Int.02:Briefing./正念場、戦局の分水嶺

「――――アラートのローテーションを、変えるので?」

 領空侵犯機の迎撃インターセプトに出たあの夜から数日が経過したある日のことだった。朝も早々から基地内のブリーフィング・ルームへ美希や他の奴らと一緒になって集められた後、他の第307飛行隊の飛行隊長・津雲真つぐも しん少佐から聞かされた言葉に耳を疑い、玲二が怪訝そうな顔で訊き返したのは。

「ああ」と、飛行隊の面々の前にある壇上に立つ津雲少佐が低い声で頷き、玲二の問いかけを肯定する。

「淡路島が敵の手に落ちたことは、皆も十二分に知り得ていることだと思う」

 そうして頷いた後、津雲はまた皆の方に向き直って話を続けた。薄暗い部屋の中、背中と向き合うスクリーンに映るスライドの淡い光だけが壇上の津雲を、そして玲二たちを淡く照らし出す。

「その淡路に対し、一週間後に大規模な奪還作戦が発令されることとなった。俺たちは爆装し、それを空から支援する」

 津雲の後ろにあるスクリーンへと、淡路島とその周辺を示す地形図が映し出された。

「俺たちが作戦に出ている間、対・領空侵犯のFIは306飛行隊が受け持つ。喜べよ、久々に宇宙人相手のFSが回ってきたぞ」

 ニヤリ、と津雲は何処かフランクにも見えるような笑みを浮かべた。玲二にとってもこれは嬉しいことだった。人間相手にミサイルのシーカーを向けるより、ワケの分からない化け物の上へ爆弾を叩き落とす方が余程やりがいがあるというものだ。

「あの……少佐。FSといっても、敵はどの程度の規模が予測されるんです?」

 すると、玲二の隣で遠慮したみたいな男の声が、壇上の津雲へと質問を投げ掛けるのが聞こえてきた。

 三柴忠紀みしば ただのり少尉だ。階級は玲二と美希の一つ下である少尉で、飛行隊内でも最年少。髪は癖のあるくりっとした黒い天然パーマで、視力の関係で眼鏡を掛けている。その弱々しい風貌に見合った引っ込み思案な性格は声音からも明らかで、そのせいか彼に名付けられたTACネームも"ブービー"なんて酷いものだった。

 とはいえ、実力も戦術眼も確かな男ではある。玲二も彼とは、前に模擬戦で熾烈なドッグファイトを繰り広げた。実際に相対し彼の実力を目の当たりにしているということもあって、玲二は内心では彼の実力を高く評価していた。

 そんな三柴が問いかければ、壇上に立つ津雲は腕組みをすると「かなりの規模だ」と、何処か苦々しい顔でそれに応じる。

「対空種族はアーチャー全種類が山ほど、それにデストロイヤーも六匹近く確認されている。ヤバいのは特に後者だ。あんなドデカい化け物が山盛りになって押し寄せてきたのが、淡路での敗因だろうな」

「デストロイヤーが、六匹……!?」

 津雲の言葉を聞き、驚愕のあまり玲二は思わず息を呑んだ。

 デストロイヤー種といえば、幻魔でも一等大きく厄介な奴だ。背丈が40mもある八本脚の巨体は、喩えるなら戦艦クラスというべきか。物理弾に高出力レーザーでの攻撃、更に自分の上や内部に多数の別種族を積み込む輸送艦のような役割も果たすデストロイヤー種は、一体居るだけでも相当な脅威になり得る最悪の敵なのだ。

 それが、六匹ときた。六匹も同時に押し寄せてきたのなら、淡路島が陥落しても無理はない。玲二は驚愕すると同時に、内心でひどく腑に落ちるものもまた一緒に感じていた。幾ら強固に要塞化された淡路島といえど、あんなものに大挙して押し寄せられてしまっては敵うはずもない。

「俺たちの役割は、そのデストロイヤーの上にドデカい爆弾を叩き落としてやることだ。大物狩りだからな、気合い入れて行くぞ」

「……他の参加部隊は?」

 またニヤリと笑みを浮かべた津雲に、今度は美希が問いかけていた。相変わらずのクールな声音と横顔だ。デストロイヤー種が六匹も居るなんて冗談にしか聞こえないことを聞かされても、チラリと横目に見た美希の横顔は涼しげなままだった。それが元来の性格からか、或いはポーカー・フェイスなのかは分からないが。

「国防空軍だけでも、俺たち以外に結構な量の飛行隊が出張ってくるはずだ。百里のRF-4Eは勿論のこと、F-15EJストライク・イーグルまで出張ってくると俺は聞いてる。……ま、コイツに関してはバンカー・バスターのキャリアだろうけどよ」

 F-15EJ"ストライク・イーグル"。国防空軍には僅かしか配備されていない、高性能の戦闘爆撃機だ。玲二たちのF-16Jとは比べものにならないほどの高級機で、確かにアレが積める、レーザー誘導式のGBU-28地中貫通爆弾バンカー・バスターの威力と貫徹力ならば、あのデストロイヤー種に対しても効果を発揮するはずだ。

 だが同時に、虎の子のF-15EJが出張ってくるということは、それだけ国防空軍にとっても出し惜しみしている状況ではないということの裏返しだ。何せ国土防衛の要たる淡路島を奪われた今、次に戦火に晒されるのは神戸、或いは大阪といった大都市圏なのだから……。

「他にも米軍のB-1B、B-52爆撃機。それに国連軍からもかなりの戦力が提供されると聞いている。陸・海・空、三軍を合わせて考えてみりゃあ、久しく無かったような大規模作戦になるのは間違いないだろうな。

 ……ま、どちらにせよ。今ここが分水嶺で、超重要な局面なのは事実だ。俺たちも気合いを入れていかにゃならん」

 津雲の言う通りだった。一週間後、淡路島を再び手中に収めることが出来るか否かで、この先の戦局が、ひいては国そのものの命運までもが左右される。玲二たち第307飛行隊≪レイピア≫然り、他の飛行隊然り。三軍問わずどの部隊も、確かな認識と覚悟を抱いて挑まねばならない戦いになる。

 それを思えば、玲二は自然と身体を強張らせていた。長きに渡った戦いは今、四十数年目の今にして、確かな分水嶺を迎えているのだ。

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