廃墟の幽霊の噂(調査編)


 話をおさらいしましょうか。

 街外れに古い洋館があると言うのは本当の話で、昔何処ぞの金持ちが住んでいたらしい。過去形になっているのは、勿論今は誰も住んでいないって言う意味だ。

 この手の話にありがちな、過去に人が死んだなんてエピソードは、件の物件にも御多分に洩れず存在する。ただしこちらのいわくについては甚だ疑問が多いらしいけど、とりあえず説明しよう。

 昔この洋館の若い娘が押し入った男から暴行され、滅多刺しにされて凄惨な最後を迎えたと言う。以来、満月の夜になると洋館には長い髪をした若い女の幽霊が現れるんだとさ。

 めでたしめでたし、もといめでたくなしめでたくなし。被害者のご冥福をお祈りするばかりである。


「なんだ、先輩も知ってたんですね。まぁ、この話は有名だから寧ろ知らない方が不思議なんですが」


 実は今日に至るまでそんな噂知らなかったなんて、火澄くん恥ずかしくて言えないです。

 俺だけ現代でも鎖国を継続中なのだ! 望んでないのに!

 自転車の荷台に秋心ちゃんを乗っけてひたすらペダルを漕ぐ。時間も時間だし、おまわりさんに見つかったら即補導だろ、これ。

 このクソ暑い初夏の夜に俺はなぜこんな事をしているんだろう。


「てかさ、いいの秋心ちゃん? こんな夜中に外出して親に怒られない?」


「大丈夫です、あたしの両親はそこらへん寛容なんで。先輩と一緒だって事は伏せてますし」


 君の家庭では、俺の信用どんだけ低いんだよ。

 こう見えてもクラスやご近所さんの間じゃ面倒見が良くて気の利くナイスなガイで通ってるんだぞ。

 あぁ、後ろに乗ってるのがこの子じゃなくて、二人乗りしてる理由がお化け探しじゃない別のなにがしなら、それなりに憧れたシチュエーションなんだけどなぁ。所がどすこい、俺の場合は青春の一ページとして刻まれようもない溜息ばかり出てくるのはなぜでごわすかね。

 ぶつくさひーこら言いながら、やっとこさ目的地へ到着。

 秋心ちゃんってば涼しい顔してからに、こちとら汗だくだよまったく。


「先輩、なに休んでるんですか。夜が明けてしまいますよ。

 今夜を逃したらまたひと月待たなければいけなくなってしまいます」


 空にはまん丸なお月様が輝いている。噂を確かめるには絶好の日和である。嫌だなぁ。

 秋心ちゃんはTシャツにジーンズ、スニーカー姿で肩にはトートバッグを下げて足踏みしながら俺を待つ。

 廃墟探索をするのだから動きやすい格好で、とは言ったものの、やはりどうして新鮮なはずの彼女の私服にまるで色気が無いことは、落胆の色を隠せない理由として申し分なかろう。

 ただ、普段下ろしている髪をポニーテールにしている点はグッドです。普段見れないうなじが見えるからです。

 ごそごそと取り出した懐中電灯で俺の顔面を照らしながら秋心ちゃんは更に急かすように言った。


「さぁ、幽霊探索開始です。もしもの時は先輩を置いて一人で逃げるので、自転車の鍵はかけないでおいてください」


 鬼だ。やっぱり怖いのは幽霊ではなく以下略。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 入り口には立入禁止の看板と不法侵入はなんちゃらといった注意書きがされていたが、我々は知った事かいとずけずけ私有地に侵入していく。

