Int.84:漆黒の生誕祭/人事を尽くし、そして最後は神のみぞ知るところ

「全く、酷い目に遭った……」

「あはは、まあでもお兄ちゃんがそうなるのって、いつものことだから……」

「だから余計に腹が立つんだ。ヒトを見かけで判断して欲しくはないな。だろ、美弥?」

「えっ? あー……うん、そ、そうだね?」

 あれから暫くして、西條の根回しのお陰で割かし早く嫌疑が晴れ、身の潔白を証明し釈放され、見事に警察署からの開放を果たした雅人は美弥と隣り合って歩きながら、こんな具合に斜め上な毒づき方をしていた。

 勿論、見かけで判断されたのは圧倒的に雅人の方だ。確かに美弥の外見は歳不相応に幼くは見えるものの、どちらかといえば雅人の笑顔が不気味すぎるのがいけない。妹の立場から言うのも何だが、アレでは犯罪者の類に間違われてしまっても仕方ないことだと美弥は毎度のコトながら思う。警察の担当者たちは完全な冤罪をやらかしてしまったせいで終始平謝りだったが、美弥にしてみれば謝りたいのはこっちの方だった。

 本当に、アレでは警察の方が気の毒だ。雅人が士官学校に訓練生として所属していた頃からの半分恒例行事みたいなものだから、連行された警察署で顔を合わせた取り調べ担当の刑事はもう、何というか全部悟ったような顔だった。雅人の顔を一目見た途端、何とも言えない顔をしていたのを覚えている。

(お兄ちゃんに悪気はないだけに、言いづらいんだよね……)

 チラリと雅人の顔を見上げた美弥がそう思い、小さく溜息をつく。するとそれを聞きつけた雅人が「美弥、どうかしたか?」と訊いてくるものだから、美弥は「ううん」と首を横に振った。

「……それにしても、随分と時間を食われてしまったな。もうこんなに暗くなってしまっている」

 歩きながらで雅人の見上げる空は、冤罪で捕まった頃とは比べものにならないほど暗くなっていて。仰ぐ空に既に夕陽の気配なんて何処にもなく、夜闇に満たされたキャンバスの上に浮かぶのは点々とする星の瞬きと、そして後は淡く照らす月明かりのみ。警察署に拘束されている間に、すっかり夜が訪れてしまっていたようだった。

「美弥、こんな時間だ。お前はもう家に帰るといい。俺が送っていくよ」

 手を引き家路を急ごうとする雅人に「あ、うんっ」と美弥は一度は頷くものの、

「でも、その前に少しだけ良いかな、お兄ちゃん?」

「ん?」

「少し、お兄ちゃんを連れて行きたいところがあるんだ」





 戸惑う雅人の手を引き、強引に美弥が彼を連れて来たのは、当たり前だが京都士官学校だった。

「士官学校じゃないか。こんな所に俺を連れて来て、一体全体どういうつもりだ?」

「いいから、いいからっ!」

 見慣れた士官学校の校舎が見えてきて、踏み慣れた敷地の中へと足を踏み入れれば、雅人はまた困惑の色を強くして。そんな半ば当惑気味の雅人の手を美弥は無理矢理に引っ張って、そのまま士官学校の敷地内の奥深くへと足を踏み入れていく。

 徴用校舎の中に入り、昇り慣れた階段を昇り。そうして見慣れた廊下を足早に歩けば、いつものA組の教室が目の前に迫ってくる。

(時間も、少し過ぎてるけど予定通り。多分準備は出来てるよね。大丈夫だと良いんだけれど)

 此処に来るまでの間、時計をチラチラと見ながら美弥は此処まで来ていた。愛美や西條と事前に打ち合わせた目標時間はとうに過ぎている。見る限り、教室の目張りも終わっているから、きっと準備自体は終わっているのだろう。雅人の目を盗んで連絡を取るどころではなくて、進捗状況は分からない。だから、半ばぶっつけ本番の賭けに出るしか美弥の選択肢はなかったのだ。

(西條教官、愛美ちゃん。……それに、他の皆さんも。信じますよ、信じますからねっ)

 ごくりと生唾を呑み込み、美弥は雅人を教室の戸の前まで引っ張ってくる。やれるだけのことはやった。不可抗力ととんでもない不運が重なったといえ、結果的に時間は稼げるだけを稼いだ。連絡を取る余裕がなかった以上、後は他の皆を信じるしかない。

「美弥、教室だぞ? こんな所に俺を連れて来て、一体何がどうだっていうんだ」

「良いからお兄ちゃん、入ってくださいっ」

「はっ?」

「いいから、はやくっ!」

 戸惑いに戸惑う雅人の背中を小さな両手で押し、美弥は半ば強引に扉の前へ更に一歩を詰めさせる。

「仕方ないな……分かったよ」

 ワケが分からないままながらも、そこまでの美弥の勢いに雅人が折れないはずもなく。美弥の意図も此処に連れて来た意味も分からないまま、頭の上に疑問符を浮かべつつも、しかし美弥の言った通りに教室の引き戸に手を掛け、そしてガラッと開いた。

「何も無い……というより、真っ暗じゃないか」

 電灯も灯っておらず、そして何故かカーテンまでが閉め切られているせいで文字通り、比喩抜きの真っ暗な教室が目の前に現れると、雅人は更に困惑を強める。

 そして、当惑しながら雅人が教室へ一歩踏み入ると――――途端に、目の前がパッと明るくなった。

「っ!?」

 同時にパァン、と火薬の爆ぜる音が幾重にも重なって聞こえてくる。銃声にもよく似た、しかし圧倒的に軽い音。まるで連鎖するように爆ぜる音が続いていけば、雅人の身体に四方八方から凄まじい量の何かが飛び込んできた。

「これは……?」

 それは、紙吹雪や紙テープの類だった。色とりどりのものが、凄まじい量で雅人の身体にこびり付いている。

「どういうことだ……?」

 戸惑いながら、やっと眼が光に慣れてきた雅人が腕で覆っていた顔を上げると――――。

「「「おめでとーっ!!」」」

 幾つも重なるそんな声とともに、彼にとってはまるで意味の分からない光景が、雅人の眼に飛び込んできた。

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