廃墟の幽霊の噂
廃墟の幽霊の噂(提起編)
「火澄先輩、幽霊って見たことあります?」
まーた唐突になにを言い出すのかと思えば、君何年生? 先輩知ってるよ、高校一年生だよね? 俺とひとつしか違わないよね?
誕生日は十一月一日の蠍座、血液型はA型でひとりっ子。ベッドの上のクマのぬいぐるみに毎晩おやすみって言ってから寝てることも、先輩ぜーんぶ知ってるよ?
「なに? 秋心ちゃんってお化けとか信じてるの? 可愛いとこあんじゃーん!」
「剥ぎ殺しますよ」
なにその殺し方怖い。
「オカルト研究部の部員たるもの、幽霊に興味を持たないわけないじゃないですか。
霊的存在を否定する者は心得四条により生皮を剥がしていい決まりです」
なにその部訓、俺知らないんだけど。
一応、俺今部長なんだけどそんな決まりは聞いたことないよ。キリンの鳴き声くらい聞いた事ない。
部長って言っても、秋心ちゃんを入れて部員は二人しかいないからそもそも部活認定されてないんだけどね。
この部活やめたい。
「乗りかかった船なので、ひとつ怖い話をしてあげます」
勝手に乗り込んで来たんだろ。あとその船、俺乗ってないよ。
「これはあたしの友達の友達から聞いた話なんですけど」
「はいダウト! 秋心ちゃんに友達いないの、火澄先輩知ってます!」
はいはいはい、関節技はやめようね。肘って曲って良い方向が決まってるんだよ?
骨折する前に開放してくれる秋心ちゃんマジ優しい。優しさのハードルが限りなく低くなってしまった。
「そもそも友達の友達から聞いた話って、だいたい嘘じゃん。出鼻から信憑性無いって言ってるようなもんだぜ?」
「良いんです、とりあえず聞いてください。次、話の腰を折ったら先輩の腕を折ります」
後半の慣用句は存在しないんだけどなぁ、おかしいなぁ。
「これはあたしの友達の友達から聞いた話なんですけど」
またそこから始めるのね。
「幽霊が出る洋館があって、そこに探検に行ったんですって。そしたら、なんと……」
なに? タメに入るの早くない?
「幽霊が出たんですよ!!」
はい、出ましたー大きい声でいきなり驚かすタイプのやつ出ましたー。
まるでびっくりしないね。
「……どうでしたか?」
「うん、ひとつずつダメ出しをしていこうか。
まず、冒頭で『幽霊が出る洋館』って言っちゃってる時点で、この話のオチには幽霊が出てくることが予想できるよね。そう言うのって、怖がらせる為には一番やっちゃいけないミスだよ。
次に、結論を急ごうとするあまり話を端折り過ぎ。もっとこう、洋館のディテールとか、幽霊が出てくるまでの過程だとか、聞き手を物語に引き込む努力が必要だよ。今の秋心ちゃんの話、文字に直したら一行くらいで終わっちゃうよね。
あと、これは俺の個人的な意見だけど驚かせるタイプの怪談は邪道だってこと。話術や話の作り自体に自信がないって言っているようなものだよ。それにほら、まだ外明るいし。怪談を語るにおいては、まず場の雰囲気づくりが大切だと俺思うんだ。
例えば部屋を暗くするとかろうそくを立てるとか、そう言う下準備があって初めて人を怖いって思わせることが出来るんじゃないかな?
普段冷静でちゃんと順序立てて話をできる秋心ちゃんがこんな幼稚な語り草で、なおかつしたり顔で怪談を語っていることに正直ガッカリしているよ。君はやれば出来る子なんだから。オカルト研究部たる者、そう言ったスキルも勿論必要になってくるわけで、これまで部活でなにを学んでたの? って問い詰めたくなる気分だなぁ、先輩は。
以上の事を総合的に勘案して……星ゼロ個です!」
あともうひとつ、これ一番大事なアドバイス。
論破されたからって関節技に持ち込むのは怪談どうこう以前に人としていけないと思います!
「火澄先輩、幼気な後輩を虐めてそんなに楽しいんですか……?」
「いやいや! 今の状態を客観的に見たら100パーセント俺被害者だからね!? マジで折れる!」
やっぱり骨折寸前で技を解いてくれる秋心ちゃんマジ天使。
拘束が解かれた後もまだ肘が痛い。
「あたしは酷く傷付きました」
「俺の関節もね、目に見えないし耳にも聞こえないけれど傷付いてるし悲鳴を上げてたんだよ?」
「だから、今晩噂の洋館に調査に出向きましょう」
ほらーこうなるじゃーん。ホラーだけに。
そもそもだからってなんだよ。文脈おかしいよ。
でもどうせ断ることはできないんだろうなぁ。
冷静に考えて、こうなることを見越してあんな怪談の語り方をしたのなら、それはそれで恐ろしい。
何よりも怖いのは幽霊などではなく、生きている人間なのである。
はいはい、在り来たりな締め方ですみませんね。
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