1年A組の生徒達

「それでは村重先生、後はよろしくお願いしますよ」

そう言って立ち去ろうとする理事長、俺は?と思い目を合わせる。


ーーあれ、さっき理事長「私が君をクラスに紹介しよう」とか言ってませんでしたか?


すると理事長はそれに気付いたらしく


「すまない。また急用が出来たのでな、悪いが君を紹介してあげられなくなった」と自分の背広から携帯を取り出し慌ててその場を去っていった


教室の前で残された俺と麗奈。……と彩花。

彩花は相変わらず俺の体を締めつけてたままずっと背後にいる。


『また、私の友達に手を出して……今度は麗奈ですか。…… うふふ。』

俺の耳元で呪いの言葉を繰り返し囁いていた。


ーー大友も友達なのか…彩花の友達って何でこんなに可愛い、美人な子が多……。い、痛い。


何故か、彩花からの締めつけが一段と強くなる。


ーー……俺、今何も喋ってないよね。…おかしいな。


『うふふ、ゆっくん。……ゆっくんの考えてる事なんて、私にはお見通しなんだから…ね。』


これから寒さが増してくる1月、俺の体はまるで常夏にいるかのような汗をかいていた……。


「ごめんなさい」


ついつい言葉を声に出してしまった俺、彩花からの締めつけはなくなった。が、隣には麗奈がいる事を忘れていた。

案の定急に謝られて困惑している麗奈。


「先日の事ならもう気にしてませんよ。村重先生」


ーーよかった。モールで抱きついた時の事と勘違いしてくれている。


麗奈は笑顔で俺に返事を返してくれたが、次の瞬間にはキリッと冷めた表情で俺を見つめた。


「村重先生、モールでの件は本当にもう怒ってないので安心して下さい。」

「……ただ、一つ村重先生だけにはお約束してもらいたい事があります。」


ーー麗奈の表情が硬い。…何か重要な事だろうか?


「…モールで先生と出会った時の私と、この教室に来るまでの私を忘れていただけませんか。」


「?…大友、意味がいまいち理解出来ないが」


「職員室での私の噂は先生?聞かれましたよね。」


…俺は理事長室に案内される前、職員室で他の先生方から聞いた話を思い出す。


「……少しは。」


「そう言う事です。私はこの学園内では…冷酷で冷めたい女、クールな女として周りから見られているので…、私の素顔を知っている子はクラスにも風香だけなんです。なので、よろしくお願いします」


「しかし…。」



俺は…麗奈に言葉をかけてあげたかったのだが何も思いつかなかった。

そうかといって教室の前でずっと立っている訳にもいかないので、教室の扉を開けた。

麗奈は俺と彩花?の後ろから現れしれっと自分の席に戻ろうとして捕まった。


「麗奈、何処に行ってたの?授業始まってるのに」


声をかけたのは、朝の通学時に俺と同じバスに乗っていた風香だった。



「ごめんなさい風香、通学途中に気分が悪くなって、水嶋理事長に保健室に連れていってもらったの」


「もう、それならそうと私に連絡が欲しかったな携帯でもいいから」


「そうね。ラインを送ろうとして忘れてたわ。」


「何かあったのかと思って心配したんだからね」


「ええ。今度からは必ず連絡するわ」


麗奈は風香に軽く謝り自分の席に座った。俺は彼女達2人のやりとりを見届けてから教室の教壇に立つ。気づくと、彩花が横から声をかけてくれていた。



『…ゆっくん。麗奈との件については保留にしといてあげるから、今日から頑張ってね』


ーー良かった。機嫌が直ったみたいだ。

俺がほっとしていると……。


『あくまでも、とりあえず保留だから勘違いしないでね。…ゆっくん』

釘をさされた…。



気を取り直し、俺は目の前の生徒に自己紹介を始める。


「今日から君達のクラスの担任になった村重昌幸と言います。君達の方がこの学園の事を知っているだろうから、俺に分からない事があったらよろしく頼むよ」


簡単な自己紹介をして俺は生徒達を見回した。

クラスの生徒数は女子が14人の男子が5人の計19人。今年度から共学になったばかりの学園の為、男子の数が圧倒的に少ない。


ーーここに彩花がいたときは、20人になってたんだなこのクラス。

ーーしかしこのクラス…、明らかに女子生徒のレベルが高くないか?


