Temptation
津代 桜
第1話 誘
彼女は後悔なんてしていなかった。目の前で終電を見送った瞬間も、携帯の画面に表示される日付が「7月1日」に切り替わった瞬間も。
隣町で毎年行われる少し早い夏祭りに、今年は行かなかった。ただ母親には「今年も結花と行くことになった」と嘘をつき、昼前には家を出た。家出をしようと思ったわけじゃない。両親や、年が5つ離れた兄とも仲良くやっているし、何の不満もない。
どうしてわざわざ嘘をつき、何をするでもなく半日ほど繁華街で時間を潰し、こんな時間まで家に帰らずに駅で1人佇んでいるのだろう。今更自分自身に問いかけてみたけど分からない。それでもわたしは何かに誘われるように家を出てきた。
ふと見ると、駅の窓口から駅員さんが顔を覗かせていた。こんな時間まで仕事をしていたのだろうか。
「あ〜、待って。そこにいて。」
どうしたの、と言われるのを予想していたが、駅員さんはこんな時間に駅のホームに佇む少女に驚きもしなかった。むしろ、わたしが来るのを待っていたかのような反応だった。
Temptation 津代 桜 @sawasawa22
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