第9話外出
エルはイレイの外出許可を貰い、自室で久しぶりに私服に着替えた。
「やっぱり動きづらいんだよな」
ジーパンと茶色の上着を羽織り、エルは外に出る。
「おや、隊長。外出ですか?」
外で警備していた隊員に見つかり、話しかけられた。
「ああ、ちょっとな。それよりもこの服装大丈夫か? 久しぶりに私服着たから不安でよ」
エルの質問に隊員は「無難でいいんじゃないですか?」と答えてくれた。
「お待たせしました」
隊員と話していると横からイレイの声が聞こえて来た。
どんな私服を着ているかエルは興味深々でイレイを見るがそこにはいつもとは違う作業着を着たイレイが立っていた。
「あの、イレイさん? 私服は?」
「え? 私服ですよ?」
「え?」
エルは自分の目を疑った。これからどこに行くか問いただしたい気分である。
「それ作業着って言うのですよ」
「知ってますけど。何か?」
「……もしかして作業着しかもっていないのか? 私服を実家に忘れたとか」
「別にそんなことはないですよ」
イレイの笑みに対し、エルは落胆した。まさかイレイが服に無頓着とは思いもしなかったのだ。
「……わかった。街に行ったら俺が服を買ってやる」
「え、私の服をですか?」
「作業着以外な」
エルはイレイを連れて車に乗せるとエンジンをかけた。
「ちょっと飛ばすから酔わない様にしろよ」
エルは街に向けて車を走らせた。
王国エモンの商業区は食料品や生活製品まで幅広く扱っており、毎日のように人がごった返していた。
「あの、それで何を買うんですか?」
「うーん、最初はイレイの服かな」
エルは目的の服屋に着くと車を止め、イレイと共に店内に入った。
店内は広くはないものの、色とりどりの服が飾られていた。
「さて、どれがいいかな?」
エルが何着か取り出し、考え込んだ。
「隊長、その、いいですよ。おごってもらうなんてそんな……」
「いいやだめだ! 君はとても可愛らしいんだからそんな作業着ばかり来てはいけない」
「か、可愛いなんてそんなこと……」
イレイが照れている所にエルは適当に何着か服を渡す。
「試着室がそこにあるから着替えて来い」
「なんかひらひらしているのが多いのですけど……動きづらそう」
イレイはエルから渡された服を持って試着室へと入っていった。
少し時間がたつと試着室の中から「きましたけど……」とか細い声が聞こえて来た。
「なら開けていいか?」
「ふぇ! い、嫌です!」
取っ手を掴んだエルは危うく手を止める。
「な、何でさ。見ないと話しにならないだろう? ほら、開けるぞ」
「ふぇええ! ダメですってば!」
エルは遠慮なしに試着室の扉を開けた。
そこには白いシャツに黒の上着を羽織り、赤色の短いスカートを抑えるイレイの姿が目に映った。
「う、ううう。下着が見えちゃう」
エルはイレイの姿を見てスイッチが入った。
「素晴らしい! 試しに派手目な奴を選んだのだが、よく似合っているじゃないか。君なら地味系からド派手なものまでなんでも着れるじゃないか!」
エルとイレイを呆然と見ていた店員にエルは話しかける。
「そこの店員。この子が着られそうな服を全部試着させたい! 手伝ってくれないか」
エルの言葉に反応した店員は急いで服を何着か手に取り始める。
「さぁイレイ。君に似合う服を探そうじゃないか。数時間は覚悟しておけよ」
エルは指の骨を鳴らしながらイレイに近寄っていく。
服屋で一時間ぐらい試行錯誤を繰り返してエルは何着かイレイに服を買った。
「あ、あの。こんな服で外を歩くなんて恥ずかしいのですけど」
イレイは服屋で買った白いワンピースを着ており、何度もスカートを抑えている。
「大丈夫だって。よく似合ってる」
エルは腕を組んで何度も頷いていた。
「さて、ちょっと歩きますか」
エルはイレイを連れて歩いていく。
「あの、どこに行くのですか?」
「花屋だ。ここからだと近いからすぐ着くぞ」
エルに連れられて二分ぐらい歩くと目的の花屋に来た。
「おやっさん。来たぜ」
エルは目の前で花の手入れをしている細身の老人に声を掛けた。
