心境

「麗奈、本当にすまない」

水嶋がベンツの窓を開け外に出ていた麗奈にしきりに謝っている

「そこまで謝らなくてもいいわよ。私も重雄が忙しいのは分かってるから、急ぎの用事なんでしょ?」

「…確かに急ぎの用事なんだが」

「だったらしょうがないじゃない。早くしないと後ろの車に迷惑よ」

「分かった。それじゃ麗奈、気をつけて帰るんだよ」

そう言うと水嶋は窓を閉め早々に出発した。しばらく重雄の乗るベンツを見送っていた麗奈は車が見えなくなると駅の入り口へと向かった。

ーーさて、これからどうしようかしら

腕時計の時間をみると時刻はまだ午後6時半を過ぎたばかり、つい30分前まで水嶋とベットの中で甘いひとときを過ごしていたのだが、今はなぜか名古屋駅にいる

ーー重雄どうしたんだろう?

ーー電話相手と話してたと思ったら、急に顔が険しくなってた

ーー大丈夫かな?

ベットの中で抱き合っているとしばらくして携帯の着信音が二人を邪魔した。始めは無視をしていたのだがあまりにもしつこくなるので彼は電話を取った。麗奈は重雄の電話が終わるのをおとなしくベットで待っていたのだが…、重雄は相手の一方的な話を聞き最後に「ああ、わかった。」と一言会話し電話を切る。麗奈は彼から謝りの言葉を聞く前にシャワーを浴び帰り仕度をしていた。一足先に帰り仕度を終えた麗奈が心配になって聞いてみたが重雄からは「大丈夫。なんでもない」としか返事が返ってこなかったのである。

ーーでも、重雄が大丈夫と言ったんだから信じてあげよう

ここは自分が悩んでいても仕方ないと思ったので頭を切り替えることにする麗奈、このままここにいても何もする事がないので改札口へと向かうそこでお腹が悲鳴をあげた

ーーそうだ私、昼から何も食べてなかったんだ。どうしよう売店でお菓子でも買って食べようかな

学校の授業が午前中で終わり、慌てて岐阜駅に向かった麗奈。そこから水嶋の車で名古屋市のホテルへと直行した為、食べる余裕が無かった事を思い出した

ーー本当はホテルの後、重雄と御飯を食べに行く予定だったんだけど…

自分のお腹が鳴っているので渋々近くの売店へと向かう

ーー無い?

麗奈は売店で商品を選びレジに持って行こうとして、ある事に気づいた。

ーー財布がない!

ーーどこでなくしたのかしら?

持っている小さな手提げカバンの中に手を突っ込もうとするが見た感じに財布が入ってないのは一目瞭然だった

ーーあの時だ

重雄と名古屋に向かう最中喉が渇いたのでコンビニで紅茶を買ったのを思い出した。そして財布を車のサイドボードに入れてしまっていた

ーーどうしよう、重雄に連絡しようかしら

ーー…でも、さっきの様子から見て凄く大切な話なんだろう。だったら電話はしない方がいいなぁ

ーー風香に連絡するか?したところで迎えにこれるかしら?

ーーそれか…誰かに電車代だけでも借りる?

周りを見回した麗奈、確かに彼女が声をかければ貸してくれそうな男は多くいるがその後の保証がない。声をかけてきた相手が美人で綺麗な女性だったらそのまま帰す男なんてまずいないだろう。ただでさえ重雄との行為の後だ余計に色っぽく見えているかもしれない

ーーやっぱり風香に電話してみるかな

スマホを自分のカバンから取り出しアドレスに登録してある風香の番号を押した。

・・・

「もしもし、風香」

「麗奈、どうしたの急に?」

「あのね…今から名古屋にこれない?」

「えっ、何で?」

麗奈は重雄とホテルにいた事は隠し嘘の経緯を風香に説明する

「話しは分かったわ」

ほっと胸をなでおろす麗奈、ーーこれで家に帰れる

「でもごめん麗奈、迎えに行けないわ。今、彩花と遊んでるから」

「あら、そう。ごめんね急に電話して彩花と一緒に遊んでるところに……?」

今、風香って誰と遊んでるって言った?

