恋の紙飛行機の噂

恋の紙飛行機の噂(提起編)


「火澄先輩って、モテなさそうですよね」


 開幕からなんなのこの子。

 いきなりエグい内角低めの球を放りすぎでしょう。


「ごめん、あんまり野球は詳しくないんだ……」


「そんな話はしてないんですけれど」


 知ってる知ってる。先輩なんでも知ってるんだ。今のはぐらかし方が正しくないってことも勿論知ってるよ。

 だけどひとつだけ知らない事があるんだ、教えて欲しい。なんで俺モテないの?


「お、俺恋愛とか興味ねぇし。今は部活に打ち込みたいから」


「それ、野球とかサッカーに情熱を燃やすイケメンが言えば絵になるんですけどね。

 オカルト研究部に青春の何を捧げてるって言うんですか。あまつさえ先輩、やる気無いのに」


 正論は人を傷付ける。それを知った方がいいぞ、秋心ちゃん。

 そして君もそのオカルト研究部の一員だ。こんなところで腐ってないで、青春を有意義に使いたまえ。


「どうしたんですか先輩。まるで『お前はどうなんだ』と言わんばかりの目ですね」


「いや、してない。そんな目してない」


「ふふん、残念でございます。

 先輩と違ってあたしはもうモテモテです。ほら、今日だってラブレター貰っちゃいました」


 知ってるよ! 君、告白される度に俺に自慢して来るからね! 知ってる知ってる、火澄先輩超知ってる! 秋心ちゃんがモテること知ってるよ!

 て言うか、それ自慢したかっただけだろお前!


「入学して半年と経たずにもう十通目です。先輩は何回くらい告白されたことありますか?」


 残酷だ。

 これは拷問に近い。中世の魔女狩りを彷彿とさせる。

 俺は悪魔信仰なんかしてない! 密告者は誰だ! 悪魔の証明って知ってるか!? やってない事を証明するのはやった事を証明するのより百万倍難しいんだ!

 あれ? じゃあ告白された事が『無い』って事はされた事が『有る』って証明するより難しいんじゃない? やった、これで勝てる!

 ドアをノックする音。

 誰だよまったく、今まさにこの失礼な後輩を論破してやろうと意気込んでいたところに、無粋な邪魔が入ってしまった。くそう、本当にタイミングが良……悪いぜ! 

 どうぞー! 入ってどうぞー!


「あ、こんにちは……。今お取り込み中?」


 クラスメイトの木霊木さんだった。

 普段オカルト研究部に来るやつなんていないし、その滅多に来ない御客様が彼女であることに俺は驚きを隠せない。

 まさか俺に愛の告白だろうか。来た! 春が来た! 期待するだけは無料ただだから好きなだけ期待しておこう。俺、デパ地下の試食とかにも何回も並んじゃうタイプだし。


「あれ? 木霊木こだまぎさんどうしたの? こんなところに何か用?」


「ちょっと話したいことって言うか、聞きたいことがあって」


 屈託のない笑顔。流石は我が教室の天使である。

 彼女は俺のクラスどころか学年でも一、二位を争うほど男子に人気がある。

 その可愛らしい容姿はもとより、誰にも分け隔てなく優しく接してくれる姿から付いたあだ名は『二年の学び舎に舞い降りた天使』。因みに去年は『新入生代表天使』でした。

 余談だけど秋心ちゃんは『難攻不落の悪魔の子』って呼ばれてるよ。モテてるって意味では同じだけど呼ばれ方に差があり過ぎだよね。でも僕、納得しちゃう。


「用事とはなんでしょうか?」


 でた! 秋心ちゃん悪魔モード! だいたい人が来たらこのモードになる。人見知りな秋心ちゃんは、大体の人間に対して言葉が他人行儀でいつに増して冷たくなるのだ!

 因みに俺と二人きりの時は獄卒モード。どっちもどっちだね。親しくなるのも考えものだな。


「あ、えっと初めまして。火澄君と同じクラスの木霊木って言います」


「秋心です。火澄先輩がいつもお世話になってます」


 君は俺のなんなんだ。


「で、用事ってなんですか?」


 急かすな急かすな! 木霊木さんにそんな攻撃的な目をするな! あからさまにイライラするんじゃない!

 相手は天使だぞ? あ、でも君は悪魔だね。天界戦争でも起きるのかな?


「あ、うん。『恋の紙飛行機』について聞きたくて」


 木霊木は秋心ちゃんのそんな視線を察してか、俺に向かって言った。正しい反応だよそれ。秋心ちゃんって怖いもんね。

 ただ、残念ながら俺はそんな噂聞いた事がなかったので首を横に振った。

 木霊木さんによる解説〜。


「三丁目に小さな神社があるんだけど、そこの池から向かいの岸まで、赤いマジックで好きな人の名前を書いた紙飛行機を飛ばせたら恋が叶うっておまじないなの」


 なんて可愛らしい噂なんだ。

 見たか、秋心ちゃん。やれ鎌を持った黒服の男を探しに行こうだの、やれ人面犬の毛皮で作ったマフラーがあるらしいだの言ってる君と同じ女の子だとは思えないファンシーな恋の噂話だ。

 少しは彼女を見習え! 届け、この思い!


「……それで、その『恋の紙飛行機』とやらがなんだって言うんですか?」


 秋心ちゃんの言葉はまるで戦闘機みたいだね。口調って大事です。


「えっと……恥ずかしいんだけど、わたしも飛ばしてみたんだ紙飛行機。ちゃんと向こう岸まで届いたんだけれど、でも全然叶いそうになくって。

 それで相談しに来たの。火澄君、オカ研の部長だから何か知ってるかもと思って」


 まさかの恋話コイバナだった。

 なんだろ、俄然テンション上がるね! あれれ? 秋心ちゃんどうしたの? めっちゃ怖い顔してるけど……。


「誰の名前を書いたんですか?」


 それめっちゃ気になる! くそう、どこのどいつだ羨ましい。木霊木さんの想い人は誰なんだ!


「それは……秘密だよ」


 ちくしょー! たのしー! 想像が膨らむ! 恋話コイバナサイコー!

 ……なんで秋心ちゃん苦々しい顔してんの?

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