第19話喧嘩

 朝、エルが目覚めて起き上がると隣に違和感があって横を振り向いた。

 そこには体を丸めたイレイが静かに寝息を立てながら寝ていた。

「え? うえぇぇ!?」

 エルは昨日の出来事を思いそうとする。

「確か、親方と一緒に酒飲んで。その後……」

 エルはだんだん昨日の出来事を思い出していき、顔を青ざめていく。

――確かその後はイレイがお茶と間違えてお茶割り飲んで……。

 エルは血の気が引いていった。今思っていることが本当だったら周りからロリコンではなくただの犯罪者となってしまう。

 まだイレイが服を――多少はだけているが――着ているから多少の安心はあるものの。エルはイレイが早く起きてほしいと願った。

 イレイが目を擦って体を起こしてきた。

 エルは生唾を飲み込んで恐る恐るイレイに声を掛けた。

「あ、あの。体に異常は?」

「ふぇ? あれ隊長が何で私のベッドに?」

 まだ寝ぼけているのか船を漕ぎながらも微かに瞼を開いていた。

「イレイさん? あのどこか具合は悪くないですか?」

「眠いです……」

 イレイは瞼を擦りエルを見た。

 その瞬間、イレイの目は大きく見開き顔を赤くしながら頬にビンタして来た。

「な、ななななな! 何で私のベッドで寝ているんですか!」

 イレイは枕でエルを何度も叩いてくる。

「ま、待てよ。ここは俺の部屋! イレイが寝ていたのは俺のベッド!」

 エルの言葉にイレイは一瞬動きを止めて辺りを見渡す。

「ふぇえぇぇぇ!」

 イレイは顔を真っ赤にしながらベッドから飛び出た。

「な、何で私が隊長の部屋に寝てるんですか! 何でですか!」

「俺が聞きたいぐらいだよ!」

 イレイは一回深呼吸をして胸の高鳴りと気分を落ち着かせる。

「と、とにかく。何もしてませんよね?」

「お、俺は何もしてない」

「ならいいです」

 イレイはふらつきながらも部屋を出ようとすると机にぶつかってしまい、青色の箱が落ちて行った。

「危ねぇ!」

 エルが慌てて箱を掴んだ。

「馬鹿野郎! 中身が壊れたらどうするつもりなんだ!」

 エルの怒声にイレイは慌てて頭を下げる。

「す、すみません。私の不注意で」

 エルはすぐに自分の過ちに気付き、慌てて謝る。

「あ、いや。俺も悪かった。強く言い過ぎた」

 その時だった。エルの右腕に激痛が走った。

「ぐぅ!」

 エルはあまりにもひどい激痛に思わず腕を抑えてうずくまってしまった。

「隊長!」

 イレイが心配男したようにエルに寄り添うと驚愕の表情で後ずさりした。

「そ、その手! どうしたんですか!」

「え」

 エルは自分の右手を見た。

 そこには皮膚がだんだん石の様に灰色に変わっていき、同時に赤い亀裂が生まれていくのが見えた。

「ロードに乗らなくても進行していくのか」

 エルは自分の手を見て歯噛みした。

 イレイに見つかってしまった。

 心配かけまいと必死に隠していたのだが、最悪な状況で見つかってしまった。

「や、やっぱりロードのFPSで……」

 イレイが震えていた。目を見開いて顔がだんだん青ざめていく。

「な、何でこんなことになるまで放置したんですか! 早く言ってくれれば対処できるはずだったのに!」

 イレイがエルの右腕に触る。

「エモン鉱石に近い物質みたいだけど。人体に影響するなんて私は知らない……」

「イレイ!」

 エルは恐怖に染まり切った顔をしたイレイに向かって叫んだ。

 イレイはエルの声に驚き、動きを止めた。

「大丈夫。俺は大丈夫だから」

「大丈夫?」

 イレイは険しい顔でイレイに怒声を放った。

「何が大丈夫なんですか! さっきまで苦しんでいたのに。このまま進行が進んで死んだらどうするんですか!」

「俺のことはどうでもいい。たとえ死んでも後の奴らがなんとかする」

 イレイはエルを思いっきり殴った。

 全然体的には痛くはないものの、精神的にはなぜかかなり痛かった。

 エルは殴られた頬を抑えながらおそるおそるイレイを見た。

 そこには涙目で顔を赤くしてエルを睨むイレイが座っている。

「隊長が死んだら私やカレンさんはどうするんですか! 残された私達のことも考えてください。こんなに心配してるのに何で簡単に死ぬって言うんですか」

 イレイはそう言って立ち上がると、部屋を勢いよく出て行った。

エルは追いかけようとするもイレイに言われた言葉に足を止めてしまった。

「イレイ……」

 エルは一人部屋で座り込み、後悔していた。


「そうですか。イレイさんと……」

 エルは医務室で軍医と話していた。

「少し採取して解析しましたが。その右手はエモン鉱石に変わったものだと思われます」

 軍医に言われ、エルは自分の変異した右手を見た。

 完全に石となった右手。多少違和感があるものの、動きはするので日常生活には恐らく支障はないだろう。

「なぁエモン鉱石ってただの宝石だったよな。それがこんな危険な代物なのか?」

「さぁ。私も少尉から貰ったサンプルを解析しますのでなんて言ったらいいのか。幸い一昨日の戦闘でフロウに大打撃を与えた事ですからしばらく来ない事は素直に喜ぶべきでしょうけど。もしこのまま石化が進行するなら隊長の命が危険でしょう。何か対抗策を考えないといけません」

 軍医はそう言って棚から包帯を取り出す。

「とりあえず今言えることは包帯で右手を隠すこととなるべく怒ったり悔やまない様にすることです。少尉の言葉が本当なら進行する原因は感情が動いたときのはずですから。くれぐれも冷静にしてください」

「分かった」

 エルは軍医には頷いたものの、イレイには罪悪感を抱いたままだった。

「そう落ち込まないでください。ほらリラックス」

「ああ。すまない」

 軍医に包帯を巻き終えてもらい、エルは椅子から立ち上がった。

「そろそろ帰るよ。世話になった」

「いえ、また来てください」

 エルは医務室を出て行った。


 自室に戻るとエルは机に置いてあった箱を開ける。

 そこには装飾を施されていない銀色のロケットが収納されてあった。

 今のご時世、銀は超特殊な金属として扱われ、純生の銀だと一生分は遊んで暮らせる程の額は支払われるはず。

 エルはロケットの蓋を開けるとそこには幼いネロの姿とその母親の姿が写っていた。

「姫様……。私はどうしたらよいのですか」

 エルはネロの姿を見て悲観していた。

 その時にドアをノックする音が聞こえた。

 イレイかもしれないと思い、エルはロケットをポケットに入れた。

「誰だ」

「隊長。カレンです。中に入ってもよろしいでしょうか?」

 エルは心なしか安堵し、ドアの取っ手に手を回してカレンを中に入れた。

 カレンは中に入って敬礼をするとエルの前まで近寄った。

「俺に何か様か?」

「軍曹の荷物をどうするか考えてまして。軍曹には遺族はいませんし。だからって置きっぱなしにするのもどうかと思いまして」

「ああ、ならいる人にあげるか。その方がロイドも喜ぶかもな」

 エルはカレンと共に01小隊の部屋に入った。

 そこにはロイドと最後に会話をした場所がそのまんま残っていた。

「あの後バタバタしていたから全然片付けてなかったんだよな。ワインもそのまんまだし」

 エルはテーブルに置いてある紙コップを手に持ち、一息に飲み干した。

「た、隊長!」

 生ぬるいワインを飲み干し、続いてもう一つのワインも飲み干した。

「お、一昨日の奴ですよ! 腹を下したら」

「大丈夫だろ。別に何ともないし」

 エルはそう言ってロイドの荷物を全部出していく。

「カレンも手伝え。部屋の隅から隅まで探せよ。何が隠されているかわからないからな」

「……了解」

 エルはカレンと協力してロイドの荷物を出していった。

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