第4章 麗奈恋のメモリア

はじまり

彩花と、風香の感動の再会から数日たった金曜日の朝、昌幸は理事長室に呼ばれていた。


「理事長の用件って何だと思う?」

気になったので彩花に聞いてみるが、彼女の返事はこうだった。


『女子生徒に何かしたんじゃないのゆっくん。エッチな目で生徒を見てるとかで理事長に苦情ががきたとか?』

「え、俺ってそんな目で生徒から見られていたのかそんな覚えはないんだが。」

『分かんないよー、ゆっくんがそう思ってるだけでみんなは違うかのかも知れないよ。』

「そうなのか?」

『それを私に聞かれても、困るかな。………うーん、わかったわ。今から風香に聞いてきてあげるね。女子生徒の好感度がどうなのか。』

「…あの、彩花。その言い方だと、、まるで俺の方がクラスの生徒達から評価されてるみたいに聞こえるんだけど?」

『そうだよ。麗奈の一件もあるからねー、ゆっくんには。』

「だからそれは、」

ーーまだ根に持ってるんだ…彩花。

『そんなわけで、私は今から風香のところに行ってくるから後は頑張ってね。』

「頑張ってねって、おい彩花も一緒に来ないのか。」

『バイバーイ。』

ご機嫌で立ち去る彩花。

彼女は風香に再会して以来、かなり明るく活発になり、またそのおかげなのか風香と再会してからの彩花は行動範囲がかなり広くなり、自由に風香と俺の間を行き来出来る様になっていた。

しばらくの間、風香の元へうれしそうに飛んでいく彩花を恨めしげな目で見ていた昌幸だったが、考えていても仕方ないと渋々理事長室へと向かっていた。


理事長室の前についた昌幸は覚悟を決めてドアをノックする。

「村重先生、入って構わんよ。」

部屋の中から水嶋の声が聞こえる。

「失礼します。」

部屋の中に入ると水嶋は高級そうな椅子に座わり書類を眺めている…昌幸は覚悟を決めた。

ーー経歴詐称がばれたか?

「まあ、そんなにかしこまらなくても大丈夫だ、村重先生。」

おっとりとした口調で話しながらこちらを見る水嶋を見て昌幸はホッとした。

ーーどうやら違うらしい、よかった。

「理事長、僕に何かご用件ですか?」

「悪いのだが、今日の夕方までにここにある書類を名古屋の付属幼稚園に届けてほしい。」

「僕がですが?」

まったく予想していなかった水嶋の言葉に昌幸が思わず聞き返す。

「どうしましたか、村重先生?」

どうしましたって、…理事長に悪いんですが、それって雑用ですよね。と言いたい。…別に俺じゃなくてもいいのでは。

「この書類は本当なら私が持っていくのが妥当なのだが、この後どうしても外す事が出来ない用事があってな、それに今日は学園の工事で午後から授業がない。頼まれてくれないだろうか?」

「…ですが理事長、僕も昼過ぎから15時までは他の先生方と授業についての会議が入ってますよ。その後は、工事関係の方の打ち合わせがありますが。」

「それは分かっておる。勿論、会議には村重先生にも出てもらうが、打ち合わせは他の先生に任せるつもりだ。」

「それなら問題はありませんが。」

理事長の手前、否定はしなかったもののまだいまいち釈然としない昌幸。それが水嶋に伝わったのか、彼は最後の説明をしてきた。

「実はこの書類、とても重要な物で他の先生では心配で信用できんのだ。それでな村重先生のように真面目で人徳のある人間なら安心して任せる事が出来ると思い頼んだんだ。」

ーー理事長の話、どうものせらている感じもするが悪い気もしない。

「分かりました。書類を届けてきます。」

「ああ、助かるよ。18時までに間に合えば良い、そう急がなくても大丈夫だからな。」

水嶋から書類を受け取った昌幸。理事長室を出ると、一息ついた。


ーーやっぱり部屋の中で一対一で理事長と話をするのは緊張する。

疲れた足取りで職員室に向かっていると、

『わっ、』

急に背後から声がかかりビクッとなる昌幸。後ろからはくすくすと笑い声が聞こえてくる。

『どう、びっくりしたでしょゆっくん。』

「彩花かー。驚かせないでくれよ。」

『だって深刻な顔してたもんゆっくん。それで理事長のお話はどうだったの?やっぱりクビ?』

「何でいきなりクビになるんだ。」

昌幸は愚痴を吐きつつも、さっき理事長と話した内容を彩花に話した。

『ゆっくん、完全にそれ理事長に上手くのせらたね。』

「やっぱそう思うか、彩花も。」

『人だけはいいからなゆっくん。だから読まれやすいんだよね。』

「はいはい、人だけはいいですよー、俺は。」

『でも、それだったら丁度いいかも。ゆっくん夕方に名古屋に行くんだよね。そしたら帰りは遅くなるよね?』

「そうだな、夜9時はすぎると思うよ。」

『それじゃあゆっくん、マンションの部屋の鍵を風香に渡しといて。』

「ああ、わかった……?ってなんで小倉に?」

『風香がね、色々私と話がしたいんだって。でも周りに誰かいるとなかなか話せないらしくって、さっきも麗奈に不思議な目で見られてたから。』

「まあ普通はそうだろね。」

『だから渡しといてね。』

「だったら彩花が鍵を持ってればいいだろう、渡すから。」

『…別にゆっくんが問題無ければいいけど、』

こちらを不思議そうに見つめる彩花。

「問題なんてないよ、……なんかある?」

『ゆっくんって時々呆けるよね。……私、幽霊ですけど大丈夫?』

「……鍵は俺が小倉に渡しておく。」

ーーそうだった、彩花は幽霊だった俺って時々本当に忘れるんだよな。

で、昌幸が渋ったのには訳があった。

もし風香が俺の部屋に入るのを誰かに目撃でもされたりしたら…、

その後の事を考えると気がすすまなかったのである。

ただ嬉しそうに話す彩花を見ているとそれ以上の事は言えず鍵を風香に渡す事を了承したのだった。



部屋から出た昌幸を確認した水嶋は慌てて背広の裏ポケットから携帯を取り出し電話をかけた。

数回コールした後、相手に電話が繋がる。

「重雄どうしたの?」

相手が不思議そうに尋ねる。

「麗奈、今日の13時に岐阜駅。いつもの場所で待っていてほしい。」

「分かったわ。」

水嶋は要件だけ伝えると電話を切り、机の上にある書類を慌てて読み直し始めた。

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