感情的な麗奈…白と赤の景色

月明かりが噴水の水面できらきらと眩しく輝き、噴水広場の時計が鏡写しのように水面に現れる。例年ならあたり一面に真っ白な妖精達が空を舞っていても不思議ではないのだが、今年は暖冬らしく妖精達の姿はなかった。

噴水の前にあるベンチに一人佇む桜川学園の制服を着た少女、大友麗奈の姿がそこにはあった。


…重雄が死んでから二日も経ったんだ。

…二日前の事なのに、いまだについさっきの出来事の様に感じる…。


麗奈はこの二日間の出来事を思い出していた。

あの日、彼の死体を最初に発見したのは私。重雄は血を流して理事長室で倒れていた。


私は悲鳴をあげた。

私の悲鳴を聞き愛美先生が走ってきた。

あの時の愛美先生の姿に、正直私は驚いた。

駆けつけた先生は、私と同じ様に悲鳴をあげたものの、その後すぐに警察と消防に連絡していた。

さすが教師、そして大人だと改めて思い知らされた。

……普段は私の方がお姉さんに見えるのに。なのに私は立ちすくんだまま何もできなかった。

先生が電話をして10分くらいたった頃、警察が来て私達は理事長室から追い出された。

その日はさすがに学園は臨時休校になった。私は第一発見者という事もありしばらく残され色々聞かれた。


「はぁー」と自分の息を両手にあて麗奈は冷たくなっていた自分の手を暖めた。暖冬と言っても季節はまだ一月の中旬である。ずっと外気にさらされている肌の部分は冷やされる。体はコートを羽織っているから大丈夫だったが、手袋をはめてくるのを忘れていた。家に帰ろうかとしたが帰った所で両親は不在。外の澄んだ夜空を見ているほうが気が楽になれた。


「手袋…持ってくれば良かった」


一人呟いた麗奈は今日の出来事を振り返った。


月曜日からは通常授業だよ、と風香から連絡をもらった。

理事長が亡くなってから二日しか経ってないのにもう普通に授業するんだと疑問も感じたが学園に向かった。

学園に登校するとほとんどの生徒が休まずに来ていた。それでも全体の一割程の生徒は休んだらしいけど。

朝から生徒の話題は昨日の事件についての事ばかりで持ちきりだった。


ただ、その話題の一つに私の心は酷く傷ついた。その事で、風香は「別に気にしなくていいよ」と気を遣ってくれていた……。


一限目の授業が始まってすぐ校長先生が私の教室に入ってきた。…そして私が呼ばれた。

私を呼んだ相手は初日にいやらしい目付きで第一発見者の私を聴き取りしてきた年配の刑事だった。

聞かれたのは私と理事長の関係についてだった。勿論、学園の理事長と学園の生徒という関係の事を言っているのではないと理解出来た。体の関係の事を言っているのだろうと。

年配刑事は「援交か、愛人だったのか?」とストレートに聞いてきた。

そのすごくデリカシーのない言葉に私は怒りを感じ「恋人です。結婚の約束もしました」とはっきりと言ってやった。

すると年配の刑事はまた気に入らない事を口にしてきた。


「そんな事はないだろ、殺された被害者は四十九歳だ。それに対して君はまだ十六歳だろ、いくらなんでもそれは……理事長から誰かに何か聞かれたらそう言うように言われたんじゃないのか。援交や愛人などと言わない様にと?…別に彼は死んでるからもう本当の事を言ってもいいんだぞ」


私は完全に頭にきた。彼を悪者にしている態度が気に入らない。


「別に彼が四十九歳だろうが関係ありません。私達は愛し合ってましたし、色々と彼は私を満足させてくれました。それに、私は援交や愛人をする程お金に困ってません!この事と彼が殺された理由とがどう関係してるんですか!まさか、刑事さんは私を疑っていらっしゃるのですか?」


「いや、君が理事長を殺したとは思ってないよ」


「じゃあどうしてですか?」


「刑事としては被害者の交友関係を洗っていくのは基本でね。その中の一人に君がいた。

それだけだよ。ただ、結婚していたら話は変わってだろうがね」


ものすごく不愉快な気分だった。どうせ、私が彼と結婚していたら遺産狙いだろうとでも言うつもりなのだろう。


刑事の事情聴取が終わり、午前の授業が終わり昼休みを迎えた頃には私と彼の関係が一部の生徒に広まっていた。

この学園に入学後、私は良くも悪くも目立ちすぎていた。

食事中、三年生の先輩が私に絡んで来た。


「あなたが、水嶋理事長の愛人?理事長も真面目な人だったのに残念だわ。本当はあなたが理事長を誑かしたんじゃないの。それでいて貢がせるだけ貢がせて消えてくれたから内心は死んでくれて良かったと思ってるんじゃないの?」


