Int.83:漆黒の生誕祭/開いた距離は遠く、夜明けの刻はまだ遠く
「慧ちゃん、そっちは終わった?」
「おうおう、アタシの方は大体これで終わりや。カズマー、そっちはどないな調子やー?」
「暇なら手伝ってくれよ!? 割としんどいんだよ、こっちは!」
教室の廊下側、磨りガラスの窓の辺りで苦戦する一真の方へ「しゃあないなあ」なんてニヤニヤとしながら、脚立から降りた慧が雪菜を伴い近づいてくる。
一真たちのやっている作業は、廊下側への目隠し作業だ。西條がどこぞから強奪してきたらしい、暗幕めいた黒く分厚いカーテンを上手いこと貼り合わせ、廊下側へ中の様子が漏れることを阻止するのが目的だ。
ギリギリまで雅人にバレないようにといった為の作業なのだが、これがまた見た目以上にしんどい作業で。とりあえずは一真とエマの二人がかりでこれに取り掛かっているのだが、どう考えても二人では難しい。ただでさえ分厚いせいで重いカーテンなのに、これを二人がかりで壁際にガムテープで固定するなんて無茶苦茶にも程がある。今のところは手空きの錦戸と愛美が手伝ってくれているお陰である程度進んではいるが、今は猫の手も借りたいのが正直なところだった。
「んで、アタシらはどない手伝えばええねんな?」
「あ、それじゃあ慧はそっちの方持ってて。雪菜は反対側のそっち。僕が固定するから、しっかり持っててね?」
「分かりましたっ」
エマの指示に従い、慧と雪菜はそれぞれ言われた辺りのカーテンを上手いこと広げて壁際に寄せる。机を脚立代わりにしていたエマがそこからひょいっと飛び降りれば、二人が上手く支えている間に手元のガムテープを千切っては貼り付けて、上手いこと固定していく。固定は一真と錦戸がやっている上側だけで十分な気もするのだが、念には念を入れてという奴だ。
「エマ、こっちはもう大丈夫だ! 君は扉の目張りの方を頼めるか!?」
「うん、分かったよカズマっ!」
そうして慧たちに手伝って貰いながら上手く仕上げれば、未だ脚立に昇ったままの一真からそんな指示が飛んでくる。エマは幾らかの新聞紙を抱えて教室の扉に近づき、前後の扉にある磨りガラスへとそれぞれ抱えたそれを貼り付けてやる。流石に此処にまでカーテンを被せるわけにはいかないので、裏側を黒く塗った新聞紙で目張りを対応するというワケだ。
「よし、これで終わり……っと。カズマ、そっちは大丈夫?」
「おう、こっちも終わったとこだぜ」
扉の目張りを終えたエマがまた戻っていけば、一真は脚立から降りながらでそう返す。二人とも疲れた顔をしていたが、何処か楽しげでもあった。
「お疲れ様です、お二人とも」
と、そうすればそんな二人に声を掛けてくれるのは錦戸だ。その厳つい顔に浮かぶのは相変わらずの温和な笑顔で、何故だか向けられただけでホッとするような勢いだ。
「これで、大体の準備は終わりですね。雨宮さん、一応チェックの方はよろしくお願いします」
「あ、それなら大丈夫ですっ。他のところは見て回りましたけど、問題ありませんでしたっ」
「そうですか。でしたら、後は少佐が色々と持ってくるのと、そして後片付け。終われば、最後は壬生谷くんの到着を待つばかりですね」
「ですねー」
にこやかに笑う錦戸と、あははーなんて呑気に間延びした声でニコニコと笑顔を浮かべる愛美がそんな会話をしている傍ら、一真の方といえば手伝ってくれた慧と雪菜に礼を言った後、目張りをしたばかりな廊下側の壁際に寄りかかり、床に座り込んで疲れた身体を休めていた。
「カズマ、お疲れ様っ」
そんな一真のすぐ横で、エマもまたちょこんと座りながら労ってくれる。それに一真は「君の方もな」と疲れ気味の笑顔で返し、
「ったく、まさかここまで気合い入ったのやらされる羽目になるなんざ思ってなかったぜ……」
