Int.30:淡路島奪還作戦・Phase-2/例え此の身が灼かれたとしても

『ヴァイパーズ・ネストよりヴァイパー全機、敵勢力圏内への突入を確認。マスターアーム・オン、交戦を許可します』

 隊のCPオフィサー、サラの号令を合図に一真たち十三機のTAMS全てが、機体火器の安全装置たるマスターアーム・スウィッチを安全位置から弾く。各々が背負うフライト・ユニットの両翼に吊したマーヴェリック対地ミサイルが、ロケット・ポッドが火を噴き、今まさに上空を超低高度にて通過しようとしている淡路島南方の大地を、そこに蠢いていた数千の幻魔ともども焼き払う。

 既に、この時点で彼らの駆除すべき対象……六匹のデストロイヤー種の影は、先程と比べるとかなり大きくなっている。距離にしてみればもう僅かだ。奴らが体内に隠し持つ生体機関砲や対空レーザーなどの迎撃反応範囲にこそ入っていないが、それも時間の問題だった。

『ちっくしょう、どれが地面でどれが敵なのか分かりゃしねえ!』

 ≪新月≫が両手に携える、大きなガンナー・マガジン付きの93A式・二十ミリ狙撃機関砲を断続的に撃ち続けながら、編隊の後方集団に位置する白井がボヤく。

『撃てばどれかに当たるってワケよ。楽って言ったら、これ以上楽なこともないわ。狙う必要もないなんて、アタシたちは随分と幸せ者ね?』

 すると、そのすぐ側方を飛んでいた≪ストライク・ヴァンガード≫から皮肉めいた反応を返すのはステラだ。彼女も彼女で、同じく大容量のガンナー・マガジンを取り付けた突撃機関砲を撃ちまくっている。

 戦況は、まさに彼女たちの言う通りの状況だった。白井ではないが、群がる敵の量があまりに常軌を逸した数で、本当に何処が地面で何処が敵なのかも分からない。文字通りのすし詰め、乗車率二〇〇パーセント越えの満員電車より酷い有様だ。撃てばどれかしらに当たるような具合で、正直言ってこんな量を相手にするのなら、TAMSより野砲だとか空爆の方がよっぽど効率的だろう。

 が、そうもいかないのだ。フライト・ユニットを背負った彼らが突入するよりずっと前から、艦船からの砲撃や本州沿岸の砲兵部隊が延々と砲撃を加え続けているが、撃ち放った砲弾や対地ミサイルの六割程度が敵の対空種族・アーチャータイプの迎撃で撃ち落とされてしまっているのだ。

 生体弾やレーザーでの対空迎撃に際し、あまりの密集具合に味方の別種族もろとも撃ち抜き誤射しながらというのは、幻魔連中の知性の無さを物語っているが。しかしあれだけの数の幻魔が群がる中、やはり対空種族の数も相当なものなのだろう。日本中の火薬を一度に集めたのかというほどの熾烈な砲撃によって、ある程度の数は殲滅できているのだが、しかし苛烈な迎撃によって思うほどの砲撃による効果が得られていないのもまた、現実だ。

 だからこそ、軍上層部は無謀とも取れるTAMS部隊による突撃陽動作戦を立案したのだろう。特に瀬那のこともあり、事情を知り得ている一真やエマにとっては、何とも陰謀の匂いを感じざるを得ないところはあるが。しかしイザこうして現場を目の当たりにすると、ある程度の合理性も納得せざるを得ない。

 ……といっても、だからといって自分たち訓練小隊を動員する理由は見当たらない。やはりこれも、瀬那をていよく亡き者にする為の陰謀なのだろうか……。

(そんなこと、今は考えてる場合じゃない)

 一真はコクピットの中で小さく頭を振り、今まで巡り巡っていた思考を頭の外へと弾き飛ばし、タイプF改の両手で突撃機関砲を撃ちまくるという、そんな目の前の作業へと意識を引き戻す。

 もう、此処は戦場なのだ。そんな陰謀論だとか何だとか、今は考えている状況じゃない。今はただ、目の前の戦いに集中するべきだ。

 そう思いながら、一真は両の人差し指で操縦桿のトリッガーを引き続ける。最初から敵の数がべらぼうに多いことは分かりきっていたから、持ってきた弾の数も豊富だ。残弾数をそこまで気にせずに気前よく撃ちまくれるというのは、何だか少しの爽快感すらをも覚えてしまう。

 とはいえ、それでも弾の数は間違いなく足りないだろう。この十三機が持ってきた全ての弾を、全て敵に命中させたとしても、この多すぎる敵を全て狩り殺すには不足している。

 だから、あくまでこれは行きがけの駄賃。対空迎撃の弾幕を少しでも減らして、味方の砲撃が一発でも多く着弾するように。少しでも多くの敵を減らして、イザ本命の敵と相対することになったときに、背中を刺されないように。ただそれだけの意味しかないのだ、今のこの掃討作業は。

 それでも、やっておかねばならない。どうせ突撃機関砲の二十ミリ弾なんて、あのデストロイヤーには歯牙にも掛けられないのだ。であるのならば、二十ミリでも律儀に相手をしてくれる彼らに気前よく全部持っていって貰う方が良いに決まっている。

 一真機の白いタイプF改・試作一号機が一つ目のガンナー・マガジンを棄て、再び大きなドラム弾倉を突撃機関砲に再装填し、また両手で撃ちまくる。そのすぐ横ではエマの≪シュペール・ミラージュ≫が同じように撃ちまくっていて、他の黒いブレイズの四機編隊も同様だ。

 その間にも、一真たちは時折アーチャーα種による少しばかりの対空レーザー攻撃を喰らうが。その辺りは上手く一真が前に出て、耐レーザー・コーティング済みの自機とそのシールドで以てエマ機を庇う。彼女は自分を護り抜くとは言ってくれていたが、しかし今、盾になるべきは自分だ。折角の機体コーティング、こういうときに使わないでいつ使うというのか。

『ヴァイパー10、ボムズ・アウェイ。……これでクラスターは全部使い切っちゃったわぁ』

『身軽になって良いじゃないか、美桜?』

『あら、崇嗣それってどういう意味かしらぁ?』

『言葉通りだ』

 十三機のTAMSが織り成す編隊の後方集団では、美桜の≪神武・弐型≫が翼に吊していた最後のCBU‐87/Bクラスター爆弾を投下し終えていて。地表に着弾した二〇二個の子弾が地上の群れをド派手に吹き飛ばすのを背に、当の美桜といえば国崎とそんな会話を交わしていた。

 呆れるぐらいに呑気なものだが、これぐらいで丁度良いのかもしれない。加速度的に迫る大きすぎる相手を前にしては、寧ろ今はこれぐらい肩の力を抜いていて貰った方が良い……。

『……ヴァイパー07、投下。……瀬那、レーザー照射の準備は出来てる……?』

『無論だ、霧香。それよりも目の前の敵に集中するがいい。其方に言われるまでもなく、私は私の役割を果たすまでだ』

『相変わらずだね、瀬那は……。まあ、私から離れなければ、それでいいや……』

 錦戸がそう思っている間にも、更に後方では≪新月≫・霧香機が燃料気化爆弾を投下し敵を焼き払っていて。更にそんな霧香機に続く瀬那の藍色をしたタイプF改・試作二号機との間では、そんな通信が飛び交っていた。

『ヴァイパーズ・ネストより報告ですっ! もう間もなく、敵第一集団の展開領域を抜けますっ!』

『撃ち漏らしはアタシらに任せぇ! あんさんらは気にせず、そのまま突っ切りぃ!』

『TOW、照準完了! ……行くよ、慧ちゃんっ!』

『おっしゃあ! ハンター2全機、ぶっ喰らわせたれぇっ!』

 美弥の報告通り、既に沿岸部に展開していた敵の大きな集団、その展開範囲はひとまず超えようとしていた。ターボジェット・エンジンの推力に任せて前へ、前へと進むごとに、群がる敵よりも元あった淡路島の大地の方が濃くなってきている。

 背後で慧たちハンター2小隊のAH‐1S対戦車ヘリが残敵掃討を開始するのを尻目に、一真やブレイズたちとともに≪極光≫で先陣を切る錦戸は『ヴァイパー01、了解しました』と美弥に囁き返して、

『残り一集団を抜ければ、その先がデストロイヤーの迎撃反応範囲です。……皆さん、くれぐれも心して参りましょう』

 己が翼に付き従う、若すぎる彼らにそう静かな声音で告げると。空になった増槽を翼から切り離し、更に島の奥へ奥へと≪極光≫で飛んでいく。

 ……この先に待つのは、明らかな死地だ。眼に見えて分かっている。高層ビルかってぐらいに大きなあの六体の影が、何よりもそのことを物語っていた。

 それでも、上にやれと命じられたのならば行くしかない。それが軍人の悲しいさがなのだから。

 もしかすれば、昔ならば。ブレイド・ダンサーズとして全世界を転戦し回っていたあの頃ならば、ひょっとすると違っていたのかも知れない。

 錦戸はふと思ったが、すぐにその考えを改めた。それは単なる夢想に過ぎない。今の自分も……少佐も。嘗て共に伝説を築き上げたブレイド・ダンサーズの副官と中隊長ではなく、今は訓練小隊を率いているだけの、単なる一介の教官職に過ぎないのだから。

 であるのならば、無力な自分に出来ることはただひとつ。若い彼らを生かす為に、己に出来る最善を尽くすまでだ。その為なら、自分は……。

『ガウスライフル……我々にとっての命綱は、これだけですか』

 十三機の銀翼を纏いし鋼の戦士たちが、絶えることのない砲火の瞬きに彩られた眩い夜空を頭上にし、飛び往く。その先が明らかな死地であると知っていながら、それでも生き抜く決意の灯火だけは消さないままに。

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幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ 黒陽 光 @kokuyou_hikaru

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