Int.29:淡路島奪還作戦・Phase-2/訪れる夜とともに

『――――皆、よく聞いてくれ』

 同日、夜のとばりの下りきった二〇〇〇時ジャスト。薄い星空を頭上に、荒れる海面の上を這うような低空飛行で飛ぶ十三機のフライト・ユニット付きTAMS。その内の一機……漆黒のブレイズ機とともに編隊の先頭近くを飛ぶ白い機体・≪閃電≫タイプF改のコクピットにて、一真もまた他の連中と同様に、データリンク通信から聞こえてくる西條の言葉に黙って耳を傾けていた。

 夜空を往く彼らA‐311訓練小隊とライトニング・ブレイズの合同TAMS部隊は、全機がその手の中か、或いは予備兵装用の機体ハードポイントに見慣れない射撃兵装を携えている。試製15式ガウスライフル。電気仕掛けで強烈な一撃を見舞うこの獲物は、巨大な敵を屠る一撃必殺の聖槍たり得るのか。

 どうであれ、そうでなければ自分らは揃いも揃ってお陀仏だ。ならば今は信じるしかないのだ。この獲物がきっと、神すら殺してみせるほどの代物であることを。

『作戦の概要に関しては、もう散々説明しての通りだ。……というより、もう君らにも見えているだろうな。何せ四十メートル、ちょっとした高層ビルみたいなデカブツだ』

 西條の言った言葉通り、既に一真たちはカメラ越しの視界の中、屠るべき標的の姿をそのまなこに捉えていた。というより、強襲揚陸艦ヒュウガから再出撃した時点で、あの意味不明な大きさの影はうっすらと見えていた。

 ……デストロイヤー種。

 幻魔の中でも最大最強の、文字通り破壊者デストロイヤーたる大物。八本の脚を動かし我が物顔で大地を荒らし、近づく者を差別なく蒸発させるその様は、正に生きた要塞といった比喩が正しいだろう。

 本来ならあんなもの、飽きるほどの艦砲射撃や巡航ミサイルの雨あられを浴びせて、やっと一匹が仕留められるような奴だ。それを……幾ら多国籍軍の支援があるといえ、実質的に十三機のTAMSだけで仕留めろというのは、改めて考えてみると酷な話だ。

 それでも、一匹や二匹なら何とかなっただろう。だが目の前で淡路の狭い大地を蹂躙しているのは、数にして六匹だ。一匹でさえ多大な犠牲を払ってどうにかする大物狩りを、六匹同時にやれと言われている。頭が痛くなるどころか、マトモな神経をしていればとっくに逃げ出していただろう。

 だが、逃げ出すわけにはいかないのだ。ブレイズはさておき、A‐311の皆はそれぞれの胸に、それぞれの理由を秘めて今、此処に居る。

 他ならぬ一真だってそうだ。まだ、あの場所でやり残したことがある。まだ、やらねばならないことがある。まだ、生きねばならないだけの理由がある……。だからこそ、今こうして先陣を切り銀翼で夜風を切り裂いているのだ。

『改めて、私の口からも説明させて頂きます』

 と、そんな風に通信の中に新たに現れた冷静そのものな声は、美弥とともにCPオフィサーを務める、ブレイズの星宮・サラ・ミューア少尉のものだった。

『まず、貴方がた十三機から先行して、五方面より米海兵隊、フランス空軍、その他多国籍軍のTAMS部隊が作戦空域に突入します。既に特科の砲兵隊と艦砲の飽和攻撃により、作戦エリア内に於ける中型までの敵集団、その半数以上の殲滅が確認されていますが、しかしまだかなりの数が残っています』

『ええと、皆さんは他の多国籍軍の方々が陽動をしてくださっている間に、まっすぐ目標に向かって進んじゃってくださいっ』

 サラの言葉に続けてそう注釈を付け加えるのは、美弥だ。こんな時でも相変わらずな調子に、思わず気持ちと一緒に表情も僅かに緩めてしまったのは、きっと一真だけではあるまい。

『ですが、目標までの最短ルート上に……最低でも、八千近くの敵集団が確認されています。行きがけの駄賃にしては少し多いですが、進路確保の為にこちらの掃討も急務かと』

『んでまあ、撃ち漏らしの掃除はアタシらの仕事や。せやから後ろは振り返らず、真っ直ぐ突っ走りぃ』

 なんて風にお気楽な調子で、一真たち十三機のTAMSが織り成す編隊の少し後ろを追従する三機の対戦車ヘリ小隊、ハンター2小隊から慧の反応が返ってくる。たった今彼女自身が言った通り、彼女らの役目は一真たちが撃ち漏らした雑魚を可能な限り掃除することだ。今回の作戦の要たる彼らが背中から刺される危険性を、少しでも減らすこと。それが三機のコブラに与えられた任務なのだ。

