Int.10:Back to Paradise./突き動かすモノ、待ち受けるは次なる死地か②

 ――――デストロイヤー種の、排除。

 西條の口から告げられたその言葉を耳にした途端、一真も含めたA-311小隊の全員が、そして慧たちハンター2小隊や、そしてあの≪ライトニング・ブレイズ≫の面々でさえもが、戦慄と困惑の色に表情を染め上げ。中には驚きのあまりポカンと間抜けに口を開いたまま、それこそ開いた口が塞がらない者さえ居るような反応だった。

「……ふざけてる」

 苛立ち、一真の隣席のエマがボソッと細い声音でそう呟いてしまうのも、尤もなことだった。特に欧州戦線で幾多の死線を潜り抜けてきた彼女なら、その苛立ちは誰よりも重いに違いない。

 ――――デストロイヤー種。

 全高四十m、八本脚の巨体は複数の種族を有する地球外不明生命体・幻魔の中でも尤も巨大で、そして厄介な種族だ。アーチャー系の物とは比べものにならないほど強力な物理弾とレーザーによる強烈な火力を自身が有するにも関わらず、自分の上や体内に多数の別種族を格納する輸送艦のような趣すらある、そんな最悪の敵。それがデストロイヤー種という奴なのだ。

 それが一体居るだけでもどれだけの犠牲を払い、どれだけの弾薬を消費しなければならない相手なのかは想像に難くない。しかもそれが六匹も同時に淡路島の中に居るのであれば、それはもう自分の気が狂ったことを先に疑う方が早いってぐらいの異常事態だ。

(……どういうことなんだ? こんなこと、普通じゃあ有り得ない)

 立てた人差し指を下唇の先に触れさせ、思案を巡らせるエマの疑念。そんな風に彼女が疑問を抱くのも、当然のことなのだ。

 何せ、デストロイヤー種というモノはその巨大さの関係からか、通常は一つの戦域に一匹、どれだけ多くても二匹までしか現れないのだ。それは世界中何処の戦場でも変わらず、そして1973年に奴らが降ってきて以降、四十数年もの長きに渡って不変の法則だった。

 そう、つまり有り得ないことなのだ。幻魔が幻基巣の内部でどうやって生まれているのかは未だ解明されていないが、しかしデストロイヤー種ほどの巨体ならばかなりの……人間的な言い方をするのならば、コストが要されるはずだ。それこそ、人類の軍隊が戦艦数隻か、或いはもっと大きな兵器を作るのと同等なほどの、凄まじいコストが。

 少数しか現れない理由がそうであるのかはさておくとしても、今までこんな多数が一つの幻基巣から一度に現れることなんて無かった。過去四十数年の戦いで、ただの一度も。

 それが、今や淡路島なんて狭い島の中に、六匹なんて前代未聞の数が集まっている。この世の地獄と揶揄された欧州戦線で鳴らしたエース・パイロット、幾多の死線を潜り抜け、そして現にデストロイヤー種との交戦も経験しているエマ・アジャーニが他者より強烈な衝撃と疑念を抱くのも、決してそれは無理もないことなのだ。

(六匹ともなれば、集まっている密度にもよるけれど……対空砲火の密度は尋常じゃないはずだ。迂闊に爆撃機は近寄れない)

 ただでさえ一匹で戦艦一隻分とも喩えられるデストロイヤー種が、六匹もひしめき合っている。そんな状況下に突っ込んだとして、爆撃機はおろか、超音速の戦闘機だって無事では済まないのは目に見えている。

(空軍での効率的な支援と駆除は不可能に近い。……! そうか、だから僕たちとブレイズを)

 と、そこまで考えたところで、エマの思考は一つの可能性を見出していた。自分たちが何故そんな無茶苦茶な任務に抜擢されたのか、その理由わけを。

「――――教官、一つ質問が」

 それを思い立った段階で、エマは手を挙げそう発言していた。西條が「構わん」とそれを許可すると、エマは座っていた席から立ち上がり口を開く。

「そんな無茶苦茶な任務を押し付けられたんです。であるからには、何か秘策が?」

 エマが訊くと、西條は少しの沈黙の後、

「…………あるか無いかで言えば、ある」

 と、小さく頷いてそれを肯定してみせた。

「詳しく聞かせて頂きたい」と、エマ。それに西條は「分かっている」と頷いて、

「どのみち、今から話そうとしてたところだ。とりあえず座っておけ、エマ」

 羽織る白衣の胸ポケットからマールボロ・ライトの煙草を取り出しながら言い、立ったままだったエマを席に座らせた。

「ふぅ……」

 カチンと愛用のジッポーを鳴らし、咥えた煙草に火を付け。チリチリと焦げ始めた先端から副流煙を漂わせながら深々と紫煙を吸い込み、そして息をつくと。一息を入れたところで、西條は煙草を口に咥えたまま、エマの質問に答え始める。

「まず、任務の意図だが、多分エマの予想通りだ。空軍だけでの駆除が難しい現状、我々T.A.M.S部隊の高速低空侵入と陽動で敵を引き付け、出来る限りの雑魚とデストロイヤー種を撃破しろと。司令部から送りつけられてきた作戦指令書には、そうある」

