第12話変化

 エルが目を覚ますとそこには真っ白な天井が視界に入った。

「ここは……」

 エルが体を起き上がらせると右手首に痛みが生じる。

 視線をそちらに向けるとエルは目を疑った。

 右手首周辺に赤く光る大きな亀裂が二本入っていたのだ。

 触ってみると石の様に硬く、そして亀裂から出る赤い光は血ではなく、別の何かだとわからせる。

「な、なんだこれ?」

 エルが驚愕しているとカーテンが広げられ、軍医が現れる。

「やぁ、お目覚めですか?」

 軍医は清々しい顔をしながら丸椅子に座った。

「な、なぁ。俺はどうしてこんなところに。それでこれはいったい――」

「分かってます。順番に説明しましょう」

 軍医はそう言ってエルに全てを話した。

「まず、01小隊が偵察任務を行っている途中、エル少尉の暴走により近くにいた敵軍は全滅。同時に01小隊の全機体はかなりのダメージを追っていて、ロイド軍曹とカレン伍長のブレイブならまだしも、ロードだけは修理するのに時間がかかるかもしれません」

 エルはあの時の惨劇を微かだが覚えていた。

 敵のグリムを見ただけでいつもは冷静にしているはずなのにあの時だけ頭に血が上り、気付いたら怒り狂っていたのだ。

 なぜああなったのかはわからず、なぜ急に姫様のことを思ってしまったのか。それさえもエルにはわからない。

「おそらくですが、エル少尉が暴走した原因はロードのFPSかもしれません」

 軍医がエルの亀裂を指さした。

「FPS? なんだそれは」

「分かりません。私も軽くしか説明されませんでしたので。恐らくですが、FPSのせいでエル少尉の右手首が突然変異したと私は思っています。詳しくはイレイさんに聞かないと何とも……」

「そうか……」

 エルはベッドから立ち上がり、靴を履いた。

「もう少し体を休ませては……」

「いくら機体の不備だとしてもあの状況を作ったのは俺のせいだ。謝ってくる」

 エルがカーテンをどけると軍医の方に振り向いた。

「悪いけど、包帯いくつか貰えるか? イレイにこんなの見せたら申し訳ないからさ」

 エルはそう言って右手首を軍医に見せながら苦笑していた。


エルが包帯を巻き終え、格納庫に向かうとロードの付近でイレイが作業していたのが見えた。

「どこにも不調が見当たらない。ならさっきの戦闘は何だったの? あの光は……」

 イレイは集中しているのかエルが隣にいても気付いてくれない。

 エルはイレイの肩を軽く叩き、人差し指を突き出した。

「ふぇ?」

 イレイが振り向くと同時に柔らかい頬がエルの人差し指に当たる。

「もっと触らせてくれないだろうか」

「隊長……仕事中なのでやめてください」

 エルは寂しそうにしながらも手を収め、ロードを見上げた。

「なんか俺のせいでごめんな。大切なロードをこんな風にしちまって」

「隊長のせいではありません。あの時、隊長の様子がおかしかったのを知っていても作戦を続行させた私の責任でもあります。FPSも不備があったみたいでしたし」

 イレイは申し訳なさそうに視線を逸らしていた。

「なぁ、そのFPSってのは何なんだ?」

 エルの発言にイレイは「そういえばまだ行ってませんでしたね」と苦笑いを浮かべる。

「Feelings Particle System。簡単に言えば隊長の感情をロードのエネルギーとして変換する装置のことです」

「なる程。だから感情を出せって言っていたのか」

「はい。ロードを動かすためにはそれなりの量の感情エネルギーが必要なんです」

 イレイが楽しそうに話すのを見てエルは安心した。

「よかった。機体の不備とかなんとかで落ち込んでいたと思っていたが、そんなことはないようだな」

 エルの言葉にイレイはさっきまでの楽しそうな顔とは一変。急に顔を曇らせていく。

「私のせいなんです。FPSはまだ試作段階だから入念に確認はとったはずなのにFPSがなぜか隊長の怒りと焦りを膨張させてしまったみたいで」

 イレイが涙ぐむのを見てエルは慌てて宥めようとする。

「違う! あれは俺がずっと思い続けていたのが原因だったから。だからイレイのせいじゃない」

「隊長。ありがとうございます」

 イレイが微笑むのを見て安心するエル。

 しかし、イレイや部下に対する罪悪感はまだ残っている。いつものように笑おうとすると心が反発する。

「これからもよろしく頼むぜ相棒」

「……はい!」

 だからエルは偽りの微笑みを浮かべ、イレイに心配かけまいとした。

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