『目標との交戦圏内に到達と同時に、ガウスライフルの使用を許可する。なあに、責任は全部私が被ってやるさ。好きに撃ちまくれ』

『……また、デストロイヤー種の迎撃反応範囲は、一匹あたり半径五キロ圏内です。ヴァイパー02やブレイズなど、一部の機体に関しては耐レーザー・コーティングが施されていますので、ある程度は耐えられるかと思いますが。しかしそれ以外の方々は決して無茶をなさらぬよう、くれぐれも留意してください』

『大丈夫だよ、心配は要らない。デストロイヤー狩りなら僕も慣れたものだから』

『頼もしいものだな、アジャーニ少尉』

 少しばかりの余裕を漂わせるエマの言葉に、雅人がそんな風にニヤリと反応した。どちらも優れたエース級のパイロット同士だ。深い言葉はなくとも、互いに色々と感じられるところがあるのだろう。

 ちなみに、エマ機の≪シュペール・ミラージュ≫の位置関係は、一真機のすぐ右斜め後方の位置だ。ブレイズと一真機、そして彼女が先陣を切って突入することになる。特殊部隊四機と、耐レーザー・コーティングが施された上に、専用のシールドまで携えた特別機のタイプF改。加えて、地獄の欧州戦線で何匹ものデストロイヤー種を狩り殺してきたであろう、年齢不相応なウデの持ち主だ。先陣を切る面子としては、これほどまでの適役は他に居ないだろう。

『加えて、目標との交戦開始後に航空支援が行われます。小松基地所属のレイピア隊、F‐16Jが四機です。レーザー誘導爆弾による支援爆撃が実施されますので、ヴァイパー03は後方からその爆撃誘導をお願いします』

『承知した』

 瀬那機……タイプF改の試作二号機には指揮官用の強化型のセンサが搭載されているが、その内の機能のひとつとして、爆撃誘導の支援装備がある。戦闘機があのデカブツの真上で滞空し、誘導用レーザーを照射し続けるよりは、地上かそれに近しい位置に居る瀬那機が誘導してやった方がずっと安全だろう。そうすることで、爆撃支援をしてくれるレイピア隊は、ヒット・アンド・アウェイですぐに危険空域を離脱することが出来るのだから。

『指揮役の立場、ヒュウガでお留守番の私にはただ、君らの健闘を祈ることしか出来ない』

 ……だが、これだけは覚えておいてくれ。

『生きて帰ってくること、それだけが私から君らに課す至上命令だ。忘れてくれるな、全機揃って帰ってこい。……私から言えるのは、ただそれだけだ』

 通信越しに呟く西條の言葉は、何処か鈍い痛みの色が垣間見えて。視界の端に映る……恐らくはヒュウガのCICに居るのであろう彼女の表情は、やはり何処か浮かないものだった。

 だからこそ、一真は敢えて「ヴァイパー02、了解」とだけの短い言葉を返してやる。彼女の祈りに反応してやることで、肯定してやることで。少しでも互いにとってのくさびになればと……何となくだが、そう思ったのだ。

『カズマ』

 としていれば、今度はエマから通信が飛んでくる。何故だか双方向にのみ通信を絞ったプライベート回線でだ。

『僕が上手く合わせる。君の背中は、僕が預かる。……だから、君は好きに暴れていいから』

「……たまには、俺にも背中を護らせろ」

『ふふっ、それはまだ無理かなー?』

「おいおい、どういう意味だよ、それ」

『さあ? その辺は自分で考えて欲しいなっ?』

「勘弁してくれよ……」

『いつだって君の背中は、僕が護る場所だから。……今日も、明日も、いつだってそれは変わらない』

 ……だから、忘れないで。

『君の傍には、君の隣にはいつだって僕がいる。……それさえ忘れなければ、僕らに出来ないことなんてないから』

「……かもな」

 根拠なんて、何処にもない。気休めみたいなもので、必ずそうである根拠も論理も、この世の何処にだって存在しない。

 それでも、何故だか一真にはその言葉を、彼女の言葉を素直に受け入れられていた。彼女になら、何もかもを預けても構わないと。己が生命いのちを預け、賭けるだけに値すると。……確たる理由なんてアリはしないが、でも一真は素直な気持ちでそう感じていた。

 だからこそ、後顧の憂いなんてものはもう消え失せている。少しだけやり残したことはあるが、それは戻ってからの話だ。今、こうして決死の戦いに臨む中で、一真は心の引っかかりを何ひとつ感じてはいない。

 故に、戦える。己の全力を以て、戦えると感じていた。自暴自棄になって、自殺願望なんかじゃない、ただ純粋に生き抜く為の戦いを。

「さあ、行こうか……相棒」

 呟いたその言葉は、柔らかな金色の彼女に向けてのものなのか、或いは純白の冷えた鋼鉄の彼女に向けてのものなのか。

 きっと、どちらにも向けた言葉なのだろう。何気なく出てきた言葉だが、ひとりごちた彼の脳裏にはきっと、一人と一機の姿が浮かんでいたに違いない。

 一真はパイロット・スーツのグローブに包まれた両手で、操縦桿を強く握り締める。死の大地と化した孤島は、既に目の前へと迫ろうとしていた。

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