 やっぱりね、とエマはそれを聞いた瞬間、自分の予想が正しかったことを確信した。

 ――――空からが駄目ならば、陸から攻めればいい。

 至極単純な発想だが、理には適っている。空が対空砲火の猛攻で不用意に近寄れないのならば、デストロイヤーの足元、即ち陸から翻弄してやれば良いというだけだ。

 しかしそれは、通常の歩兵や戦車では動きが遅すぎて役に立たず、かといって攻撃ヘリでは火力も継続戦闘能力も足りなさすぎる。既存の兵器ならばとても取れないような戦い方だが、しかしこちらには切り札めいた異質な兵器がある。人型機動兵器・T.A.M.Sだ。

 TAMSの継続戦闘能力と柔軟性ならば、一点突破で敵の本陣奥深く、デストロイヤー種の懐にまで飛び込むことも容易だ。足りない機動力と速力、飛行能力に関しては、やはりフライト・ユニットで補える。基本は陸戦兵器のTAMSだが、しかし陸だけが戦場ではないのだ。人類の対空兵器や戦闘機には敵わない飛行性能でも、しかし幻魔に対しては彼ら以上の働きが期待できる。

 無論、本命は航空機による爆撃で仕留めることだろう。こちらに与えられた任務はあくまで陽動で、必ずしもデストロイヤー種の撃破ではない。しかし無理にでも倒さねば、とても生きて還れることなんて不可能だと。それを知っているからこそ、エマは先程、敢えて西條に問いを投げ掛けていたのだ。「秘策はないのか」と。

 それを、西條は「ある」と答えた。その秘策とやらが何なのか、何が飛び出してくるかなんて分かったものじゃないが、しかし関門海峡の白い死神は伊達ではないらしい。小隊の生還に全力を尽くす、そういった思いが西條の双眸から溢れ出ているのに、エマは薄々ながらも感づいていた。

「A-311、及びブレイズは橋頭堡の確保後、再び強襲揚陸艦ヒュウガに帰還。ヒュウガは転進し島の南方海域に展開、そこから再出撃し、島の南方――旧・要塞陣地周辺に陣取ったデストロイヤーの尻を一気に蹴り飛ばす」

「しかし教官、お言葉ですがその作戦には幾らかの難があります」

 と、そんなタイミングで言葉を挟んできたのは、教室の後方で立ったまま、腕を組み西條の説明を聞いていた長身痩躯の青年だった。

 壬生谷雅人みぶたに まさと大尉。≪ライトニング・ブレイズ≫の中隊長にして、美弥の実兄でもある青年だ。跳ねっ返りの強い黒髪が揺れる下の表情は真剣そのもので、今はあくまでブレイズの中隊長としての質問を西條に投げ掛けているようだった。

「私も、雅人と同意見だわ」

 すると、西條の言葉を待たずして更なる声が。今度は氷のように冷え切った女の声で、案の定と言うべきか、それは雅人の隣に立っている≪ライトニング・ブレイズ≫の中隊員、神崎かんざきクレア中尉の声だった。白銀の短髪の下に垣間見える肌は白すぎるほどに白く、真っ赤な瞳を湛える双眸はやはり氷のように冷たい眼差しをしている。

「作戦自体は結構よ、理に適っているといえば理に適っている。でも、闇雲に突っ込むだけでどうこうできるような相手じゃないわ。デストロイヤー以外にも雑魚の規模はかなりのものでしょうし、それにTAMSの装備でデストロイヤーの相手だなんて、一匹ならまだしも六匹は絶対に不可能だわ」

 クレアの言葉は、全て的を射たものだった。彼女の言う通り、雑魚の相手だけでも大変なのに、TAMSの装備でデストロイヤー種を六匹も同時に相手をしろだなんて、そんなもの犬死にしろと言われているのと変わらない。

「大丈夫だ」

 しかし、西條の返す言葉はこういうものだった。それに雅人が「聞かせて頂きたい、教官の秘策を」と言う。

「秘策、か。分かった、見せてやろう。……錦戸」

 雅人の催促を受け、西條は傍らに控えた錦戸に目配せをし。すると錦戸が「分かりました」と言えば、教室のカーテンを閉じさせ。教壇の前にプロジェクター装置を、黒板にそれを映し出す為のスクリーンを吊り下げると、錦戸は用意していたラップトップPCをプロジェクターに接続し、叩き。そして最後に西條と頷き合うと、スクリーンに何かを投影させた。

「これが、私が今、君らに用意してやれる最大級の秘策。この短い期間で用意出来る、最善の打開策。

 ――――ガウスライフル。これが今の私から君たちに託せる、これ以上ない最高の代物だ」

 煙草を咥えたまま、ニヤリとした西條が告げる。その傍らのスクリーンに映し出されていたのは――――それは未だ嘗て見たことも無い、異次元かというほどに特異な形状をした、しかし明らかにTAMS用の兵装だった。

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