、枝から直接もぎるのではなく、落ちている葉を使うのが決まりです。それもなるべく若い葉っぱの方が効果が大きいんだとか。

 その桜の葉に針で少し大きめの四つ穴を開けて、不幸にしたい相手に渡すんです。直接手渡さなくても、カバンや机、下駄箱なんかに入れても良いらしいですよ」


「え? ちょっと待って」


 ポケットを弄る。

 そこから取り出したものを机の上に広げた。


「俺、穴が空いた葉っぱいっぱいもってるんだけど……」


 秋心ちゃんと一緒に覗き込んだその葉っぱには、どれも同じように小さな穴が四つ空いていた。

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