椎茸しか食べない男の噂
椎茸しか食べない男の噂(提起編)
「
部室を後にし昇降口に向かっていると、秋心ちゃんが珍しく食事に誘ってきた。
今日は幽霊やらなんやらを探しに行かなくてもいいらしい。
「晩御飯食べられなくなるよ?」
俺はお前の母ちゃんか。
いつも買い食いをしようとして秋心ちゃんに戒められるのが常だけど、今回は立場が逆転している。
つまるところ掟破りの逆母ちゃんである。下克上だ!
「今日は両親帰りが遅いので、外で食べなければいけないんです。先輩、どうせ暇じゃないですか」
まずは暇ですか? て聞いてほしい。なんで最初から決めつけるのかねこの後輩ちゃんは。
どうせなんもないんだけどさ。
「俺は晩飯あるんだけど」
「駅前のラーメン屋さんに行きましょう。女の子一人だと入り辛くて」
相変わらず俺に発言権は無いんだね。秋心ちゃん、少しだけで良いから俺を敬っておくれ。
まぁ、そんなの無理難題なんだって知ってるけど。下克上とか言ってる時点で、俺の方が秋心ちゃんよりも下だって認めてるみたいなもんだよね。
まいったまいった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「大盛りチャーシュー麺ふたつ。あ、ニンニク多めでお願いします。あと、麺はやわめにできますか?」
ラーメン屋に入るのを恥ずかしがる女の子の注文じゃないでしょそれ。
そんで俺の注文を勝手に決めないでくれ。俺、どっちかって言うと固麺派なんだよ、メモっといて。
て言うか大盛り食べきれるかいな、帰ってから母ちゃんの手料理も食べなきゃいけないのに。
「男子高校生ならこれくらい普通なんじゃないですか?」
運動部ならそうかもね。でも俺、オカルト研究部だし。放課後カロリー消費しないし。精神力はガリガリ削られてるけど。
「秋心ちゃんこそ、細い体でそんな食べられるの?」
「楽勝です。育ち盛りなので」
主に体のどの部分が育ち盛りなんだろうね。
おっと、口が滑るところだった。俺はまだ命が惜しい。
「先輩はそろそろ腐り盛りですか?」
「そんな盛りはない! 秋心ちゃんと俺、ひとつしか違わんでしょ!」
「中身の話をしてるんですけど」
中身って内臓のこと? 心のこと? そっか、中身の話か、火澄先輩早とちりしちゃった、ごめんごめん……とはならないからね?
腐ってないよ俺。フレッシュマンだよ。あ、これ新社会人を指す言葉だから、俺はまだ出荷どころか収穫すらされてない状況だ。
「先輩、もうちょっと意欲的になってください。いつもやる気なさそうにしてるから、腹が立ってお腹が空きます」
心の方だったのか。内臓の方じゃなくてよかった。
立った分スペースが空くなんて、君の胃袋は電車かなにかなの?
「ちゃんといつもオカルト調査してるじゃん」
「あたしが持ってきた噂の解明をしてるだけじゃないですか。
たまには火澄先輩から話題を振ってくださいって意味です」
たいして解明してない気もするけど。
そもそも、俺オカルト解明しなくていいと思ってるし……あ、こういうところがダメなんだよね。わかってるわかってる。
「先輩から不思議を持ってきてもらえれば、あたしがそれを解明しに行きますよ。
『部訓第三条、不思議は提供された者が率先して解明すべし』にのっとって」
だから、そんな決まり知らないっての。部長の俺が知らないところでどんどん部訓が作られていくこのオカルト研究部をどうにかして。
でも、秋心ちゃんの言うことにも一理あるな。
不思議な話を収集することが出来ないなら、せめてその実態調査で頑張れよって事だよね。
それすなわち、噂話を提供すれば俺は調査頑張らなくて良いって事じゃん! 俄然やる気が湧いてきた。
「じゃあさ、これは俺のクラスの話なんだけど」
「チャーシュー麺大盛り二丁おまち! お嬢ちゃん、可愛いからチャーシューもう一枚おまけしといたよ!」
「わぁ、ありがとうございます」
大将、邪魔しないでよ。珍しく俺ノリ気だったのに。秋心ちゃんもラーメンに夢中だし、カラオケの途中で飲み物持ってこられた時みたいな気恥ずかしさに身をやつしちゃってるよ。
「のびますよ?」
「あ、ハイいただきます」
美味しいけど、めちゃくちゃこってりだ……。
「で、先輩のクラスがどうしたんですか? あの
いったい彼女にどんな怨みがあるんだよ。一度か二度しか会ったことないだろ。
木霊木さんは人から怨みを買うような人じゃないし、秋心ちゃんの敵意の理由がよくわかんないんだよね。同族嫌悪にしても、人間的共通点はほとんどないしね、君等には。方や優しいモテモテ女子で、方や辛辣な後輩ちゃんだから。
「違う違う。
俺のクラスに
「ただのキノコ好きなクラスメイトの話であたしが満足するとでも? そっか、先輩も菌類のお友達みたいなものだから、共感するんですね」
さらっとめちゃくちゃ酷いこと言うね。
俺はそんなキノコばっか食べてない。どちらかと言うとキノコばっか食べてる
そんな菌類の洞下とはちょいちょい喋ったりするし、仲悪くはない。良くもないけど。
「マジでそいつ椎茸しか食べないんだよ、他のモノは一切食べないの。
普通のやつなんだよ? 椎茸しか食べないって事以外は。
そいつの弁当箱に椎茸が一面敷き詰められてるのを見たときは震えたぜ……」
ちなみにクラスではそのことに触れないのが暗黙の了解になっている。過去に指摘したやつに殴りかかって騒動になった事もあるらしいし、触るな仏って事なんだろうな。だって、正直格好気味が悪いし。
なんか諺間違えた気がするけど気にしないぞ。
「……確かに、それはいささか不思議ですね。
わかりました、明日の昼休みに先輩の教室にお邪魔して確かめてみます」
ラーメンに視線を落とし麺をすする秋心ちゃん。
「ところで先輩は好きな食べ物とか嫌いな食べ物とかあるんですか?」
「うーん……なんでも好き。嫌いなものもない。
強いて言えば鰯が苦手かな。あれってイルカとかアザラシとかの餌になるじゃん? そう考えたら魚達の中でも下に見ちゃうんだよね」
「『にんべん』に『弱』と書いて『ひずみせんぱい』と読むことを考慮するに、同族嫌悪ですか? 鰯に対して」
そんな漢字は存在しない。
「でも、こうして二人で飯食うのも珍しいよな」
「放課後デートみたいですね」
ロマンチック不在のデートがここにある。
好き好んでオカルティックな話をするカップルなんて、俺嫌だ。
「デートにラーメン屋に連れてったら、たいていの女の子は嫌な顔するんだろうけどね」
「あまつさえにんにく多めのラーメンなんて頼んだ日には、すぐさまお別れの言葉を渡されることでしょう」
店のチョイスもにんにく多めも君の注文なんだけどね。
秋心ちゃん言葉は一応心に留めておこう。いつか実践する日が来るかも知れないし。
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