椎茸しか食べない男の噂(解明編)


 部室に入ると、秋心ちゃんはぐったりと椅子にもたれかかっていた。

 およそ一時間、洞下どうさがりと密室で過ごした彼女。いったいどんなやりとりがあったと言うのだろう、まるで生気のない目で俺をちらりと見て、また首を垂れる。

 たまに『きゅう』と小動物のような声を漏らすその様はかなり新鮮である。なんだこの生き物。ちょっとだけかわいい。『可愛かわいい』じゃなくて『可哀かわいい』の方だけど。

 なんとなく声を掛けにくいが、とりあえず呼びかけてみる。


「あ……お疲れ様でした。秋心ちゃん大丈夫? 変なことされてない?」


「無事ですが、疲れました……何か甘いもの持ってませんか?」


 糖分を欲っするほどの疲労感が……。

 こんなに弱った秋心ちゃんも珍しいね。帰りになんか奢ってあげよう。

 労いの言葉もそこそこに、洞下から得たヤツの秘密に移ることにしようか。


「で、どうだった?」


 恨めしそうな目で俺を見上げる秋心ちゃん。

 お、俺にそんな私怨の眼差しを向けられても困るよ。


「まず開始三十分ほど、あたしの魅力について語られました。かなり早口で」


 ゾゾゾ。

 そ、それは辛い。ある種拷問に近いぞ。

 そんなに人を褒めることもないし、まして褒められたこともない俺でもわかる。俺が秋心ちゃんの立場なら耐えられる気がしない。

 どんな顔しながら聞いてたんだろう、秋心ちゃん。得意げに語る洞下の様子は想像に難くないけど、思い描くに値しない絵面だから考えるだけ無駄だね。

 今日は秋心ちゃんを労う事に集中しようと固く心に誓った。


「あぁ……秋心ちゃんは魅力的だからね」


「はい。でもすみません、今回はその部分について割愛させていただきます」


 是非そうして欲しい。

 秋心ちゃんとしても、自分で自分の魅力を論うのなんて耐えられないだろうし。

 いや、自身の魅力について肯定してるあたり、体調万全の彼女ならそんなこと気にしないのかもしれないなぁ。


「それで肝心の椎茸について、あの……なんて話をすればいいのかよくわからないんですが……」


 秋心ちゃんは考えあぐねているようだった。

 顎に細い指を当て軽く首を捻り、しばらく黙った後観念した面持ちでこう言った。


「結論から言うと、あの人は宇宙人なんだそうです」


 ……ん? 今なんと?

 ああ、広義の意味で僕達は宇宙人と言えなくもないね。グローバルって言うか、宇宙規模の広大な物語を展開してるのかな?

 そんな予想は簡単に打ち砕かれる。


「なんか、あの人『パピペ星』の出身なんだそうです」


「えっと……ごめん、意味わかんないんだけど」


「あたしもです」


 やばい、思ったよりこれ疲れるやつだぞ。

 深く関わらない方がいいやつだぞ、これ。

 しかし、秋心ちゃんの頑張りを無駄にしないためにも、俺には最後まで話を聞く義務がある。話を途中で投げ出すわけにはいかなかった。

 それに、秋心ちゃんにしてみれば訳の分からん話を聞かされた後、また訳の分からん話を今度は自分が語る立場にならなければいけないんだから心労は俺の二倍だ。

 頑張れ秋心ちゃん! 負けるな秋心ちゃん!

 とりあえず、続けてください。


「椎茸はパピペ星人の主食である『ポイの実』と同じ味なんですって。だから毎日食べてるんだそうです」


「へぇ……」


 応援しておいてなんですが、何も反応できないですごめんなさい。『へぇ……』としか言えなくてごめんなさい。


「ある日、宇宙からのメッセージを受け取ったらしいんです。『君は地球人ではない。気高きパピペの星の者だ』と」


 パピペ星人には大変失礼だけど、その星の名前全然気高さがないよね。


「なんでも、地球や地球人の情報を集めることが彼の使命なんだとか。だからこうして一般人に紛れて生活して高校に通い、知識の収集に努めている……つまるところ、スパイですね」


 スペーススパイ洞下……俄かには信じ難い。

 そういやあいつ、アイドルとか詳しかったっけ。なるへそ、地球の文化情報収集の一環だったんだね!? 別にアイドルオタクとかそう言う訳じゃなかったんだね!


「いつかパピペ星に帰る日に備えて少しでも体をパピペ星人に近づけておく必要があるので、椎茸以外は食べられないと、そう言ってました」


 ……よし! なるほど、納得したよ。なら仕方ないよね! パピペ星人なら椎茸しか食べられなくても仕方ないし、俺超納得した!


「他にパピペ星の文化や歴史についても延々聞かされたんですが、話しましょうか?」


「あ、いや大丈夫。お腹いっぱい」


 そうですか、と秋心ちゃんは机に突っ伏してしまった。余程こたえたのだろう、このまま寝息でもたてそうな勢いである。

 クラスメイトの正体を知ってしまった。今日の昼に事実上友達ではなくなったから、今ではただの同級生なんだけど、それでも衝撃は大きい。

 正体ってのは宇宙人と言うのもそうだけど、洞下がこんな電波なやつだったとは……って意味である。


「もう遅いし帰ろっか?」


 秋心ちゃんの肩を揺さぶり声をかける。

 『んんん!』とぐずり、なかなか起きようとはしない彼女に優しく問いかけた。


「疲れただろうし、コンビニでアイス奢るよ」


「……高いやつでもいいですか?」


 よかよか! 二個でも三個でも買っちゃる!

 俺が言い出した事でこんなに彼女を弱らせるとは思っても見なかった。いくら俺でも多少の罪悪感はあるよ。


「先輩、一応聞きますけど、あの人が宇宙人だって話、信じますか?」


「まぁ……夢があっていいんじゃないかな?」


 僕等オカルト研究部だしね。それに洞下がそう言うのなら、まぁそうなんだろう。

 なんなら、秋心ちゃんファンクラブの全員が人間じゃない何かなんじゃないかって思ってるくらいだよ。


「ちなみに、この事はあたしとあの人の二人だけの秘密だそうなので聞かなかったことにしておいてください。

 もしも他の人にバレたら、地球にはいられなくなるらしいので」


 うん、他言しようものなら俺まで頭おかしいと思われちゃうからね。

 てか、今すぐ忘れたいくらいだよ。

 それにしても秋心ちゃん口軽い。速攻で俺にバラしてるし。それはそれで仕方ないんだけどね。

 と言うわけでなんかすごい疲れた(主に秋心ちゃんが)一日が終わった。すごい無駄な一日だった気がするのは気のせいだろうか? うん、きっとそうだ。


 余談ではあるけど、その翌日、洞下は急遽転校してしまってその与太話の真意を問うことも、ましてや二度と会う事も出来なくなるんだけど、それはまた別の話である。



おわり

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