第7話楽しい訓練

 エルは起床すると部屋を出てイレイ達が眠る部屋の前に立った。

 慎重にドアを開けるとそこには準備を済ませたロイドとカレン。寝ているのはイレイだけだった。

「なんだ。起きてたのか」

「残念でした?」

 カレンの小悪魔を思わせるような笑みを浮かべているが、エルは心を全く動かさずにイレイの元にゆっくりと近づく。

「そういえばイレイちゃんも訓練に付き合わせるのですか?」

 ロイドの質問にエルは口元に人差し指を立てて小声で答えた。

「整備士のイレイに訓練なんかさせてもしょうがないだろ? あくまでイレイは01小隊専属整備士であり、軍人じゃない」

「いや、隊長のことだから筋肉がついたイレイちゃんに萌えるのかと思いまして」

 ロイドの発言にエルのスイッチが入った。

「馬鹿野郎! こんな純情そうなロリに筋肉とは貴様正気か! イレイはな、この状態だからこそ美しいんだろうが! 確かに筋肉がついたロリにも美が存在する。だけどイレイは違う! イレイに筋肉なんかついてみろ。……ありかもしれないな」

 エルの演説に後ろで寝ていたイレイが目を覚まし上体を起こした。

「あれ? 皆さん。おはようございます?」

 エルは頭を抱えつつもイレイをベッドに寝そべらせる。

「ごめんな起こしてしまって。もう少し寝ていいから。寝れないなら俺が添い寝して子守歌でも……」

 イレイは勢いよく起きると身支度を始める。

「私も行きますので皆さんは外に出てもらえると助かります」

 エルはどこか腑に落ちない様子でロイドとカレンを連れて外に出た。

 部屋のドアを閉めると小声で悔しそうに軽く拳を振った。

「くそ、今の惜しかったな」

「何が惜しいですか」

 カレンがため息交じりに壁に背を預けていた。その隣にはロイドがやれやれと言わんばかりに首を左右に振っている。

「隊長駄目ですよ。添い寝は相手が寝ている最中にそっと潜り込むんですよ」

「その手があったのか!」

 しょうもない会話を続けているとイレイが身支度を済ませて部屋から出てきた。

「さっきから何の話をしていたんですか?」

「イレイが可愛いなーって話してただけ」

「なっ!」

 エルは赤面しているイレイを横目に隊舎の外に向かっていく。

 ブーツを履き終え、外に出ると後からロイドとカレンが隊舎から出て、後からイレイも隊舎から出てくる。

「それで、こんな朝早い時間から何をするんですか?」

「今日は02小隊のメンツと一緒に早朝の合同訓練なんだ。よかったら見学するといい」

 エル達がグラウンドに着くとそこには筋肉で体を構成しているのではと疑うぐらいの隊員たちが立っていた。

「エル。また細くなったか? ちゃんと飯食って筋肉付けてんのか?」

「お前がさらにでかくなったんだよ」

 エルはひと際大きい02小隊の隊長――マクスと軽くスキンシップを取ると全員集まったことを確認した。

「全員いるな。よし、やるか」

 エルは大声で訓練内容を伝える。

「よし、最初は『鬼取り』でもやるか」

 エルの言葉に全員顔を青ざめていく。

 その一方エルの隣にいるイレイだけがきょとんとしている。

「あの、それって子供の遊びでしたよね? それが訓練になるのですか?」

「まぁ見てなって」

 イレイが首を傾げているのにエルは怪しげに笑っていた。

 隊員達は全員グラウンドに向かって全力疾走し、辺りに散らばっている。

「おーい。準備が出来たぞ」

 マクスが半裸の状態でエルの元に歩み寄る。

「今日もエルはやるんだろう?」

「いや、今日は遠慮しておく。ちょっとやることがあるからな」

 マクスの誘いをエルは断った。

「そうか、なら今日は全員いたぶれるな」

 マクスは歯を見せながら狂犬を思わせる笑みを浮かべている。

「さて、生き残れる奴がいるかな?」

 マクスがグラウンドに向けて走って行った。

「いいかイレイ。子供の遊びを舐めちゃいけない。あの小さな頭でこんないい訓練を思いつくんだからな」

 マクスが02小隊の隊員を捕まえた。

「うおら! 気合が足りないぞ!」

 隊員の頬に向かってマクス渾身の平手打ちが飛んでくる。

静寂な空間に平手打ちの音が響き渡る。

「この鬼取りは戦場での状況判断と隠密行動の強化を目的としている。だから全員静かなのさ。マクスの平手を喰らいたくないからな」

 隊員が次々とマクスに倒されている間にエルは入れの方に向き直った。

「さて、見学してるだけじゃつまらないだろうからこれからお兄さんとちょっと勉強でもしようか」

「勉強ですか?」

「そんなに固くならなくていいよ。簡単な礼儀作法を教えるだけだからさ」

 エルはそう言ってイレイに向かって背筋を伸ばして敬礼した。

「挨拶は大事だ。だからと言って目上の人に対してお辞儀はしてはいけない。だから敬うことを意識して上官や上司に当たる人は皆敬礼なんだ。ま、だからと言って俺ら01小隊には普通にお辞儀でいいけどな。敬礼なんて堅苦しいものやりたくないだろう。でも念のために覚えよっか」

「はい」

 エルはまるで四年前の光景を思い浮かべながらイレイに優しく教えて行った。


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