「風香?ねぇ今彩花と遊んでるって言わなかった?」

風香からの返事がない。代わりに電話の向こうで「ごめん」って言っている声が聞こえる

…風香、誰に謝ってるんだろう?麗奈がそんな疑問を抱きつつ少しの間二人とも無言になる。先に話し始めたのは風香の方だった

「ごめんね、麗奈。今親戚の子と遊んでるんだ…それでその子が彩花って名前で…。」

「そうなのねびっくりしちゃったから、彩花がいるのかと、こっちこそごめんね急に電話して」

ーーはぁ、やっぱり重雄に連絡するしかないわ

「でも…麗奈、私じゃなくてもいいなら迎えに行ける人いるかも?ちょっと待ってて今から連絡してみるから」

「いいわよ、別にそこまでしてもらわなくても、その人って風香の知り合いで私は知らないんでしょ?」

「ううん、麗奈もよく知ってる人だから」

「私の知ってる人?誰よ」

「クラス担任の村重先生。」

「…えっそうなの?」

「うん。村重先生まだ名古屋にいると思うから、先生だったら問題ないでしょ」

「…別にいいけど」

「それじゃあ麗奈悪いけどどこでまってるか場所だけ教えて」

「金の時計、桜通口側にあるからそこで待ってるって伝えて」

「わかった、先生に連絡してみるからちょっと待っててね。」

そこで電話がきれる…、しばらくして風香から折り返しの着信がきた

「麗奈、先生に伝えたら迎えに行くから必ず待ってるようにって」

「ありがとう風香」

「どうも…でもよかったね村重先生で。」

「何でよ?」

「さあなんだろねー、もう電話切るからとりあえず頑張ってきたら。」

またも一方的に電話を切られた麗奈

ーー風香、なんか勘違いしてないかな?

ーーそういえばどうして風香、村重先生の番号知ってるんだろ?風香こそ怪しいじゃないの?

二人の関係が気になり金の時計前に着いても麗奈は頭の中で色々な妄想をしていた

ーーもしかして、二人は付き合ってるの?…違うよね。

ーーそれだったら私に頑張ってなんて風香が言う訳ないわ

ーークラス委員だから、担任の先生に携帯教えてあるのかな?…これも違うような

ーーだいたい女子生徒が男の先生に自分のプライベートの電話番号教えなきゃいけないなんてあり得ない!

付き合ってもいない二人、それでいて電話をする事に嫌そうな感じでもなかった風香

その二人の関係は…麗奈の頭にはもうすでに一つの考えしか思い浮かばなかった。

ーーセフレか。

あらぬ方向へ考えを持っていく麗奈、変な妄想ばかりを頭の中で巡らせていたので気にしてなかったが金の時計の時刻を確認すると、この場所に着いてからすでに20分が経過していた。金曜日の夜ということもあり周りはまだ大勢の人が行き来している

これから仕事なのか、帰りなのか分からないサラリーマンや学校帰りの生徒、パンフレットを片手に持っている外国人旅行客と様々だ、その中麗奈は村重先生が来るのを待っていた。

