裸足女の噂

裸足女の噂(提起編)


「くすくす……あ、今日立たされてた火澄ひずみ先輩だ。お疲れ様です。くすくす」


 うん、悔しいね。

 堪らんね、悔しさが止まらないね。泣きそう。

 自業自得なんだけどさ。遅刻しちゃった俺が悪いんだけどさ。

 それにしたってタイミング悪すぎる。何故廊下でバケツ持って立ってるところに通りかかるの秋心あきうらちゃん。君だって授業中だったでしょうよ。


「気分が悪くて保健室に行こうとしてたんですけれど、火澄ひずみ先輩の滑稽な姿を見て体調が戻ったので、引き続き授業を受けることができました。

 ありがとうございます、くすくす」


 感謝してるんなら笑うなよ!


「あぁ、お腹痛い。頭が痛くて授業を抜け出したのに、今度はお腹が痛いです先輩。

 どう責任とってくれるんですか?」


 今の今まで感謝してたくせにいきなり罪人にされた。

 俺はジャンヌダルクか!?


「責任とってさすってやろうか」


「セクハラです。最低、見損ないました。

 死ねば良いのに。火澄先輩、底無しの軽蔑をお送ります」


 おぉ……なんだこの奈落を見下ろすかのような眼差しは。まるで下卑た虫でも蔑むような冷たい目。

 ヤバい、し……死ぬ。

 暖かいモノ(と書いて心)をください!


「どうしてもあたしに触れたいと言うのなら……これですよ」


 人差し指と親指で輪っかをつくり俺に見せつけるとは可愛い後輩ちゃんだなぁ、ゲスいなぁ。


「なんだよ金かよ……絶対払わんぞ!」


「違いますよ、失礼な。これは釈迦如来像のポーズです」


 し、失礼しました! 仏像がよくしてるあれですよね。

 紛らわしいな!


「それくらい徳を積まなければあたしには指一本触れることはできません。

 お金で買えるほど、この秋心あきうらちゃんが安い女に見えますか?」


 安くないし易くなさそう。

 秋心ちゃんを食べ物で例えるならサザエの黒いところかなぁ。我ながら分かり辛い例えですみません。


「ところでどうして遅刻したんですか? 不良ですか? 社会のゴミなので死んでください」


 勝手にゴミ認定して、なおかつ自死を言い渡すのをやめていただきたい。


「違うわい! 真面目だけが取り柄なんだぞ俺は!」


「なんですかそれ、くそつまらん男ですね」


 え……?

 そんな単純に汚い言葉で罵るパターンもあるの……?


「それに自分で『真面目が取り柄』なんて、言っていて悲しくなりませんか?」


 大丈夫だよ、秋心ちゃん。君から絶え間なく与えられる悲しみが大きすぎて、僕には自分の言葉に涙を流す暇なんかないんだよ。

 良いこと言ってるようで果てしなく可哀想な事言ってるなぁ、俺。

 鬱気味になってきたから話をもーどそ。後で楽しい気分になるお薬も飲んどこ。


「実は電車の中でうっかり寝ちまってさ……乗り過ごしちゃったのよ」


「あぁ、お気持ちはわかりますよ。電車の揺れって、心地良いですもんね」


 え……?

 ちゃんと同調してくれるパターンもあるの……?


「だろ!? 昨日ちょっと夜更かししちまったせいで気が付いたら船漕いでて、目が覚めたら犬絞いぬじめ駅だったんだよ……」


「セクハラです。気持ち悪い、この下賤な豚め。

 人生で一番辛かった過去を思い出しながら舌を噛み切ってください」


 ど、どのあたりに反応したの秋心ちゃん!? 俺の意図していない性的なワードが隠れていたのか、それとも俺の知らない性的趣向を秋心ちゃんが持ち合わせているのか。

 あと、要求が苛烈になり過ぎてて想像できないよ。


「ところで犬絞いぬじめ駅と言えば『裸足女』の噂が有名ですよね」


 また始まった。

 いつもいつもよくまぁそんなに噂話を集めてくるもんだ。

 なに? その聞くからに良くなさげなワード。『裸足女』って字面だけでちょっと怖い。


「一応聞くけど、なにそれ」


「犬絞駅に出る幽霊です。あそこで乗車した快速電車の中に、裸足でボロボロのワンピースを着た女が乗っているんです。

 裸足女は『わたしは〇〇駅で降ります』と声をかけてくるので、『どうぞ』と応えるのがルールなんだそうです」


 超オカルトじゃん。怖いやつじゃんそれ。


「これも何かの縁ですし、せっかくだから今から行ってみてください。犬絞駅に」


「嫌だよ。だって家逆方向だもん」


 それになんの縁もないよ別に。

 裸女なら少し興味はあるけど。


「てかさ、ってことは俺一人で行けってことなんでしょ?」


「本当はあたしも一緒に行きたいんですが、ダメなんです。裸足女は一人じゃないと会えません。

 それに電車の外から裸足女を見たらどうなるのか気になるので、あたしは真倉北まくらきた駅で待機しておきます」


 真倉北駅はこの高校、真倉北高等学校の最寄駅である。

 君、本当は怖いだけなんじゃないの? 意外や意外に秋心ちゃんはお化けとか苦手だし。実は怖い映画なんかも一人で見られないんだよね、この子。

 ……なんでオカ研入ってんの?


「犬絞駅まで切符代かかるし、なにが悲しくて一日に二回もあんなとこ行かないけんのよ。

 僕は絶対行きませんからね!」


「あと、これはとても大事なんですけれど、裸足女と同じ駅で降りては絶対にいけません。呪いがあります。

 でも一緒に降りなければ安心です。裸足女の呪いはその時の駅にいた人の誰か一人に移っちゃうから」


 うわぁ、この子俺の話なんも聞いてなーい!

 俺、犬絞駅に行くことになってるー!


「だから、絶対に裸足女と同じ駅では降りないでくださいね?

 あたし……先輩のこと、とても心配です」


 心配するくらいなら最初から行かせるんじゃないよ!

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