裸足女の噂(調査編)
なんだかんだで反対しきれないのが俺の悪いとこだよなぁ。
普段は通学に使う下りの快速電車に揺られながら田園風景に視線をやる。そろそろ空が暗くなってきているから、再び
電車内には会社帰りのサラリーマン達がちらほらと疲れた面持ちを見せている。いつもお仕事ご苦労様です。
俺もいつかは社会に出て、汗水垂らして働くんだろうなぁ、嫌だなぁ、誰か養ってくんないかなぁ。
今度は上りのホームへレッツゴー!
この往復だけでもう汗が額に滲む。今年の夏に夕涼みは存在しないのだろうか。
『
秋心ちゃんにメールを打つ。するとすぐさま返信が来た。
『りょ!』
先輩に対してなんたる軽快なメールさばきだこと。『!』を入れても三文字しかないじゃないの。
拝啓だの敬具だの使えとは言わないけど、社会に出たらそれじゃやっていけないぞ!
君もいつかはこちらにおられるサラリーマンの皆様なように頑張らなきゃいけないんだからね!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『黄色い線の内側に〜』と言うアナウンスが流れて電車がホームに滑り込んで来た。鉄の扉がプシューと開く。
幽霊なんかそう簡単に遭遇できんだろうと溜息を吐きながらクーラーの効いた車内に突入!
やっぱりいました。
裸足の女がいました。秋心ちゃんの言うとおり、ボロボロの黒いワンピースを着た女がゆらゆら揺れながらブツブツと独り言を漏らしている。
うわぁ……絶句するのみ。
想像してたより百倍怖いじゃん、裸足女。
『裸足女、いました』
『りょ!』
ま、またもや三文字。
今、わりかし緊張感あふれる場面なんだけど。
『もうちょっと長い返信をください』
『りょー!』
うん、進歩が見られるね。先輩としては嬉しい限りだよ。
この際秋心ちゃんは放っておこう。裸足女の観察に移ることにする。今年の夏休みの自由研究は、裸足女の観察日記だ!
裸足女は虚ろな目でどこか空中を見つめている。時折奇声を発するあたり、幽霊じゃなくても関わりたくないタイプの人だ。
しかし、彼女の存在は俺以外には視認できていないらしく、大勢乗っている乗客は誰も裸足女を気にかける様子がない。彼女の周りには誰も寄り付かないところを見ると、目には見えないけれどなにかしらの違和感がそこにはあるのだろうが。
それでも、当たり前に裸足女が目の前にいると言う事実が、彼女は本当は幽霊なんかじゃないのでは? と錯覚させそこまでの恐怖心はない。見た所ただの人間だもん。
いや、怖いは怖いけど、腰抜かして悲鳴あげたりするほどじゃあないってこと。
て言うかさ、幽霊って足ないんじゃなかったっけ? この女、ばっちり足あるし裸足なんだけど。
電車内の名物キャラが勝手に幽霊にされているだけではなかろうか。なにそれ、超可哀想。
ポケットの中で携帯が震える。秋心ちゃんからの着信だった。
「もしもし?」
『先輩、大丈夫ですか?』
他の乗客の目が気になるので、俺は小声で答える。
「ごめん、わかってると思うけど今電車の中だからさ……」
『わかってます、でもやっぱり心配で。
先輩、さっきあたしが言ったこと、必ず守ってくださいね。裸足女と同じ駅では絶対に降りないでください』
言葉には確かに不安が見える。
え、本気で心配してくれてんの? なんかちょっと嬉しい。
『あともうひとつ言い忘れてたことがあっ』
ツーツー言っている。もちろん秋心ちゃんがツーツー言ってるのではなく、電話が切れてしまったと言う意味だ。
ツーツー言う後輩はあんまり見たくない。その時先輩である俺はカーカー返さなければならないだろう。
つーかなによ、言い忘れた事って。すごい気になる。まさかこのタイミングで愛の告白もなかろう。
気になる気になる! 周囲の目なんか気にせずリダイヤルしてやろうか!
「あのぉ……」
危うく携帯を取り落すところだった。
気が付くとすぐ隣に裸足女が立っている。濁った魚のような目で、血のように真っ赤な口を耳まで割いて笑っている。
ばっちり目が合ってしまった。
「わたしぃ……
溺れながら喋るように聞き取り辛い声だった。鳥肌が背筋から走る。
えっと、えっと、降りる駅を宣言されたら答えなきゃダメなルールだよね? あってるよね? 俺の記憶正しいよね?
「ど、どうぞ」
裸足女はニンマリ笑い、俺に背を向け窓の外を眺める。再びブツブツと独り言を始めた。
真倉北駅まであと一駅。
時間にして五分ほど。
そして俺は今やっと気付く。
裸足女が降りる真倉北駅では、秋心ちゃんが俺を待っているのだ。
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