青い醤油の噂(解明編)


「お疲れ様です!」


「も、もぉ! 昨日ノックしてって言ったでしょ!?」


 またも唐突に開かれる部室のドア。

 人間は過ちを犯す生き物だけれど、その過ちや失敗は次への糧にしなきゃいけないんだよ!?

 秋心ちゃんは紅潮した顔から刹那にして雪女の様な無表情になる。


「すみません、失礼しました。

 ……で、今日はどうして半裸なんですか?」


「い、いや秋心ちゃんに会う前にもう一度膝の傷痕を確認しとこうと思って……」


「あたし、昨日言いましたよね? 次に裸を晒したら殺すって。先輩の記憶は一日でリセットされるんですか? 命が惜しくないんですね」


 一転して同じ根拠で責め立てられる立場になろうとは。でも秋心ちゃんの眼超怖いし、何も言い返せない。

 言いたいことも言い返せないこんな世の中じゃ、毒だよなぁ。

 殺意による寒気に背筋が震えたから服を着ることにしよう。べ、別に秋心ちゃんのためなんかじゃないんだからね! 俺が殺されたくないだけなんだからね!


「……で、昨日はぐらかされた話の続きです。

 先輩、『青い醤油』が『血』だと言うのはどう言うことですか?」


 おぉ、今日はスムーズに話が進むな! まだ一回しか殺すとか死ねとか言われてない。

 勿体ぶって『結論は明日の部活で!』なんて言っておいてよかった。

 気になってたんだろうなぁ。息が上がってるってことは走ってきたってことだ。このかわゆいヤツめ!


「どうもこうもそのまんまだよ。あれ舐めた時にピーンと来たんだわ。

 血とか気持ち悪りぃじゃん。だから食べちゃダメって言ったの」


「……正直、かなり疑わしいですけど先輩の勘というか閃きは確かだと信じてもいるので、この際そうであると仮定して話を進めましょう」


 無駄に勘が良いせいで、毎回こうやって君に駆り出されちゃってるんだけどね。

 もっと言えば、こんなオカルト研究部とか言う陽の当たらない部活に勤しむ分けになったのもこの勘の良さのせいである。


「それで、先輩の見解を聞きたいんですが」


「そうだなぁ……秋心ちゃん、血って普通何色?」


「馬鹿にしているんですか? 先輩の喉笛を噛み切って証明しても良いなら答えますが」


 怖い怖い! 相変わらず絶好調ですね!


「う、うん。そうだね、赤いよね、普通血って赤いよね!

 あ、確かめなくても良いから! ちょっと首筋に噛み付こうとするのやめて!」


 こいつマジでやりかねん。て言うか、あと2センチくらいでその犬歯が俺の静脈に届くところだったぞ!

 なんとか凶暴な後輩を引き剥がし会話を続ける。


「なら、青い血ってなんなんですか?」


「ほら、漫画とかでよく言うじゃん。『お前の血は何色だー!』って」


「極悪非道な行いをした悪者に対して言ったりしますね。『お前は人間じゃない』って、そう言う意味で使う言葉でしょうか」


「そうそう。だからね、あの血の持ち主はきっと極悪非道な人間だったんだよ」


 ここで秋心ちゃんは首を傾げる。


「でも、そんなものがどうして混入したんでしょう?」


「意図的に混ぜられてるとしか考えられないよね。他の醤油は普通だったんだから、なんかこう注射器とかで醤油の袋の中にチューっと」


「そんなに上手くいきますか?」


「あくまで推測だから、考えたってしょうがないでしょ」


 そう、あくまで全て俺の憶測なのだ。

 だからその真偽を確かめようと言うのはまた別の話で、ただの高校生である俺達にその力はない。

 それを十二分に理解しているから、秋心も深く追求しようとはしない。

 とりあえず二人が納得できる結論が出れば良い。それがオカルト研究部の暗黙のルール。


「もうひとつ疑問があります。そんな悪者の血なら、寧ろ体に毒なんじゃないですか?

 でも逆に、実際には怪我や病気を治してしまう。現に先輩の擦り傷も消えてしまったわけですし」


「それは俺も考えた」


 秋心ちゃんは馬鹿じゃないので、その点に不信感を持つのはもっともだ。

 ここから先も俺の憶測だと付け足して話をしよう。


「多分、犯人は罪を償いたいんだよ。過去の行いを反省してる。

 自分の血でこれまでの過ちを清算したい、人の役に立ちたい……もっと言えば、自分の中の『青い血』を絞り出したいんだと思うよ」


 だから『青い血』は毒じゃなくて薬になったんじゃなかろうか。

 それが俺の出した答えだった。


「なるほど、だから火澄先輩はさっき『血の持ち主は極悪非道な人間』なんて言ったんですね」


 その洞察力に感服いたしまする。てっきり聞き逃されてるかと思ったよ。

 さすが秋心ちゃん。


「先輩の推理が正しいのなら、私が見たことにも整合性が保てますし、今回はそう言うことにしときましょう」


 秋心ちゃんは腕組みをしてうんうん頷いている。

 今回の問題がわりかし手短に済んで、俺としても喜ばしいことこの上ない。


「秋心ちゃんが見たことってなに?」


「昨日のスーパー……先輩は気付かなかったんですか?」


 秋心ちゃんは得意げに笑う。

 うわぁ、腹立たしい。さっきまで素直に頷いてたくせに。

 でもどこか憎めないんだよなぁ、やっぱり俺ってばお人好し。

 でも、殺すのだけは勘弁ね。

 ひとしきり勿体ぶった後、秋心ちゃんは彼女が見たことを教えてくれた。


「あのスーパーの店員さん、やけに顔色悪かったですよね。とでも言いますか」


 あ、もうわかった。秋心ちゃんが何を言いたいのかもうわかったから、皆まで言わなくていいよ。


『それに『もしも万が一にでも』……なんて、やけに自信満々で、まるであのお醤油が体に害がないことをわかってたみたいでしたね、あのおじさん」


 ……せめて若い女の子の血だったら良かったのに。

 知りたくもない情報を耳にして、今更吐き気がこみ上げて来たのだった。


おわり

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