青い醤油の噂(調査編)
そんなこんなで近くのスーパーにやって来ました。
うわぁ、お目当のお刺身がいくつか並んでいますね!
「えぇ、全て死んでいますね」
「そりゃそうだろうね。刺身だからね。もうさばかれてるからね」
「先輩が裁かれるのは何時の日のことなんでしょうね」
だからなんも悪いことしとらんわ! 潔白じゃ!
夕方のタイムセールが過ぎた後である為だろう、惣菜コーナーや鮮魚コーナーは既に品薄状態だ。主婦と見られるおばちゃん達がレジに長蛇の列を作っている。
刺身の盛り合わせも残り何パックかがコーナーの隅に残っているだけで、こんな状態じゃお目当の『青い醤油』とやらも見つかるはずがない。
さぁ、今日は諦めて帰りましょうよ! そして二度と来ないでおきましょうよ!
「ありました。これですね『青い醤油』」
見っけちゃったよ!
秋心ちゃんってホント、こう言うの見つけたり遭遇したりするの得意だよね。体質なの? 主に俺に対して迷惑だから治したら?
「ほら、このお醤油。他のものと比べて少し青みがかってませんか?」
手渡されたサーモンの手巻き寿司378円のガリの隅、小さなビニールに入った醤油は同じ商品のそれと比べても確かに少し青黒い。
言われないと気付かずにそのまま購入してしまいそうだ。
実在するのか……してしまうのかと肩を落とす。
そんな俺のガッカリを物ともせず、秋心後輩はそれを手にレジの一番後ろに並ぶ。俺もさらにその後ろに続いた。
「なんかお菓子買ってもいい? お腹空いちゃって」
「晩御飯が食べられなくなるからダメです」
お前、俺の母ちゃんかよ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
スーパーを出ると熱気が顔面にまとわりついてきた。外はすっかり暗くなっている。
近くの公園に移動し、ベンチの上で今し方購入したばかりのお寿司を広げる。
街灯の弱々しい光に醤油を透かすと、やはり僅かな青さが黒色に混じっているのがわかった。
「成分表示に不審なところはありませんね」
秋心ちゃんは夜目が効くなぁ。俺なんか、暗くてこんな小さい文字全然読めないよ。
歳はとりたくないもんだね。
パックの蓋に醤油を半分ほど垂らす。こうしてみるとただの醤油だな。
「……匂いも普通のお醤油です」
確かに。何時も使っている醤油となんら変わりはないかほり。
それを小指で掬い取り、ペロリと一口舐めてみた。
「ち、ちょっと何しているんですか!? 毒だったらどうするんです! はやくペッしなさい!」
だからお前は俺の母ちゃんかよ。さっきまで殺す殺す言ってたくせに。
話を戻し、青黒い液体は口に入れた瞬間、ただの醤油とは違う違和感が舌を這った。
「あ、ダメだこれ。秋心ちゃん、これ食べちゃダメなやつだぞ」
「えぇっ!? や、やっぱり言わんこっちゃない! はやくお水飲んで!」
手渡されたペットボトルで口をゆすぐ。中身は生温くなっていて尚更気分が悪くなった。
「大丈夫ですか?」
「おぉ、死にゃしないだろ。腹壊すかもわからんけど」
ペットボトルが空になるまで傾けてからひと息吐く。なんだろう、今感じた違和感は。
青い醤油はわりと最近感じた……もとい味わった様な口当たりだった。
直感的にこれ以上調査を続けて、奇妙な醤油について深入りしても良いことない様な気がする。
「ちょっと、さっきのスーパー戻ろうぜ」
巻き寿司を一つ口に放り込んで立ち上がると、秋心ちゃんは呆れたようなほっとしたような、絶妙なふたつの感情がブレンドした表情を見せる。
パックに再び蓋をしてからレジ袋にぶち込んで、モゴモゴと口を動かしながら彼女を待った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
再びお惣菜コーナーへ。
売り場の奥の調理場には白い服を着た従業員が一人二人立っていた。
調理場では売り物にする為魚をさばく他、最近では買った魚をこの場で切り身にしてくれたりするらしい。母ちゃん情報がここに生きる!
