Int.28:淡路島奪還作戦/WHITE REAPER.

「あーちょっと待って! そのバッテリー・パックはまだ充電が済んでないのよ! それは予備の方に回す奴だから、あっちのを使って頂戴!」

 一方その頃、ヒュウガの格納庫内では。クリスの低くも何処か甲高くしているような声が響く中、整備兵たちはA-311小隊とブレイズ、十三機の再出撃準備に追われている真っ最中だった。

 機体の破損状況をチェックし、フライト・ユニットも同様に点検し。機体用の推進剤充填や燃料電池の交換、或いはフライト・ユニットへジェット燃料の給油など。ただでさえ多種多様な機種、それも外国機まで入り混じった複雑怪奇な状況の中で、整備兵たちはよくやっている。普通なら気が狂いそうになるような特殊すぎる状況下に於いても、三島の弟子とも言うべき彼らは実に良い仕事をしていた。

「おい、チェックはそろそろ終わらせろ!」

「すんません、おやっさん! いつもの連中は終わったんスけど、ブレイズの四機に手間取ってて……」

「馬鹿野郎、あのゲテモノ以外は単なるカスタム機だろうが。三十分以内にブレイズも全部終わらせてアーミングだ。今回はワケの分からん試作兵装が混ざってやがるからな、急げよ!」

「う、うっす!」

 慌てて走り去っていく若い整備兵の背中を見送り、腕組みをする三島は「ったく……」とひとりごちる。相変わらずのオイルにまみれたツナギ姿ではあったが、今はトレードマーク的なランドルフのサングラスを掛けてはいなかった。

「忙しそうだね、今日は特に」

「……嬢ちゃんか」

 そうしていれば、急に後ろから声を掛けられたもので。何かと思った三島が振り返ってみると、そこに立っていたのは西條だった。蒼いショートの髪を揺らし、こんな時でも白衣に袖を通している。

 火気厳禁の格納庫で煙草を咥えていないコトぐらい、ある意味で平常運転な西條。そんな彼女を見れば、「まあな」と相槌を打つ三島も、軽く表情を綻ばせていた。

「ゲテモノの≪飛焔≫以外にも、ブレイズの野郎どもの機体は揃いも揃ってやたらにカスタムされてやがる。≪閃電≫に≪雪風≫程度でまごつくような連中じゃあ無いんだが、勝手が違いすぎてどうにもな」

「雅人たちは普通じゃない、特殊部隊だからね。仕方ないコトだと思うよ。彼らは十分によくやっているんじゃないのか?」

「本人たちの前で言ってくれるなよ、今の言葉。変におだてると後が怖えからな」

「善処するよ」

 何処か冗談めいた三島の返しに、西條はフッと小さく笑み。そうすれば下げていた視線を、遠くにある漆黒のTAMSの方へと、膝立ちで駐機姿勢を取る≪ライトニング・ブレイズ≫の四機へと向けた。

 雅人機である技研の実験機・G型≪飛焔≫は別にしても、愛美と省吾のJS-17C≪閃電≫。それにクレアのFSA-15J≪雪風≫に関しても、整備兵たちが知っているだろう普通の仕様と異なっていることは、前々から西條自身も把握していることだった。

 有り体に言えば、カスタム機なのだ。三島が言っていたように、ブレイズの≪閃電≫と≪雪風≫は普通のそれではない。外見と大まかな内部構成こそ同じではあるが、細かい部分がより高性能な、より高出力な別パーツに交換されているのだ。何処がどういう風に変更されているだとか、詳しいことを話し始めるとキリが無いので、ここでは省くが。しかし≪飛焔≫以外の漆黒に塗り固められた三機もまた、特殊部隊の名に恥じぬ特別仕様だということは確かだ。

 まして、≪閃電≫はともかくとして、一番厄介なのが≪雪風≫だ。ただでさえ面倒な機体を更にカスタマイズしてあるものだから、整備する側からしたら頭痛が止まらないことだろう。

 ――――FSA-15J≪雪風≫。

 その型式番号が示す通り、元は米国機だ。ステラが持ち込んだFSA-15E≪ストライク・ヴァンガード≫の原型となった、米軍のFSA-15C≪ヴァンガード≫。そのライセンス権を取得し、日本向けの小改良を施した上で綾崎重工でライセンス生産された機体、それがこのFSA-15J≪雪風≫なのだ。

 これが導入された経緯自体、本来は当時開発中だった次期主力機・XJS-9――後のJS-9≪叢雲≫の参考にする為の、用はリバース・エンジニアリングが目的だった。元々は参考用途だったから、当初の計画ではJ型としての国内生産でなく、米国仕様C型の少数輸入だけだったのだ。

 そして、実際にC型の完成機が輸入された。されたのだが、XJS-9の開発自体に大幅な遅れが生じてしまった。この時の日本はかなりの劣勢に立たされていたから、次世代機の導入は急務であったにも関わらず、だ。

 結果的に、開発遅延の穴埋めが必要となり。そうして生まれたのが、このJ型≪ヴァンガード≫。即ちクレアの乗る≪雪風≫だった。

 勿論、そんな目的での導入だったから、≪叢雲≫が全面普及すると同時に生産ラインは閉じられている。現在でも保守部品の生産は少しだけ続いているが、今となってはレアな機体になってしまっている。そんな妙な代物をクレアが乗っている理由は謎のままだが、ただでさえ微妙な機体だけに、整備兵の苦労は察するに余りある。

 一応クレアの機体は、半天周シームレス・モニタを有する第三世代型コクピットの搭載を初めとした、≪雪風≫近代化改修プログラム、J-SSIPが施された機体ではあるようだった。だからまだある程度は他の機体と部品や知識の共用が効くのだが、それでも≪雪風≫は≪雪風≫。加えて更なるカスタムが施されているものだから、本当に笑えない。

 だから、整備兵たちが手間取っても仕方のないことなのだ。三島も部下に対してああは言ったが、実のところそこまで責めるつもりもない。寧ろ彼自身ですらも、他の連中がよくやっている方だと評価しているぐらいだった。三島がそう思っていることは、仏頂面で皺だらけな横顔に浮かぶ、僅かな機微で分かることだった。他の人間には分からないだろうが、付き合いの長い西條になら分かってしまうのだ。

「……苦労を掛けるね、本当に」

 だからこそ、西條は労い……ではないが、そんな気持ちを込めた言葉を、隣に立つ三島に向かって紡いでいた。

「いつものことだ。嬢ちゃんから要らん苦労を掛けられるのにも、もう慣れた」

「それを言わないでくれよ、突かれると痛いんだ」

「しょうがねえだろ、事実なんだからよ」

「だから痛いのさ、ぐうの音も出ないほどに」

 互いに顔を見合わないまま、隣り合う二人がくっくっくっ、と引き笑いを静かに交わし合う。文字通り、旧知の友のように。書いて字のまま、腐れ縁の仲みたいに。

「……にしても、嬢ちゃんもエラいモン引っ張ってきたもんだな。蓋を開けてみたら、まさか技研の試作兵装が出てくるたぁ思わなんだ」

「もっと褒めてくれると嬉しいね。あんな代物を十三挺も技研に出させるの、実は物凄く苦労したんだ」

 三島と西條、やはり互いに互いを見ないままで言葉を交わし合う二人が、視線を向けているのは。それは、今は天井からのクレーンワイヤーに吊され移動している、見覚えのない奇抜な兵装だった。

 ――――試製15式ガウスライフル。

 電気仕掛けで動く、技研の試作兵装だ。次の戦い、作戦の第二段階で切り札となる新兵器。それが今、A-311小隊とブレイズの十三機に、次々と装備されようとしている。

「あんなモンでハーミットが一撃か。ったく、エラい時代になっちまったもんだ」

「全くだ」フッと小さく表情を綻ばせ、西條が同意する。

「ところで嬢ちゃん、訊きたいんだが」

「ん?」

「あのガウスライフルとやら。アレを一挺喪失するごとに、嬢ちゃんはどれだけ絞られる?」

 意地の悪い三島の問いかけに、西條は凄まじく大きな溜息をつき。そうすれば「考えたくもない」と、至極憂鬱そうな声音でそれに答えた。

「無理を言って引っ張ってきた試作品だからね。一挺消えるごとに、その分だけ私の責任は雪だるま式にヤバくなるんだ」

「随分と無茶したもんだぜ、ホントによ」

「……ま、だから彼らには、ちゃんとガウスライフルを持って帰って来て貰わなきゃならないんだよ。ちゃんと生きて、十三挺全部をまた此処に持って帰ってきて貰わないと、下手をすれば私の首が月まで吹っ飛んでしまう」

 フッと自嘲気味に笑いながら、冗談みたいに西條が言う言葉。そんな彼女の言葉の裏に見え隠れしている、いや隠す気も無いような真意を三島は感じ取れば、しかし深くまでそれを追求することはせず。ただ一言「……だな」とだけ、低い声でそれだけを言って、腕組みをしたまま頷き返してやった。

「ところで、私のアレ・・・・は?」

「言われた通り、一応持ってきてはいる。……つっても、アレを出したら嬢ちゃんの首、それこそお月さんどころか、土星の裏側までブッ飛ぶんじゃねえのか?」

 西條の問いに答え、その後で三島は呆れっぽく言った。万が一の時、西條がしでかすであろう、とんでもない事態を想像して。

「私の首なんぞ、最悪誰にだって差し出すつもりだよ。晒し首にするなり、それこそ木星まで吹っ飛ばすなり。好きにすればいい」

 しかし、西條は涼しい顔のままだった。そう言って三島に言葉を返す傍ら、不敵に笑ってみせたりなんかして。

「それより、ちゃんと動くんだろうね?」

「ったりめえだろ」と、三島。「あン時以来、定期的に俺が面倒見てんだ。整備は一度だって欠かしちゃいねえ。備品をチョイチョイちょろまかさせて貰ったが、そのお陰で消耗品は常にピッカピカの新品だ。後は乗るべき乗り手が乗りゃあ、自然と伝説のご帰還って寸法よ」

「伝説、ね……」

 三島の言葉にフッと自嘲めいて笑うと、西條はやはり彼の方を見ないまま、何処も見ないままでただ、遠くの虚空に視線をやっていた。

「伝説なんて、所詮は噂に大層な尾ひれが付いただけのことだよ。私自身、そんな大したモノじゃあない」

「でも、イザとなったら出るんだろ?」

 にしし、と笑う三島に言われ、西條は「当然」と頷いた。

「もし、ガウスライフルでもどうにもならないようなら。もし、あの子ら全員が生きて還れないような状況に陥ったのなら……」

 その時は、私が――――。

 最後の言葉は紡がないまま、西條は。そして三島も一緒になって、真後ろへと振り返る。

 そこには、格納庫の隅には。目隠しの覆いがロープで厳重に固定され、まるで封印されているかの如く厳重に封をされた、姿形の見えないTAMSの姿があった。士官学校の格納庫の隅、そこに延々と隠されるように鎮座していたはずのそれが、何故か今はこのヒュウガの格納庫に姿を見せていた。

 その中身を、覆いの中に隠された機体が何かを、二人は知りすぎるほどに知っている。それがどれだけの戦いを潜り抜けてきた機体なのかも、それがどれだけの屍の山と伝説を築き上げて来た機体なのかも。二人はそれを、その全てを知っていた。

「――――最悪、私がどうにかする」

 だからこそ、多くの言葉を必要とせず。西條はただ短く、そんな一言だけを呟いた。決意の色にも似た、自分に言い聞かせているような、そんな言葉を。

 …………作戦開始のときは、十三機の再出撃のときは、もうすぐ目の前にまで迫っている。

 故に、西條は祈らざるを得なかった。願わくば、この硬い封印を解くことにならぬよう。願わくば、彼女たち十三機が一機とて欠けることなく、再びこのヒュウガに戻ってくるように。

「……頼んだぞ、一真」

 何故、西條が小さく彼の名を口にしたのか。祈るように、彼の名を呟いたのか。その真意を知るのもまた、隣り合う三島ただひとりだった。

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