第8話調整

 数十分イレイに軍人の礼儀を教え終えると余裕の笑みを浮かべるマクスが歩み寄る。

「全員終わったぜ。相変わらずお前さんのチームは難しかったけどな」

 エルは空を見上げた。

 太陽が出始め、つい先ほどまで輝いていた星が無くなっていた。

「ふむ、午後五時ってところか。結構早く終わったな」

「お前がいないからだ。いつもはお前だけ残って俺と一時間ぐらいはずっとランデブーしてるだろ」

 マクスと話していると息を荒げているロイドを含めた他の隊員たちが戻ってくる。

「相変わらず強いんだよな。マクス少尉は」

 全員が疲弊しきっているのに対し、休ませずにエルは次の訓練を告げる。

「よし、次はグラウンドを三周走ってこい。捕まったやつは全員それの二倍だからな」

 嫌な顔をしつつも隊員達エルに従いグラウンドを走って行く。

「さて、俺も行くかね」

「あ、待ってください」

 エルが軽く準備体操をしているとランニングに行こうとするとイレイに呼び止められた。

「なんだイレイ?」

「これからロードの調整しようと思うのですが、一緒に来てくれないでしょうか? あ、そんなにお時間は取らないので大丈夫です」

 イレイにお願いされてしまい、エルはランニング中のマクスに声を掛ける。

「マクス。後は頼んでもいいか?」

「マジかよ。俺とのデートはどうなるんだよ」

「悪いな。また今度埋め合わせするからよ」

 エルはマクスに手を振るとイレイと共に格納庫に向かって行った。

 ロードのコックピットに乗り込み、右手首に腕輪を装着した。

「時間を取らせて申し訳ないです。すぐに終わるので」

 後ろからイレイがコンソールを操作しながら作業している。

 特にやる事もないエルは暇つぶしにイレイに話しかける。

「なぁ、機能の件考えてくれたか?」

「何をですか?」

 イレイはコンソールを弄りながらエルの質問に答える。

「俺の呼び名だよ」

 イレイは「ああ、そういえば」と思い出したように顎に手を置いた。

「隊長でいいんじゃないですか?」

 イレイの回答にエルは落胆して肩を落とす。

「……結局いつもの呼び名か」

 エルは椅子に座りながら昨日の出来事を覆い出しながら苦笑いを浮かべていた。

「だって、兄さんって。そんなの恥ずかしいじゃないですか」

「いいじゃんかよ。ほら今からでもお兄ちゃんって呼んでごらん?」

「絶対に嫌です!」

「そんなこと言わずにさ」

 エルは後ろ振り返った。

 そこには美女がいた。いや、美女なんてちっぽけな枠には入らないほどの美しさを放つイレイが作業していたのだ。

 白い肌には汗を流しており、光を反射している。そして何よりも暑くて脱いだ上着を腰に巻いており、今はタンクトップ姿なのだ。

「隊長? どうしたんですか、私の顔をまじまじと見て」

 イレイはエルの視線に気づき、疑問に感じながらといった様子で首を傾げていた。

 そのあどけない仕草、無垢故の可愛さを醸し出すイレイにエルの興奮は上昇。ロードのエネルギー量は急激に上昇していく。

「何でロードのエネルギーが上がってるの? まさか、隊長!」

 やっと気付いたイレイは両腕で体を隠すもエルにはその恥じらいにさらに興奮する。

「ちょっと! ロードのエネルギーが限界値を超えちゃう。ジュウゴさん!」

 ロードのコクピットに梯子が掛けられた。

「どうした? なんかあったのか?」

 梯子を上って現れたのは褐色肌での大柄な男――ジュウゴだった。

「隊長を止めてください! このままじゃエネルギーが限界値を超えてしまうのです」

「分かった。俺にまかしとけ」

 ジュウゴはエルの肩を叩いた。

「なんだよ。せっかくいいところだったのに」

 エルが後ろを振り返るとジュウゴが唇を突き出していた。

「ぎゃあぁぁぁぁぁ!」

 エルは悲鳴を上げながらホルスターっから拳銃を取り出し、構えた。

「今すぐその汚物をどけろ! さもなければ容赦しない!」

「分かった。わかったから拳銃をしまえよ」

 ジュウゴはやれやれと言わんばかりに首を左右に振りながら梯子を下りて行った。

 ロードのエネルギー量は九十六パーセントでメーターが止まった。

 エルは息を切らしながらホルスターに拳銃をしまう。

「イレイ! なんてもの見せるんだ!」

「だって隊長が興奮するんですもの。仕方ありませんか?」

「だからってあんなの見せるか!?」

 エルが振り返ろうとするもイレイに「後ろを振り返らないでください」と強く言われてしまったのでエルは仕方なく前を向くことに。

 それからしばらく無言で作業するイレイ。

エルは特にやる事もなく、暇そうにしていると頭の隅で疑問に思ったことがあった。

「なぁ、何でそんな年でここに来たんだ? 君みたいな年だったら普通に学校に行ってたはずだろ?」

イレイはエルの話を聞いて急にコンソールを操作するのを止めた。

「……機械いじりばっかりしていたら学校の先生方がここに推薦してくれて。だから私ここに来たんです。私の力で人の命が救えるなら本望ですから」

イレイは作業を再開する。

 エルはイレイの話に何か訳ありだと感じ鳥、それ以上追及するのを止めた。

「ふーん、そっか。でもまぁ、無理はするなよ、俺が心配するからな」

「大丈夫ですよ。程々にしますから」

イレイは「よし、終わりました」と言ってコンソールを横に収納した。

「終わったか。なら俺は街に行くとしますか」

 エルは腕輪を外すと軽く伸びをした。

「街に行くんですか?」

「そ、ちょっと野暮用を片付けにね」

 エルはロードに取り付けられたウインチを起動させて簡素な梯子を下ろした。

エルが梯子を下りていると上着を着直しているいるイレイを見た。

――そういえばイレイの私服姿を俺はまだ見たことないな。

 エルは軍人の為軍服が普段着であり、整備士も作業着が普段着である。

 しかし、街に行くことに関しては私服の着用を許可されている。

「良かったら俺と一緒に街に行かないか?」

「え、いいんですか! でもまだ作業が……」

 エルは予想していたイレイの反応を見てジュウゴに声を掛けた。

「親方! イレイ貰っていい?」

「ええ!? 俺らの花を奪うつもりか?」

「ロードの件で二人っきりで話すことがあるんだよ」

「……仕方ねぇな。本人がいいって言うなら連れて行け。イレイちゃんの仕事は俺が引き受けるからよ」

 エルは親方の説得に成功し、イレイに親指を突き上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る