 割れた窓から建物の中に足を踏み入れ、当たり前だが灯りひとつ無い暗闇の中に俺と秋心ちゃんは二人きりだった。


「ちょっと秋心ちゃん、動きにくいから離れてくんないかな」


「良いじゃないですか。先輩、こんな機会じゃないとこうやって女の子と密着することなんかないでしょう?」


 いらん世話だよ。

 俺だって女の子の一人や二人侍らせて街を闊歩していて、気付いたらその女の子達が消えていた経験くらいあるんだ。うわ、何そのホラー。全然ウハウハ展開じゃない。

 そしてこの話の一番恐ろしい所って言うのが、そんな女の子達は最初から存在していなかったって事だ。怖すぎる。

 ……どうせモテませんよ。


「あたしだって一応女の子なので、こういうところは怖いんです。怯える女の子を隣にして優しく肩を抱くこともできないから先輩はモテないんですよ」


「それは違うな! モテる奴が肩に手を回せるんだ。秋心ちゃんの説は逆説的になっちゃってるぜ!」


 世に言う『ただしイケメンに限る』という論理である。


「ちゃんと自分をイケメンにカテゴライズしていない点は褒めるに値しますね」


 ほっとけ。

 しばらく館内をうろつく。

 俺達以外にも廃墟に忍び込む奴らがいるのだろう。壁にはスプレーで落書きなんかがされており、まだ新しいゴミなんかも散らかっていた。その犯人が俺等みたいに幽霊探しに来るアホな連中ならまだいいけれど、大体はヤンキーとかだから嫌だ……出くわしたら嫌だなぁ。

 得てしてこう言う心霊スポットは不良の溜まり場になりがちだ。俺は過去に二度ほどカツアゲされかけたことがある。

 やっぱり怖いのは以下略。


「幽霊いねぇな」


「でも、目撃者は多いんですよ。それも話の通りの若い女を見たって人が。信憑性は十分にあります」


 自信ありげに答えながらも、懐中電灯の光で影が揺れるたびに小さな悲鳴をあげる秋心。幽霊に出てきて欲しいのか出て来て欲しくないのかどっちなんだろうな、これ。


「おい」


 背後からの低い声に秋心がキャアと悲鳴をあげた。俺も思わず『さっせい!』と居酒屋店員みたいな奇声を漏らしてしまった。

 イケメンじゃない俺(自称)は抱きついて来る秋心ちゃんを抱き返すわけにもいかず、両手を天井に向かって高くかかげた。僕は触ってません! 無実です! 冤罪です!

 なんてやる間に声の方向に懐中電灯を向けると、そこには汚い身なりの男が立っていた。


「貴様ら何してる。肝試しなら帰れ」


 ボサボサに伸びた髪と髭で年齢はわからないが、白髪頭を見るにそれなりの年なんだろうと予想する。

 白髪と言っても、手入れされていない髪は汚らしくねずみ色に濁っていた。来ている服も夏だと言うのに長袖だ。加えてマフラーまで巻いて、その全てがすべからく汚れている。

 これは多分アレだろう、この廃屋を根城としているホームレスだ。

 秋心ちゃんは俺のシャツの袖をギュッと強く握り背中に隠れていた。君、俺を置いて逃げるんじゃなかったのか。いや、この方が盾にしやすいのか、納得。


「表の看板が見えなかったのか?」


「あ、すみません暗くて気付きませんでした……」


 弱い! 言い訳にして弱すぎ! クレーンゲームのアームの握力くらい弱い!


「失礼ですが、この洋館の方ですか?」


「そう見えるか?」


 ニヤリと笑う口元もかなり不潔だ。正直、このおっさん結構臭う。専門的用語で言うところのくちゃいおじしゃんだ。


「お前達、どうせ幽霊が出るとかくだらん噂を聞いて来たんだろ。そんなもんはおらん。俺は長いことここで寝泊まりしとるが、そんなもん一度も見たことはない」


「長いことっていうと……いつ頃から?」


「さあな。二年くらいか? 今まで何度もガキ共がやって来た。

 ……しかしお前みたいに話しかけて来るやつは珍しい。だいたい一目散に逃げるもんだからな」


 なんか褒められた。今日は褒められてばっかりだね。

 こちらの質問に答えると、ホームレスは凄みを効かせながら続ける。


「お前らみたいなバカなカップルや不良どもが来るからこちとら迷惑してるんだ。ラクガキはするしゴミは捨てるしでな」


 秋心は黙ったままピクリと反応した。

 わけもないか、夜中に不審者に遭遇して、こんな風に怒られて怖くないはずないもんな。一応女の子だって本人も言ってたし。


「すみません、お邪魔しました。俺達帰りますんで」


「おう、二度と来るなよ。周りにも言っとけ、幽霊なんてデマだってな。

 あと、もう夜も遅いし足元も悪い。ガラスなんか危ないから気を付けて帰れよ」


「ご親切にどうも……」


 なんだ、ちょっと良い人じゃん。

 口数の少ない……と言うか終始無言の秋心ちゃんを引き連れてそそくさと退散することにしよう。

 お邪魔しました。

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