「ねえ、そこの君」

突然、横から大学生っぽい男二人が声をかけてくる

「なんでしょうか?」

うんざりした顔で相手を見る麗奈

「俺達、二階から君のこと見てたんだけど結構長い時間ここにいるよね、彼氏にでもすっぽかされたの?」

眼鏡をかけインテリ臭漂う男が、エスカレーターの二階部分を指差す。そこにはガーデンテラスと繋がる通路があった

「だから可哀想だなぁと思って声かけたんだよね。暇だったらこれから遊びにでも行かない?」

茶髪であっさりとした顔立ちのもう一人の男が話しかける。

「結構です。もうすぐ知人もきますので」

麗奈も慣れたものでナンパされるのは一度や二度ではない、なので驚きもしなければ焦りもしない

「じゃあ知人がくるまででいいよ、俺らも待っててあげるよ」

インテリ男が言う

「別に待ってもらわなくても、それに貴方達とお話ししたいとは思いませんし」

「そんな事言って本当は誰もこないんでしょ」

茶髪の男が追い打ちをかける

ーーああもう、うざー

ーーしかも、二階から見てたなんてきもすぎるし、恐いわ

麗奈は悩んだ

ーーもう本当の事言ってやろうかな…

「ごめんなさい。知人じゃなくて彼氏なんだ待ってる人」

「そっか、じゃあその彼氏と俺達二人、四人でカラオケでも行こ?」

茶髪の男が意味のわからない提案をしてくる

ーーこの人、馬鹿なのか?自分の彼女をナンパしてる男と遊びに行く彼氏がどこにいるのよ?

ーーそれか…待ち合わせの人間が本当に彼氏かどうかを確認しようとしてるなかも

「それいいね。たまにはいい事言うじゃん」

「そうだろ」

ーー何、二人で意気投合してんのよ。全然、私はよくないでしょ

ーーしつこいわ、この二人。何やってのよ早く来てよね先生

すると駅の出入り口の方から金の時計に向かって走ってくる人影が麗奈の視界に入る

…ようやくきた村重先生。

麗奈はナンパ男二人を無視し村重先生に向かって走り出す…そしてエスカレーターの横付近で二人はぶつかった?…抱き合っていた。


「先生、しばらくの間彼氏になって下さい」

「はっ?…前にもこんなシーンが無かったか」

訳も分からず戸惑う村重

「いいから黙って彼氏になって、でないとこの場所でキスしますよ先生に」

「恥ずかしいからやめてくれ」

村重の言う通り抱き合った状態だけでもかなり周りから目立っている。

「それに風香の電話番号を知ってる事も、他の子に言っちゃいますよ」

「ああ、わかった。大友にしたがうよ」

「ありがとう先生。実は今しつこいナンパに私があってまして」

「追い払う為に話しを合わせてくれるだけでいいいんです。あと、名前は大友じゃなくて麗奈と呼んでね。昌幸」

麗奈は二人の男のもとへ村重を連れて歩き出す

「彼氏が来たので私はこれで失礼しますね」

ナンパ二人組を前に昌幸の腕を組んでわざと胸を当ててくる麗奈

「本当に彼氏だったんだ」茶髪の男が残念そうにする

「それでわざわざ俺らに見せつけに戻ってきたの?」あからさまにムッとするインテリ男

「うーん、それもあるけど彼が私をナンパした奴がどんなのか見たいって言うから…ねー、昌幸」笑顔で昌幸を見上げる麗奈

「彼女の暇つぶしになってくれて礼を言うよ」

昌幸が二人組をじっと眺めながら語る

「彼氏さんも一緒にカラオケどうですか?」

諦めが悪い茶髪男。ーーこいつやっぱり馬鹿だ

昌幸は麗奈と目を合わせサインを送る

「なぁ麗奈」

「なあに昌幸」

「お前、明日も学校だろ?俺の授業の宿題、明日までだけどやってあるか?」

「……あ、忘れてた。」

「やってないと明日、補習授業受けさせるぞ」

「えー嫌だ。だってあれ難しいもの…昌幸教えてよ。私、先生の彼女なんだから」

「わかったよ。じゃあ今日は俺の部屋でいいか?」

「ええ、いいわよ。両親も今日はいないから大丈夫よ」

「それじゃ帰るか麗奈」

「うん。」

昌幸の腕に自分の腕と胸をしっかり絡ませている麗奈

そんな二人のやり取りを聞いて唖然としていたインテリ男

「なあ、君達の関係って…」

「高校の生徒と先生かな、私が高校一年生で彼はクラスの担任」

…麗奈がそれを説明するとナンパ二人組はもうそれ以上絡んでくる事もなく。麗奈と昌幸はその場所から直ぐに移動を始めた。







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