裸足女の噂(解明編)


 車窓の風景はどんどん過ぎ去っていく。景色が変わる度に裸足女は『あー』とか『うー』とか声にならない声を出していた。

 目的地に近付くにつれ、見るからに裸足女はテンションが上がっていくのがわかった。体を激しく揺さぶり、声も大きくなっていく。

 まずい。

 珍しく俺は焦っていた。裸足女の降りる真倉北まくらきた駅には秋心ちゃんがいるのだ。

 その秋心ちゃんの話だと、俺は裸足女と同じ駅で降りてはいけないらしい。それを破ると呪いがあるんだとか。

 でも、一緒に降りなければ降りないで、その駅にいた人間の誰か一人に呪いがかかると言う。

 それは即ち、秋心ちゃんに呪いの矛先が向く可能性があると言うことだ。

 秋心ちゃんに打ったメールの反応はない。リダイアルも通じない。

 すぐに駅から離れろと言うメッセージは彼女に届いているのだろうか。


「人をひとり……人をひとつ……」


 裸足女は歌っている。その呪いがなにをもたらすのかなんて、考えるだけで恐ろしい。

 よく考えろ、どうすれば最善であるかを考えろ。

 呪いは嫌だ。絶対嫌だ。歯医者と同じくらい嫌だ。

 そもそも、秋心ちゃんが変なことを言いだすからこんなことになったんだ。全く、困った後輩だ。

 これまで何度も困らされて来たけど、今度という今度は多少叱りつけてやりたくもなる。

 思い出されるのは秋心ちゃんの笑顔、笑い声……はではなく、俺への罵詈雑言ばっかりである。嫌な走馬灯を見ちゃったよ。

 

『次は真倉北まくらきた駅です』


 アナウンスが流れた。

 電車はゆっくりと減速を始める。ホームにはほとんど人影がない。もう『真高生まっこうせい真倉北高生まくらきたこうせいの略)』も部活を終わらせて帰っている時間だから当然だ。

 扉が開く。熱気が僅かに車内の湿度を上げた。

 裸足女は、のそのそと電車を降りていく。俺はその背中を見つめるしかなかった。


『ドアが閉まります』


 ホームで降車した人々がちらほらと改札へ向かって歩いていた。裸足女の姿はもうない。

 闇に姿をくらましたのか、単純に見失ってしまっただけなのか。よくわからないけど、顎まで伝った汗が少ししょっぱい。

 大きな溜息をひとつ吐く。

 どうして俺はこうなんだ。こんなだからいつも割に合わないんだ。

 いつもいつも、損な役回りで嫌になってしまう。

 結局、この駅で電車を降りてしまった。


火澄ひずみ先輩」


 秋心ちゃんはホームのベンチでコーラを飲んでいた。驚いたような顔で俺を見つめている。

 喉がカラカラだ。それ、一口くれ。


「ここで降りたんですか?

 と言うことは、裸足女はもっと前の駅で降りてしまったんですね。どうりで見当たらなかったわけです」


「秋心ちゃんまだホームにいたんだ。てっきり今の電車で帰ってるのかと思った」


「電話にも出てくれないしメールもくれないし、先に帰るのも忍びないのでとりあえずここで待とうと。

 それにしてもとても心配しました。謝ってください」


 頬を膨らませてそう言う。

 いやいやいや、俺の方こそかなり悩んだし心配したんだけど。

 よーし、ここは先輩らしくビシッと言ってやる!


「あー……心配かけてごめんなさい」


 無理無理! できるわけないっしょ! わかってたっつーの!

 て言うか、メールの返信きてるし。これはあれだ、俺が気付かなかったんじゃなくて、裸足女が何かしらの妨害電波でメールの送受信を阻害していたんだ。

 そうに違いない!


「本当に、何かあったらどうしようかと思いましたよ」


 彼女の笑顔はとても眩しいけれど、俺は相反してとてもブルーである。

 秋心ちゃんとの約束を破ってしまった……つまるところ、それは俺に裸足女の呪いがふりかかると言うことなんですよ。

 短い人生だった。


「あの、ひとつ聞いていい? さっき電話で言いかけてたことってなに?」


「あぁ……裸足女の呪いについてです。説明しそびれてたので念の為伝えておいた方が良いかと思って」


 俺は唾を飲み込んだ。

 知りたいような知りたくないような複雑な心境。生きていくうえでは知らない方が幸せなことも多いしね。

 それでも耳を傾けることにする。覚悟を決めるためだ。


「裸足女と同じ駅で降りてしまうと、次に電車に乗るとき、また彼女が同じ車両に現れるんですよ」


 静かに告げる秋心ちゃんに、呆気にとられてしまった。


「……そんだけ?」


「はい」


 よかったー!

 胸を撫で下ろしまくった。

 呪いが『死ぬ』とかだったらどうしようかと、めちゃくちゃビビってたんだぞ俺! もー! 心配返せ! あ、やっぱいらないです。もうこんな気持ちこりごりだ。

 撫で下ろしまくって胸が平らになってしまったよ。これじゃ秋心ちゃんとおんなじだね、お揃いだね。


「今、失礼なことを考えましたか?」


「え? い、いや全然」


 さっきのふくれっ面とは違う冷徹な怒りが目の前にある。

 少し調子に乗りすぎた。そして君、勘が良すぎ。


「まぁ、無事だったので今日は許します。

 話を戻しますが、裸足女と同じ駅で降りた場合の呪いには続きがあるんです。この呪い、一度目と二度目では内容が違うんですよ」


 秋心ちゃんはコーラを飲み干しぷはーっと満足そうに息を吐いた。もらい損ねた。

 また彼女は説明に戻る。


「一回目はさっき言ったとおりなんですけど、二回目一緒に降りたら本当にダメなんですって。

 その時は死んじゃうらしいですよ。怖いですよね」


 重い! 二回目重い!

 一回猶予があって本当に良かったと思う。

 裸足女さんの優しさに感謝だね。


「ところで、裸足女はどこで降りたんですか?」


「さぁ? 知らんうちにいなくなってたから知らないよ」


「どこで降りるかって、話しかけてきませんでしたか?」


「言ってたような言ってなかったような……」


「……なんか隠してます?」


「かかかかくかくかくししかくし」


 かくかくしかじか話してしまおうか。やめとこう。

 いらん心配はかけさせない方が良い。さっきまでも十分心配してくれてたみたいだしね。


「先輩、動揺しすぎです」


 ぎくぎくー! どどどどうようしてないし!


「と、ところで、あの人なんで裸足だったんだろうね」


「靴を脱いで線路に飛び込んだからに決まってるじゃないですか」


 うん、安心してたけど、やっぱりこの話は超ホラーだった。

 命がある日常に感謝しよう。そして次に裸足女に会った時は、秋心ちゃんの事なんか気にせず別の駅で降りてやるのだ!

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