「あははっ、だって西條教官が乗り気になっちゃったんだもん。仕方ないといえば、仕方ないんじゃないかな?」
「何やらかす気なのやら、全く気が気じゃないぜ。アイツの悪戯は度が過ぎてるんだよ、今から恐ろしくて仕方ないや」
心底参ったような顔で溜息をつき、立てた膝に肘を突く手で額を押さえる一真。そんな彼を真横から眺めるエマは、体育座りみたいにした両脚の膝に両腕を敷き、枕のようにしたそこへ顔を寄せながら。横たわる頬を自分の腕に押し付けつつ、隣の一真の方をじいっと眺めていた。
「……? なんか、俺の顔に付いてるか?」
そんな風な彼女の視線が気になり、一真が問いかけると。そうすればエマは「ううん、なんでもない」と言いながら頭を上げ、
「やっぱり、カズマはカズマだよ」
「んん……?」
「色んなコトは抜きにして、やっぱり僕にとっての君は君のままなんだな、って」
言われたところで、エマの言っている言葉の意味がイマイチ分からないもので。尚も一真が首を傾げていると、彼の戸惑いを感じ取ったエマが「……実はね」と、一真の方を見ないまま、少しだけ俯き気味になって口を開く。
「ここ最近、僕は身を引いた方が良いのかなって、少しだけ悩んでたんだ。……ほら、瀬那のことも気になるし」
「エマ……」
知らぬところで、彼女にまた妙な気苦労を掛けてしまっていた。それを知れば、一真は少しだけ胸が痛む思いだった。いつだってそうだ。自分はこうして、知らぬところで女の子を哀しませてばかりだ……。我ながら、情けなくなってくる思いだった。
「でもね、やっぱり身を引くのはやめにしたんだ。それをやってしまうと、却って瀬那に失礼だし、余計に瀬那を苦しめてしまうかなって。それに今の君をあまり独りにはしておきたくないし、何より……僕自身が、君から離れるのが嫌だなって思ったんだ」
「……瀬那のこと、エマもやっぱり気になるか」
うん、とエマは一真の細い問いかけに、小さく頷いて肯定する。
「やっぱり、最近の彼女は少し様子がおかしいから。まどかがいなくなってからこっち、やっぱり瀬那はずっと変だ」
「……本当なら、何かしてやりたいんだけどな」
それは無理だよ、と一真の言葉にやんわりと首を横に振り、エマは彼が床に付いていた右手へ、そっと自分の左手を添わせ、重ね合わさせる。
「詳しいことは分からないけれど、きっと瀬那自身が解決するべきことだと、僕も思うから。それに、深く聞いてしまうことで、却って傷付けてしまうこともある」
「分かっちゃいる。分かっちゃあいるけどさ、何だかやり切れない」
「でも、僕たちは待っていてあげよう。待って、待って。瀬那が答えを出して、それから僕らが動けばいい」
そう言ったエマは、最後にニコッと柔らかな笑顔を一真に向けると。「さっ、そろそろだよカズマっ」と立ち上がる。
「もうじき、美弥のお兄さんも帰ってくる頃だ。今はとにかく、僕たちでお祝いしてあげよっ?」
今考えることじゃない。だから、とりあえずは忘れて楽しもう。目の前のことを、僕たちで――――。
スッと笑顔で手を差し伸べる彼女の真意が、そうであると一真は暗に悟ると。微かな笑みとともにただ「……そうだな」とだけ頷き返せば、差し伸べてくれたエマの手をそっと握り返した。
雅人が帰ってくるまで、もうあと暫く。何も知らぬ雅人が此処に入ってきて、どんな驚き方をするか。それを思えば今から楽しみで、少しばかりほくそえんでしまう。あの年中皮肉ばかり垂れ流しているクール気取りの男が、どんな驚き方をするのか。一真の心の中からは先程までの憂いの色は消え、そんなことばかりを考えてしまっていた。
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