「おお、エルじゃないか。そうか、今日か」
花屋の店員はエルに向かって笑いながら手際よく花を手に持っていく。
「いつものでいいんだろう?」
「ああ、いつも悪いな」
「なあに。お前さんには王国を守ってもらっておる。これぐらいどうってことないわ」
店員が花束を作り終えるとエルに渡した。
エルが店員にお金を渡すと花束を持って店を出ようとする。
「エル。お前の隣を歩くその子はもしかしてお前の妹か?」
店員の冗談にエルは微笑みながら返した。
「そうだ。俺の大事な妹だ!」
「違います!」
イレイは赤面しながらエルの体を押して店を出た。
「それじゃあな。エルと妹さん」
「だから妹じゃないですってば!」
店から出てきた店員にからかわれながらもイレイは反発し、何とか車の元に戻ってきた。
「それじゃ、行きますか」
「……はい」
イレイは服が入った紙袋を後部座席に置き、スカートを抑えながら車に乗り込み、エルは花をイレイに預けると運転席に乗り込んだ。
「さて、行きますか。思い出の地に」
エルはとある場所に向けて車を走らせた。
「ここって……」
王国から約一時間。エルが車を止めたのは崩壊した廃墟が並ぶ街だった。
「エルドラ。俺の故郷だ」
エルは花束を置き、手を合わせた。
「俺はこの故郷で育ったことに誇りだと思っている。今の俺がいるのは故郷の――姫様のお陰だからな」
「姫様……あの時隊長が追いかけようとした」
エルは悔しそうにしながら拳を固める。
「そうだ。エルドラの次期王女になるお方だった。まだ幼い彼女を俺は助けようとした。それなのに」
それなのに助けられず殺してしまった。
エルはそう言おうとした途端、言葉が詰まってしまう。
「隊長……。だ、大丈夫です! だってお姫様は生きていたのですよ。だから希望を持ってください」
イレイがエルの言おうとしたことを察したのか励まそうとしているのを見てエルは心配かけまいと気を強く持った。
「そうだな。姫様は生きてるんだ。俺が助ければいい話だし。くよくよしてても仕方ない」
エルのガッツポーズにイレイは安心したのか笑顔を見せてくる。
「ちょっと中に入ってみるか?」
「え、でもこういった場所は立ち入り禁止なんじゃ?」
「いいんだよ。ほらよく言うだろ? 見つからなければ犯罪じゃないって」
エルはずかずかと廃墟と化したエルドラの門をくぐった。
「ほら早くしろ」
エルに急かされたイレイは「待ってくださいよ」と駆け足で追いかけて行った。
エルドラ内部はまだ崩れていない建物もある物の、そのほとんどはほぼ破壊されていた。
「お、ここ懐かしいな。昔よくここで飲んでいたっけな」
エルはまるで昔の思い出を眺めるように街を見て回った。
「素敵な国だったのですね」
「ああ、国民は全員優しく、誰かのために全力になる。それがエルドラ人のいいところだ」
エルはイレイを連れて街を紹介していく。
「ほら、ここなんかは俺が訓練兵の頃に世話になった喫茶店でな。よく愚痴を店長にしてたっけ」
エルは視界が急にぼやけていくのを感じた。
地面にいくつも水の滴が垂れていく。
「あれ、おかしいな」
エルは目元に浮かぶ涙を拭っても次々と溢れていく。
「悲しくなんかないのに。悲しくないのに涙が止まらない」
エルが涙を拭っていると視界に白いハンカチが見えた。
エルは振り向くとイレイがハンカチを差し出していた。
「すまない。助かる」
「泣いていいんですよ」
エルがハンカチを受け取るとイレイはエルの背中に手を回してそっと撫で始めた。
「泣きたいときには泣いていいんです。だってそれぐらいこの国のことを思っていたんですよね?」
イレイの言葉にエルは座り込んでしまった。
気持ちが救われた気がした。エルはイレイに感謝しながら国の真ん中で涙を流し続けた。
落ち着いたエルは目元に浮かぶ滴を拭い、立ち上がった。
「なんかみっともないところを見せたな」
「いいんですよ。むしろあれぐらい泣かなかったら冷たい人なんだって思っちゃいますし」
イレイの冗談を聞きながらエルは周囲を見渡した。