俺が朝早くから起こされ、彩花の学園思い出話を聞かされていた時、彼女が『私達は学園のカーストでトップ5だったのよ』そう俺に言っていたのを思い出した。


ーー彩花、麗奈、風香の3人は間違いなくトップ3だろうな。順位に関しては……。それぞれのタイプが違うから俺はなんとも言えないが。

ーーそれで、残る2人の子が、さっき彩花が指を指して『あの2人も友達だよ』と言った…。えっと名前なんて言ったかな?

俺は慌てて生徒名簿をみる。

ーー島村華菜と、望月雪奈だ。


「はい、先生」

声がした方を向くと、その島村華菜が手を挙げている。


「…どうした島村?」


「私達も自己紹介をした方がいいのかなと思ったんですけど、村重先生に。」


「島村、いい意見をありがとう。確かに俺はまだみんなの名前と顔が一致していないから自己紹介をお願いしたい。」

俺は素直に島村の意見に従った。


「じゃあ、村重先生もああ言ってる事だし、みんなぁ…1人ずつお願い出来るかな」

華菜はクラスのみんなに呼びかけた。

島村華菜…、誰からも好かれそうな顔だち、コロコロしてて可愛い仕草が動物のチワワみたい。

金色のボブカットに一際目立つ胸、それとは対照的な細身の身体つき。そして誰とでも仲良く話すことができる女子生徒。

…彩花達3人がいなかったら間違いなくこの子がカーストトップだっただろう。



生徒達の自己紹介も終わり、俺はすぐに授業を始める事にしたが…。1つだけどうしても気になっている事があった。


それは…。このクラスの生徒、本当に学力は大丈夫なのだろうか?の心配だった。


この私立桜川学園は、文系だけは東海の中でトップなのだ…全国でもトップ5に位置づけされている。…文系だけだけど。

そのくらいの有名な私立学園なのである。


…では何故そう思ったのか?なのだが、さっきも言ったとおりこのクラスの女子生徒は明らかに全国平均より女性としての魅力が全員高い。

対照的に……残る5人の男子は……、男の俺ですら遠慮させていただきたいほどレベルが低い。


ーーこのクラスて恋愛沙汰は無いに等しいな…なんだろうかこの男子達は…。

ーー明らかに仕組まれてるとしか思えないな。このクラス割。……これで3年間クラスを変えないとは…女の子達が可哀想すぎる。


桜川学園は3年間クラス替えは無い、A組の女子生徒にしてみたら最悪の一言だろう。


そんな訳で色々と心配をしていた俺だが授業を始めるとその考えは頭から消えてなくなった。


……彼女達の学力は俺の予想を遥かに超えていた。


理事長が俺を迎えに来るのが遅かった為、

この学園での初授業は凄く短いものとなってしまったが、それでも1ーAの生徒達は真面目に授業に取り組んでいたので俺は凄く感動して泣きそうだった。ー前の高校が酷すぎたのかもしれないが…。

短い初授業も残り5分になり。俺は源氏物語の話を終え授業の締めにかかっていた。


「はい。」


1人の生徒が挙手をした。……大友麗奈だ。


「大友、どうした?」


「村重先生、ちょっと分からないところが。こっちに来て教えていただけませんか?」


麗奈の机の横に行った俺は教科書を覗く為、軽く屈んだ。


「どこが分からないんだ、大友?」


すると麗奈は、自分の体を俺の方に寄せ顔を近づけた。麗奈と俺の顔の位置がかなり近い…。


今の俺と麗奈の姿を後ろの席からを見られるとかなりきわどく見えてしまうだろうが、幸いな事に麗奈の机は窓際の1番後ろの席にある為に助かった。右隣りの席の子も俺が壁になり見えてない。このクラスの子は真面目な為、後ろや横を振り返る生徒もいない…つまり完全に2人だけの空間になっていた。………1人を除いては。


麗奈の息遣いが聞こえるほど近くから彼女は俺に囁いてきた。


「村重先生。…さっきの約束忘れないでくださいね。破ったら…村重先生に抱きつかれたって言いながらここで大泣きしますよ。」


「わかったよ」


念を推しておきたかったらしい彼女の言葉に俺は素直に従った。実際に麗奈がここで大泣きするかどうかは分からないが…どう考えても俺の方が不利だ。


「ありがとうございます。村重先生」


軽く笑みを浮かべ、麗奈はわざとらしく大きな声で俺に礼を述べた。


そんな麗奈の言葉を待ってたかのようにタイミングよく授業の終わりを告げる鐘が鳴る。

俺は教壇に慌てて戻り授業の終わりを生徒達に告げ教室を後にした。


………そして、今の言葉を最後に麗奈は学園内で俺に話しかけてくる事は無かった。

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