私は先輩に平手打ちをくらわした。

隣りで食事をしていた風香が私を慌てて止めに入ってくれた。そして、担任の村重先生が慌てて先輩と私の間に入りその場をおさめてくれた。

私は気分が悪いと村重先生に伝え昼休み後帰宅した。


麗奈は腕時計を見る。時計の針は20時50分を指している。麗奈が学園に立ち寄ってから20分が過ぎていた。


ただ、あの三年生が言っていた事も少しは理解出来た。

援交や愛人目的ではなかったが私は彼の事が本当に好きだったのだろうか?

重雄の死体が発見された土曜日は村重先生と約束をしていた日だった。

自分の気持ちを確かめておきたかったから…。でも本当はすでに決めていたのかもしれない。


…彼が死んだのにもかかわらず私は涙も流してない。


…悲しい表情すらおもてにだせない。出来なかった。


そして、私はいつもの大友麗奈を演じ続けた。

頭の片隅に母親の顔がよぎる。

私はハーフ。ロシア人の母と日本人の父の間に産まれた。

父は優しくて物静かな人だが、母は私に対して厳しかった。


ハーフであった私は幼稚園の頃よくいじめられて泣いていた。

父は泣いて帰ると静かに抱きしめてくれたが、母は、いつも泣いて帰ってくる私に厳しかった。


「泣くらいなら、相手より強くなる事を考えなさい!」


母は泣いて帰ってくる私にいつも同じ言葉を言い怒鳴った。

ヒステリックになる母が恐かった私はしばらくすると泣くことをやめた。

私が泣かないと母は機嫌がよく、私と遊んでくれた。

母が遊んでくれるのが嬉しく、普段から強い子を演じ続けた。


…その結果

泣き虫で弱かった私はいなくなった。


「はぁーー」


麗奈は深くため息をついた。彼女の吐く、真っ白な息が凍てついた夜空にかき消されていく。


小、中学校の私は同級生の男女からカリスマ的リーダーとして一目おかれていた。

学力はトップクラス的確な判断で冷静、クール美少女な私はカーストで常にトップだった…。


…けれど、これは本当の私じゃない。


本当の私は強いリーダーとはかけ離れた弱く泣き虫な人間だ。

母の着飾り道具とされた私は母の機嫌を取る為、周囲の目を欺く。

強く、美しく、賢くを演じ続けた。

そして、私は自分の感情さえどこかに置いてきた。


麗奈は噴水を見つめた。水面には時計から現われた可愛らしい人形達が出番を待っていた

あと1分程で21時だ。


…今の私はあの人形達と同じだな


自分の意思とは関係無く決められた時間に決められた動きをする。周囲に時間を知らせ、踊りとメロディーで魅了するように指示され動かされる人形達。


…私は今、人ではなく人形になってないだろうか?


…母親の好みに綺麗に飾りつけられる人形


まるで 「Plat’ye Plat’ye」のように。


それは、五人がまだ仲良く遊んでいた時につけたバンドのユニット名だった。


麗奈はベンチの噴水を見つめながら歌う。懐かしい過去の記憶を思い出すかのように。

さっきまで可憐に踊っていた人形達は役目を終え、周囲には噴水から聞こえる水面の音と彼女の透きとおった歌声だけが聞こえていた。


ーーーーーーーーーー


キッチンから水の流れる音が聞こえる。理事長が殺され二日経った月曜日、彩花と風香が夕食の後片付けをしていた。風香が何故またいるのかと言うと、彼女の両親が親戚の不幸で県外に出かけた為今日は帰ってこない。