辺りは既に夕暮れ時だった。街に夕日の光が当たり橙色に染めていく。
「さて、そろそろ帰るか」
「はい、皆さんが心配しちゃいますしね」
エルはイレイを連れて街の外に向かう。
その時だった。イレイとエルの足元が急に崩れ始めたのだった。
「え?」
「嘘だろ」
地面が崩れ、エルとイレイは穴の中に落ちてしまった。
エルは咄嗟にイレイを抱き寄せ、地面から庇った。
背中に激痛が走り、エルは呻く。
「大丈夫かイレイ?」
「私は大丈夫ですけど。隊長こそ大丈夫なんですか? 私なんか庇って」
「こんなもん何ともない」
イレイが立ち上がったのを確認するとエルはゆっくりと立ち上がって上を見た。
ここからだとどうやっても上に戻れる事は無く、諦めるしかない。
「それにしたって。ここはどこなんだ?」
エルは周囲を見渡した。
瓦礫で出来た壁、明かりはおろかこの先が外に出られるかわからない。
エルは唾を指に付けると指を立てた。
すると左からわずかに冷たい風が吹いているのが分かった。
「イレイ、こっちだ」
「え、分かるのですか?」
「分からない。俺もこんな場所初めてだからな。でも風はこっちから吹いてるから恐らくこっちに向かえば大丈夫なはず」
エルはポケットからライターを取り出して明かり代わりに火をつけた。
「さ、急ごう」
「は、はい」
イレイはおどおどしながらもエルの後を追いかけて行った。
「何にもないな。イレイ、足元気を付けろよ」
返事がない。エルは焦って後ろを振り返るとイレイがしゃがんで体を震わせていた。
「そっか。イレイ怖いの苦手なんだっけ」
エルは火を消さない様にイレイの元に歩みより、手を差しだした。
「た、隊長?」
イレイは体を震わせながら顔を上げた。
「怖いなら手でも繋ぐか?」
「こ、怖くありません」
イレイの強がりにエルは苦笑気味にしながらもイレイの手を掴んだ。
「俺が怖いから手を繋いでくれよ」
一瞬呆然としながらもイレイは「隊長が怖いなら仕方ありませんね」と強がった。
それからしばらくエルとイレイは謎の洞窟を歩き続けた。
風は強くはなるものの、出口らしいものは見つからない。
「後どれぐらい歩けばいいんだ」
ライターのオイルも数少ない。エルは少し焦りつつも歩いていく。
「はぁ、はぁ、はぁ」
突然イレイが地面にしゃがみこんで足を抑え始めた。
「大丈夫かイレイ。足が痛むのか?」
エルが傍に寄るとイレイは「大丈夫です。ちょっと慣れない靴を履いたので疲れただけです」と強がっていた。
エルはライターをイレイに渡すと背負った。
「え! 隊長!」
「いいから明かりを灯してくれ」
エルはイレイを背負い直すと歩いて行った。
「あの、すみません」
「いいさ。第一ここに連れて来たのは俺だ。だから俺の方が申し訳ない」
エルはイレイを背負い洞窟内を歩き続けた。
「そうだ、イレイ、上着の胸ポケットに飴があるんだ。取って舐めていいぞ」
「いいんですか?」
「ああ、遠慮すんな」
イレイはエルの上着にアル胸ポケットを探って飴を取り出す。
「ありがとうございます」
「気にすんな」
イレイは器用に片手で包装紙を外し、飴を口に入れた。
「隊長のポケットってなんでも出るんですね」
「まあな。色々仕込んでいるから小物関係はいつも持ち歩いているからな。まぁインカムを軍服に置いてきたのは誤算だったけど」
エルがイレイと雑談している内に出口らしきものが見えた。
「お、やっと出口か」
階段を上り、洞窟から出るとそこは城の厨房に出てきた。
「厨房ですか?」
「らしいな。さっきの洞窟、多分緊急脱出用路かもしれん」
エルはイレイを背負い直すと車に向けて歩いて行った。
「もうすっかり暗くなっちゃいましたね」
「そうだな」
エルが歩いていると近くから「隊長! イレイちゃん!」とロイドの声が聞こえていた。
「皆心配してる。走るから捕まっておけよ」
「はい、いつでも大丈夫です」
エルは勢いをつけて走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます