Int.11:Back to Paradise./突き動かすモノ、待ち受けるは次なる死地か③

「ガウス、ライフル……?」

 聞いたこともない名と、そして見たこともないT.A.M.S用の兵装。それに驚き、そして困惑し言葉を失っているのは、何もうわ言みたく独り呟く一真だけのことではなかった。

 ガウスライフル、パッと思い付くところでは電磁気の単位系の一つ・ガウスだろうか。或いは古いドイツ人の科学者が似たような名前をしていたような気もするが、そちらとはきっと関係ない。根拠は無いが、一真は直感的にそう感じていた。

「今ここで詳しい説明をしても構わないんだが、長くなるから今は省かせて貰うよ。もし気になる物好きが居れば、クリス辺りにでも聞いてくれ。

 ……まあ、簡単に言うなら電磁投射砲の一種だ。君らが使い慣れている銃や砲と違い、火薬は使わずに電磁気で撃ち出す代物、とでも言えば分かりやすいか。レールガンとはまた違うけれど、貫通力は他の兵装の比じゃない。元は日米共同で開発が進んでる試作兵器なんだけれど、ちょっとツテを使って技研にちょいと提供させたってワケさ」

「――軽く聞く限りでも、有用なようですね」

 と、煙草を吹かしながらな西條の言葉がそこまで紡がれたところで、言葉を挟んできたのはまた教室の後方に立っている一人の少女めいた士官だった。

 星宮ほしみや・サラ・ミューア少尉。≪ライトニング・ブレイズ≫の頭脳役であるCPオフィサーだ。ツインテール風に結ったアイスブルーの髪、その尾を小さく揺らす彼女の表情は何処か無表情めいているが、しかしクレアとは異なり単に感情希薄といった感じの冷静な色だ。サラの双眸は静かに西條の顔と、そしてその向こうにあるガウスライフルの資料へと興味深げに向けられている。

「して、具体的にどれほど有用な兵器なのでしょうか」

 サラが西條に向かって質問すると、西條は「簡単に言えば……」と前置きをし、

「――――実験では、ハーミットの外殻は一撃で貫通している。そして計算上の話だけれど、弾速・貫通力ともにデストロイヤーにも十分対抗出来るらしいね」

 平然とした口調で、しかし常識外のことを口にするものだから、聞かされた一同はまた息を呑む。

(ハーミットの殻を、一撃でか……)

 幻魔の大型種族・ハーミット種。ヤドカリみたいな六本脚のドデカい身体と、その硬すぎる外殻の厄介さは、実際に何度も戦場で出くわしている一真には身に染みていることだった。

 だからこそ、ガウスライフルの威力が如何に常識外れなモノなのかも、確かな実感を伴って理解出来る。経験では、88式75mm突撃散弾砲の最大貫通力を誇る弾、APFSDSスラッグ砲弾でも歯が立たず、白井の140mm狙撃滑腔砲でやっと吹っ飛ばしたような相手だ。後方の大口径狙撃システムでやっとブチ抜けるような硬い殻を、ガウスライフルは簡単に撃ち抜けると、西條はそう口にしたのだ。

 それが、どれほど尋常ならざることか。見たところサイズ的には突撃機関砲を二回り半ぐらい大きくしたような図体で、とてもそんな強烈な貫通力を弾き出せるとは思えない外観だ。

 だが、もし西條の言うことが事実であるのならば。そうであるのならば、ガウスライフルが実用化されればT.A.M.Sという兵器にとっての大きな転換点ターニング・ポイント。それが、まず間違いなく訪れることになるだろう。一真はそこまで思考を巡らせると、あまりの戦慄に軽くだが思わず身を震わせた。

「……それで、教官。そのガウスライフル、俺たちにはどれぐらいの数が貸与されるので?」

 そうやって一真が独り思案し、戦慄している間。教室の後ろからはそんな、雅人からの質問が西條へと投げ掛けられていた。

 雅人の問いに、西條は軽く頷いた後にニヤリと不敵に笑い。短くなった煙草の吸い殻を持参の携帯灰皿に突っ込み、新しい煙草を咥え火を付ければ。それから不敵な笑みを湛えたまま、彼の質問に短くこう答える。

「雅人、私を誰だと思ってる? 抜かりなどあるものか。

 ――――ああそうさ、全員分だ。A-311とブレイズ、十三機に全て行き渡る数のガウスライフルを用意させた」

 試作兵装が、十三挺。

 本来ならば外部に、まして最前線に持ち出すことが難しいはずの試作兵装を、それも一挺でなく十三挺も用意したと。西條はそう言ってみせたのだ。

 であるのならば、こうして不敵な笑みを隠すこともなく湛えているのも納得だというものだ。流石は伝説に名高いスーパー・エース、関門海峡の白い死神。教官職に追いやられた今でも伊達ではないということのようだ。それを思えば、直に問いを投げ掛けた雅人だけでなく、傍から聞いている立場の一真ですら浮かぶ笑みを抑えきれない。

「さっきも言った通り、技研には結構なツテがあるからね。この程度を用意するぐらい、造作もないことだよ」

 そんな二人も含めた全員の反応も眺めつつ、西條がまた話の続きを話し始める。

「詳しいことはまた追ってブリーフィングの機会を設けるが、大まかな概要はこんなところだ。ちなみにハンター2も後半の任務に同行だ。コブラでは少し辛い作戦だろうが、死なない程度に気を張ってくれ」

「おうよ西條はん、アタシらに任せときぃや!」

 と、そんな風に威勢よく反応をするのは対戦車ヘリ小隊・ハンター2小隊長の常陸慧ひたち けい中尉だ。真っ赤なベリーショートの髪を揺らしながら、口から出てくるのは相変わらずのそんな関西弁で。彼女の事情を知らなければ、それが純粋なモノでなく似非の関西弁だとは誰も気付くまい。

「低空侵入はアタシらヘリ部隊の専売特許や。あんちゃんたちほどあれこれ相手に出来るワケやないけど、ケツ持ちぐらいはやったるで!」

 そんな慧の言葉に、西條はまた表情を綻ばせつつ「頼むよ、君たちも頼りにしてるんだからね」と言い。その後で西條はこほんと咳払いをして、ブリーフィングの締め括りに掛かり始めた。

「……とにかく、現状で話しておくべき概要はこの程度だ。ハッキリ言って無茶苦茶にもほどがある作戦だが、君らとブレイズ、それにハンター2の力があれば可能だと、少なくとも私はそう信じている。

 だが、決して君らを死にに行かせるワケじゃないということだけは、それだけは覚えておいてくれ。私は今まで一度として部下も、戦友も、誰一人として無駄死にはさせてこなかった。そしてこれからも、そうするつもりはない。君らを無駄死にさせるような真似は、下手な死なせ方をするようなことだけはしないと誓っておこう」

 尤も、あまり説得力はないかもしれないがね――――。

 ボソッと皮肉っぽく呟いた西條の言葉は、あまりに細い小声で。しかしその言葉を傍らの錦戸は元より、白井もステラも、国崎に美桜、瀬那に美弥も。雅人たちブレイズの面々や、ハンター2の連中や、そしてエマに、他でもない一真でさえも。その、何処か自嘲するような西條の細い呟きを聞き逃しはしなかった。

「私から君らに言えること、そして訓練小隊を預かる指揮官として言えることは、ただひとつだけだ。

 ――――どうか、生き延びてくれ。その一点だけが、私から君ら全員に課す

べき、たったひとつの交戦規定だ」

 このブリーフィングを締め括るその言葉が、今はA-311の誰も乃胸に強く響き、反響する。何度も聞いてきた言葉でも、今は前よりもずっと深いところで、ずっと重く突き刺さる。かけがえのない戦友の死を経験した彼女らの胸に、それは深々と突き刺さった。

 そして、一真やエマ、他の誰もが思う。絶対に、次の戦いも生き延びてみせると。いなくなった者が繋いでくれた生命いのちを、決して無駄にはしたくないと。決して無駄にするべきではないと、この場の誰もが深くそう思い、そして願っていた。

 ――――これ以上、誰も欠けることなく。また、この場所へ還って来られることを。

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