半年間で同じ学園から二人も殺された事もあり、心配になった彩花がまた風香をマンションに誘ったのだ。

結局、彩花は大泣きをした二日前の出来事からも何も変わらず昌幸と普通に接していた。

昌幸が洗い物をする彼女達に「手伝おうか?」と聞いたのだが「先生はゆっくりしていて」の返答だったのでお言葉に甘えて食後のコーヒーを飲み一人幸せな気分に浸っていた。

彼女達の後ろ姿を眺めながら「こんな子達が嫁だったらなぁ、幸せだろうな」と物思いにふけ(ただ、彩花は死んでしまっているが)コーヒーを飲み終えた。

自室に戻った昌幸は鞄を開けて気がついた。


「…あ、忘れた。」


昌幸は部屋に置いてある時計を確認する。針は20時半を回っている。


「まだ間に合うな。」


車の鍵を持ってキッチンに向かい、洗い物をしている彼女達に声をかけた。


「ごめん、今から学園に行ってくる」


『なんで?』


案の定、彩花から問い掛けの返事が。


「忘れ物をした。今日やってもらったテストの答案用紙。家で採点して明日、生徒達に渡す予定だから。」


『私も一緒に行くから待って。』彩花が昌幸を引き止めた。


「別に大丈夫だよ。彩花は小倉と二人でお留守番してくれれば」


『えー、何で、ダメなの?』


「だって彩花がついてくるなら小倉も一緒に行かないとまずいだろ。それにあの学園の職員駐車場に防犯カメラだってある。守衛がこの時間はいないからカメラは作動してるし。そこに小倉を連れて俺が歩いていたらどう思う。」


『………クラス委員と担任のいけない関係。』


彩花は真顔で呟いた。隣にいる風香は顔を真っ赤にしている。


『分かりました。家でおとなしく風香と待ってる。』


「ありがとう彩花。22時頃には帰るから。小倉、もし眠かったら寝てていいぞ。明日も授業あるんだしな。」


「ありがとうございます村重先生。」


すると、じっーと昌幸を見ていた彩花が一言。


『そうか、そうやって油断させて風香の寝込みを襲う気ね、ゆっくん。変態だねやっぱり』


「え、本当なんですか先生?」


風香が慌てて昌幸の方を見て顔を赤面させた。


「そんな事ないから小倉。彩花の言ってることをまともに聞いちゃだめだから」


「そうですよね。…ちょっとだけ心配しましたよ。もし本当にそうなったら軽蔑しますけど。…諦めて覚悟はしようかなと思います」


「…え、何の覚悟?」


「内緒です。まぁ、彩花がいるからまず大丈夫だと思うけど…ね。彩花」


『そうね。私の親友にそんな事したら。例えゆっくんだろうと許さない。部屋から突き落としてあげるから安心して』


「ありがとう彩花。心強いわ」


『別に風香いいのよ。よく考えたら私にも都合がいいかもだし。正当防衛扱いで私には罪なさそうだから一石二鳥。…ということでゆっくん帰ってきたら寝込みの風香を襲ってくれても大丈夫だから』


「えっ?」「おい」


俺と風香は顔を見合わせた。

…何言ってるんだ彩花


『そうすれば私は悪霊としてではなく守護霊として風香を守る為、先生を殺ったことになるからゆっくんを下僕として扱えるかも、ふふふ。…それで風香には悪いんだけど少しだけゆっくんの嬲りに我慢してくれれば助けてあげる…ふふ、ふふふ。お願い』


…ブラック彩花になってる


彩花のまわりには黒いオーラが漂っていた。

そんな彩花の事はほっといて、俺は小倉に彩花の事を託し慌ててマンションの部屋を出て学園に向かった。




一人寂しく歌っていた麗奈は友人であった彩花の事を思い出していた。


…こんな時、彩花がいたらどうしただろう。


彩花と私は何でも言い合う仲、短い期間だったが、幼馴染のようだった。

小、中と常にカーストトップだった私は学園入学当初から周りの人間より色々と浮いていた。

彼女はそんな私の作った空間に一人で飛び込んできた。私とは全くタイプの違う子。そんな印象だった。

完璧美人を装う私に対し、彩花は美少女。要するに私が大人っぽいのに彼女は子供ぽいところがあった。

性格もそう。私が冷静に考え判断するのに対し、彼女は考えるよりは行動しないと気が済まないタイプで頑固、だから衝突する事もあった。ただその時は風香がいつも、間に入って止めてくれていた。

でも、彩花の自分が決めた事を最後まで諦めず頑張るあの性格は好きだった。


…自分の意思を決して曲げない心かぁ。


私には到底出来なかった。

一度だけ彩花に真剣に怒られた事が私はあった。彩花、風香、私と他の子6人で林間学校のオリエンテーションをしていた時の事だった。

私の指示間違いで自分のグループが道に迷い

夕陽が沈み暗闇が迫ってきた山中を歩いていた時だった。

私は完全にあの時取り乱していた。自分のせいでみんなを危険な目にあわしてしまったことをそんな事を考え今にも私は泣きそうになっていた。


「リーダーなら自分の言った言葉に責任持ちなさいよ。誰かに何か言われたぐらいで悩んで考えを変えないの!」


彩花が言った言葉のおかげで私は立ち直った。

あの時の事を思い出しふっと顔に笑みが浮かぶ。


「彩花が生きていたら、今の私を見て怒るだろうなきっと……」


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