「あの、すみませーん」
「はいよ、どうしました?」
声をかけるとおじさんが一人こちらに向かってきた。
髪が全て隠れるよう帽子をかぶり、業務用のマスクで顔の半分を覆っている。衛生面はバッチリ管理しているらしい。
その店員さんは目元しか見えないけれど、とても感じ良いおじさんだと言う心象を受ける。
「あの、さっき買った巻き寿司の醤油がなんか悪くなってるっぽくて」
レジ袋から商品を取り出し、レシートと一緒に差し出した。
おじさんは眉を少し歪めてそれを受け取る。
「……ありゃ、本当だ。ちょっと色がおかしいね。お兄さん、これ食べちゃった? 変な味とかしなかった?」
「一個だけ。味は普通でしたよ、おかしいのは色だけです」
ちょっと待っててねとおじさんは奥に引っ込む。
俺の隣で秋心は声を潜めた。
「今、どうして嘘をついたんですか?」
「え? う、嘘ついてないよ。俺食べたの一個だけだもん」
「そうじゃなくて、味は普通だったって。一口食べて、これは食べちゃダメだって、私に言ったってことは変な味がしたんでしょう?」
聡いな。さすが秋心ちゃん。
「いやいや、ホントに味はただの醤油だったんだよ。でも、食べちゃダメってのも多分本当」
「……どういうことですか?」
そこまで話したところでおじさんは帰ってきた。自ずと会話は中断される。
「本当に申し訳ありませんでした。代金はもちろん返金しますんで、どうかこのことは内密に……」
帽子とマスク、ゴム手袋まで剥がして平身低頭頭を下げる。
青ざめた顔でひたすら頭を垂れたまま、俺はその後頭部を凝視するしかなかった。
「いや、別に気にしてないんで良いですよ」
「もしも万が一にでも体調に影響があったら、すぐに言ってください」
返金された金で俺はスナック菓子を買った。でも秋心ちゃんの許しが出なかったので食べることはできなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
すっかり暗くなってしまっていたので、俺たちはもう帰ることにして駅のホームに立っていた。
「どうなんでしょう、食べ物を取り扱うお店として」
秋心は怒っているようだった。
当然の反応だろう。食品に異物が混じっているなんて、今日日ニュースで取り上げられる様な大事である。それを内密にしろなんて言う要求は都合が良いとしか言いようがない。
「良いじゃん、体調に影響が出たら……って言ってたし。明日俺の下痢が止まらなかったり謎のイボができたりしたらすぐに文句言いに言ってやろうぜ」
そう言って秋心の肩を叩くも、彼女はまだ納得していない様だった。
「先輩、人が良いにも程があります。いつか殺されちゃいますよ?」
その時の容疑者第一号は秋心ちゃんだろ。
「でもさ、噂は本当だったな」
「はい。まさか本当に『青い醤油』なんてものが存在するんですね」
「うん、それもだけど……」
俺は頬の絆創膏をベリベリと剥がして彼女に見せた。
「うそ……」
絆創膏の下の擦り傷は完治していた。自分では見えないけれど、僅かな痛みが醤油を口にした瞬間消えていくのを感じたから間違いない。
それに肘や膝の痛みも感じなくなっている。
「すげぇよな、ひと舐めでこれだもん。病気にも効くってんなら、ほんとに万病の薬が出来ちゃうかも」
絆創膏をくちゃくちゃに丸めてゴミ箱に捨てる。
秋心は考え込みながら俺に言った。
「……さっきの話の続きですが、どうしてこれは食べたらダメだなんて言ったんですか? 傷が治るって噂は本当だったんだから、そんなこと言う必要ないのに」
「あぁ、その事なんだけど……」
さっきまで傷があったはずの頬をポリポリと掻いてから、その言葉への返事をした。
「多分、あの青いヤツの成分……誰かの血だよ」
その言葉に秋心ちゃんは驚いた様に俺を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます