第18話祭りとロマンチスト
一方エルはイレイと別れ、しばらく隊員の治療に専念していた。
昼時を過ぎていた頃にやっと全員の応急処置を終わらせることが出来た。
エルは休まずに基地から少し離れた墓地に向けて歩き出した。
「カレン。ここにいたのか」
ロイドの墓石にカレンが花束を抱えて一人立っていた。
「隊長。お勤めご苦労様です」
「そちらこそご苦労様。休まなくてもいいのか、寝てないんだろ?」
「隊長こそ。休まなくてよろしいので?」
カレンに言い返されてエルは「お互い様か」と神妙な顔で墓石の前で手を合わせた。
「女癖は酷くても勇敢な人だったと思います」
カレンが花束を置いて隣で手を合わせた。
「そうだな。俺にとっちゃ話し合えるいい部下だったし、口論できる親友だった。これから先年上のお姉さんかロリがいいのだと口論できないと思うとけっこう寂しいな」
エルはどこか悲観した顔でおぼつかない足取りで墓地から出ようとする。
「隊長」
カレンに唐突に止められ、エルは後ろを振り返る。
「どうした」
「……軍曹のことは非常に残念です。だけど軍曹の魂は私達で引き継ぎましょう。えっとだから……」
「そんなに気を落とすなって言いたいんだろ? 大丈夫。ロイドの分まで俺が頑張ってやるからよ」
エルはカレンに言い残し、墓地を後にした。
隊舎に戻ると何やら騒ぎが起こっていた。
「何事だ?」
エルが声を掛けると隊員たちはこぞって話しかけてくる。
「た、隊長! 早くこれ見てくださいよ!」
一人の隊員は一枚の紙を見せてくる。
そこにはエルが懲戒処分にいたすことが書かれている。
「何だ?」
エルがまじまじと書類の文字を見ているとアナウンスが鳴った。
『エル少尉。至急指令室に集合してください。繰り返します』
エルはため息を吐いた。そして紙を隊員に押し付けると隊舎を後にした。
「よくもまぁ。あの異常者を殴った事だ。それだけは素直に褒めるがその先のことを考えてくれ。最初はお前を解雇しろって連絡来たときは心臓が止まるかと思ったわ」
キキョウが煙草の煙を吐きつつ、書類を見ていた。
「私が何とか言い聞かせて説教と減給だけで済んだけど、お前ってやつは本当に無鉄砲にもほどがあるぞ」
「あはは、褒めてもらえて光栄です」
「褒めちゃいないよ!」
キキョウが机を思いっきり叩き、エルは驚いて体がすくんでしまう。
「まったく。以後気を付けるように」
「了解しました」
「でもま、その無鉄砲さは私としては気に入っているけどね」
キキョウは笑いながら煙草を灰皿に押し付けた。
「それとその右腕元に戻す方法早く探しときな」
キキョウの言葉にエルは驚いた。
「知っていたのですか?」
「この私を見くびってもらっちゃ困るよ。お前らが密かに隠している酒からガラクタまで全てお見通しさ」
キキョウが大笑いするのを見てエルは苦笑いしか浮かべれなかった。
――もしかして俺のコレクションの場所も知ってるのかな?
キキョウが十本目の煙草に火をつける。
「とにかく早めに探しとくことだね」
「了解です」
エルはキキョウに敬礼をするとふとカレンダイに目が行った。
「どうしたのさね?」
「いえ、今日は王国創立記念日なんだなって思いまして」
エルが返すとキキョウは「ああ、そういえば今日だったかね。めんどくさい行事だよまったく」と愚痴をこぼしていた。
「集まりに出席なさるのですか?」
「そうだよ。金持ちのボンボンの巣窟に何で私が行かなきゃならないんだか」
キキョウはそう言ってエルに向かって愚痴をこぼし始めた。
キキョウの愚痴を二時間ぐらい聞かされ、最後には「そろそろ準備するから出てけ」と言われエルは指令室を後にした。
隊舎に戻る頃には夕暮れ、エルは食堂で夕食を食べ終え、自室に戻ろうとした時だった。
遠くから爆発音が聞こえ、隊員の何人かは急いで外に向かって行く者もいる。
疑問に感じつつもエルは自室に戻ろうとするとイレイが医務室から出ていくのが見えた。
「イレイ! 何かあったのか!」
エルは急いでイレイの元に駆け寄る。
「あ、隊長。さっき指令室に招集掛けられたのはやはりあの時の――」
「そんなのはどうでもいい! 何か体に異常でもあるのか? 怪我したのか?」
エルの焦った形相にイレイは驚きつつも「い、いえ。何もありませんけど」と言った。
「それは良かった。でも何で医務室なんかに? 体調崩したのか?」
「た、多分。で、でもそんなにひどくはありませんよ! なんか動悸が激しかったので診てもらったのです」
「そうか。無理はするなよ」
「分かってますよ。隊長と違って体の健康管理はきちんとしてるつもりなんですから」
イレイは誇らしく言っているのにエルはどこか安堵していた。
「よかった。てっきりロイドがいなくなって精神的に参ってると思っていたが、何ともなさそうでよかった」
「……隊長こそロイドさんがいなくなって辛いんじゃありませんか?」
イレイに予想していたことを言われ、エルは自分の胸に拳を置いた。
「確かに辛いし悲しい。ロイドを殺したフロウの連中を憎んでいる。でもあいつの魂が無くなろうと誇りと生きた証は俺の中で永遠に生き続けている。だから悲しくなんかない」
エルの答えにイレイは安心したかのように微笑んだ。
「そうですね。ロイドさんの生きた証はここにありますもんね」
イレイはエルと同じように自分の胸に拳を置いた。
「それに俺らがいつまでもくよくよしていたら空の上にいるあいつが悲しむだろ?」
「そうですね。ロイドさんの分まで頑張りましょう」
そんな中、遠くから爆発音が聞こえて来た。
「この音って花火ですよね? 今日って……ああ、王国創立記念日でした」
エルはイレイの手を掴んで隊舎の上に向かって行こうとする。
「ふぇ! どこに行くんですか!」
「一番景色がいい場所に連れて行ってやるよ」
エルはそう言ってイレイの手を引っ張って階段を上って行った。
エルがイレイを連れて来たのは隊舎の屋根の上だった。
いつもより明るくなっている王国側から大きな花火が打ち上げられ、夜空を火で出来た花で明るくさせていく。
「綺麗ですね隊長」
「そうだな。とても綺麗だ」
エルはイレイに何か違和感があった。
花火のせいなのか。はたまた疲れているのかはわからなかったが。いつもより美しく、匂いも普段よりも強く鼻孔を突き抜けてくる。
「なぁ、イレイ何か変えたか? いつもよりも可愛いのだが」
「ふぇ!?」
エルの言葉にイレイが驚き、バランスを崩して足を滑らせてしまう。
「危ない!」
エルが慌ててイレイの手を掴んだ。
自分の手とは違う柔らかくて小さな手。
――イレイはこんな手でいつも俺と戦場を共にしているんだよな。こんな小さな女の子が。
エルがずっとイレイの手を繋いだままにしていると「あの、そろそろ引っ張ってもらえると助かります」と言ってきたのでエルは慌てて引っ張った。
「わるかった。なんか心地よくて」
「隊長が変態なのはいつものことなので大丈夫です」
イレイが含み笑いをしているのを見てエルもつられて笑ってしまう。
「隊長。今朝はありがとうございました。それとすみません」
「今朝って……ああ、あれぐらいどうってことないから気にするな」
エルはイレイとの会話を終えると花火を見ながらポケットから飴を取り出した。
「いるか?」
「ありがとうございます」
エルはイレイに飴を渡すともう一つの飴の包装紙をはがして口の中に放り込んだ。
イチゴの味を堪能しながら花火を見ている。
しばし無言が続いた。
エルが無言で花火を見ていると唐突に話しかけてくる。
「隊長は何も聞かないんですね。私がドグマ所長の娘だったとか。この年で最前線の基地に配属されたとか」
イレイの言葉にエルは頭を掻きながら渋々といった様子で答えた。
「言いたくないことがあれば聞く気はないし。言いたければ聞くし。何も無理して聞く内容なんかじゃない」
「……それじゃ、聞いてもらいますか? 私の愚痴を」
エルは「話せばいい。俺は聞くだけだから」とイレイに言うとイレイは俯きながらもぽつぽつと語り始めた。
「私、お父様――ドグマ局長の娘なんですけど、ある日私がエモン鉱石を使った動力――FPSの設計図を書いたところ、お父様に見つかってしまい、すぐに難解していた試作機に取り付けたんです」
「それがロードとクレイク」
イレイはゆっくりと頷き、話を続ける。
「その二機はすぐに実践投入してデータを取りたいと思っていたのですけどその二機の構造を詳しく知る人は私とお父様しかいませんでした。忙しい自分の代わりに私をこの基地に向かわせたんです。最初は嫌だったけど、今では隊長たちがいますので私、この場所が気に入ってしまって」
イレイが恥ずかしそうに目線を逸らすのを見たエルはその仕草をとてつもなく可愛いと思ってしまった。
「そ、そうか。気に入って何よりだ」
エルはイレイと共に花火を見ていると下からジュウゴの声が聞こえてくる。
「おーい。今日は祝いだ! 酒飲もうぜ! もちろんイレイちゃんの分もあるぞ!」
「私はまだ飲めませんってば!」
エルは「帰ろうか」と言って手を差しだす。
「そうですね。皆さんの元に帰りましょうか」
イレイはエルの手を掴んで慎重に屋根から下りて行った。
隊舎周辺では長机に隠し持っている酒瓶が並べており、花火の音に負けじと騒いでいる隊員と整備士の姿。
「相当酔いつぶれているな」
エルがイレイと共に帰ってきたのを見つけたカレンが腕を回して絡んでくる。
「隊長じゃないですかぁ~。一杯やりましょうよ~」
「お前酒臭いな。どれだけ飲んでんだよ」
カレンは酒入の紙コップを差し出す。
「ほら、隊長。今日ぐらい飲みましょう。どうせフロウの連中は今日来ませんよ」
エルはおずおずと紙コップを受け取り、イレイを見た。
エルは迷っていた。未成年がいるのに自分はこれを飲んでいいのかと。
「私のことは気にしなくてもいいですよ」
「そうですよ~。今日ぐらいは目外しちゃいましょうよ~」
二人に言われ、エルは少しずつ紙コップに入ってある酒を飲み始めた。
「ちょっとイレイが飲めそうなの探してくるからここで待ってろ」
エルはイレイをその場に待たせるとジュウゴに声を掛けた。
「親方。茶はあるか?」
「茶ぁ? 茶ならそこにあるぞ」
ジュウゴは長机にある水色の紙コップを指さした。
「助かる」
エルは水色の紙コップを手に取ってイレイの元に戻った。
「はい。茶しかないけどいいか?」
「大丈夫です。ありがとうございます隊長」
エルから紙コップを受け取ったイレイは一口飲んだ。
「あれ? お茶ってこんな味だったっけ?」
「え?」
エルは嫌な予感した。慌ててイレイの持つ紙コップに顔を近づけ臭いを嗅いだ。
「これお茶割りじゃねぇか! すまない、急いで変えてくるから」
イレイの紙コップを回収しようとするとイレイはなぜか紙コップを遠ざけてしまう。
「イレイ?」
エルが声を掛けるもイレイは無言。
そして紙コップに入ってある酒を全部飲み干してしまった。
「イレイ!?」
エルは目を見開いてイレイを見た。
「隊長?」
イレイの顔は酒のせいで赤くなっていた。
「隊長だ~!」
イレイは空になった紙コップを投げ捨てるとエルに抱き着いてくる。
「おふ!?」
エルはイレイからの抱き着きに危うくこけそうになるも踏ん張った。
イレイはまるで猫の様な仕草で顔をエルの体に摺り寄せてくる。
「隊長はいい匂いです~」
エルは少なからず興奮していた。しかし、今はイレイの酔いを治すのが優先だと思い理性を保たせる。
「イレイ? とりあえず俺水持ってくるから手を離してもらえるかな?」
エルの言葉にイレイは頬を膨らませた。
「隊長は私のことが嫌いなんですか?」
「い、いや。違うよ? むしろ好きだよ?」
「ならいいじゃないですか。このままでも」
エルにはどうすることも出来なかった。
仕方なしに助けを求めるために視線を彷徨わせたのだが頼れそうな人物は誰もいない。
「頼れる奴が誰もいない……」
エルが視線を辺りに回していると油断していたせいか突然イレイに押し倒された。
エルは思った。この状況は普通逆なんじゃないかと。
「もぉ~。誰を探しているんですか? 体調のパートナーは私ですよ」
イレイはエルに体重を任せてくる。
「イレイ……。そうだな。お前は最高のパートナーだ!」
「はい!」
エルはイレイの髪をそっと撫でた。
イレイが自分のことをこんなにも信用してくれるのにエルはとても嬉しかった。
「さ、隊長。今日は記念すべき日なんですから盛り上がりましょう?」
イレイが立ち上がってエルに手を差しだす。
「そうだな。とことん飲むか!」
エルはイレイの手を掴んで立ち上がった。
今生きていることに感謝しつつ、エルは酒瓶片手にイレイと共に騒いでいる隊員の中に混じっていった。
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