Int.81:漆黒の生誕祭/プランB? そんなものはない

「――――と、いうわけだ」

 今は準備が着々と進む教室に戻った西條が、愛美や錦戸などの関係各位に雅人が警察に連行されたことを告げると。愛美は「あちゃー……」と呆れたように頭を抱え、錦戸は「おやおや、これはこれは……」と笑顔ながら戸惑った様子で。各々が各々、それぞれの困り顔でそれに反応する。

「まーた出ちゃったのか、雅人の悪い癖っていうか。なーんとなくこんな気はしてたけどさぁ、もうっ」

「雨宮さんは、前にもこういったことに覚えが?」

 大きすぎる溜息と一緒に呆れる愛美へと錦戸が訊けば、愛美は「あ、はいっ」と向き直って頷き、

「前にっていうか、ほぼ毎回ってぐらいですねー。ほら、雅人って変に意識して笑うと……なんていうか、こう、怖い顔になるじゃないですか?」

「……こほん、敢えて否定はしませんよ」

「分かってますって」引き攣った顔の錦戸へ、苦笑いで愛美が返す。

「それに、美弥ちゃんと見た目があんまりにも違いすぎますし。私が言うのも何ですけれど、あの二人って何処からどう見ても兄妹に見えないっていうか、なんて言うんでしょうね」

「分かるぞ、分かるぞ美弥……」

 と、苦く笑いながら説明をする愛美の傍らで、腕組みをしながらうんうんと大袈裟すぎるぐらいに頷くのは西條だ。

「少佐も、ご存じなのですか?」

「逆になんでお前が知らないんだ……って、雅人たちを受け持ってた頃は、錦戸よりも私ばっかりがそういう対応してたんだったな」

 なら知らなくても無理ないか、と独りで勝手に納得し、西條は言葉を続ける。

「アイツがまだペーペーの訓練生だった頃から、こうやって警察に疑われては引っ張られるのなんざ、日常茶飯事だったよ」

「そんなに、ですか……」

「愛美や省吾たちと居る時はなんとも無いんだけどね。ホラ、アイツって重度のシスコンだから。意識したりだとか、変に感情が振り切れた時の雅人の笑った顔って物凄く不気味なんだよ。本人に悪気は無いんだけどさ、そのせいで人攫いに間違われることが多々あったんだ」

 まして、あの頃は美弥もまだまだ幼かった。変な話、今よりもっと酷いタイプの人攫いと間違われていたのだ。西條の記憶の中にも強く刻まれている、何とも苦々しい思い出だ。冤罪で毎度毎度捕まっていた雅人が釈放され、引き取りに行くのは何故か毎回西條の役割だった。

 だがまあ、そういうこともあって、今でも彼と深い繋がりが保てているとも言える。あの頃は面倒極まりない日々だったが、こうして振り返ってみれば悪いことばかりじゃなかった気がする。とはいえ、まさかあの雅人が特殊部隊の中隊長にまで成り上がってしまうとは、あの頃には思いもしないことだったが。

「流石にこれだけ時間が経ってるんだ、いい加減あの悪い癖が直ってると思ってたんだが……」

「誤算、でしたねぇ」

 あはは、と何とも言えない顔で笑う愛美と視線を合わせ、西條は「ああ……」と肩を落とす。

「ま、とにかくアイツの件は私が何とかしよう。釈放自体は決まってるようなものだが、早ければ早いに越したことはない。さっさとアイツの誤解が晴れるよう、私の方から手は回しておくよ」

「すいません、西條教官っ。昔みたいに迷惑掛けちゃったみたいで」

「気にするな」

 ニヤニヤとしながら西條は、ペコリとお辞儀をする愛美の頭を雑に撫でる。とはいえ仮にも同性、女の子であるからして、アイスブルーの髪が不用意に乱れない程度にだが。

「アイツのお守りは、昔から私の役割だ。何、気にすることはない。それより愛美は向こうに戻れ。まだまだやることは沢山ある、違うか?」

「あ、はいっ!」

「そういうことだ、後のことは錦戸、ある程度をお前に任せる。私はちょっと色々と電話番をしなけりゃならなさそうだからさ。どうやら、こっちにまで深々と手は回せないみたいだ」

「承知しました。では少佐、壬生谷くんのことはよしなに」

「分かってるよ」

 フッと微かに口角を釣り上げながら西條は言えば、その短く蒼い髪の襟足と、羽織る白い白衣の長い裾をふわっと靡かせ踵を返せば、準備の進むA組の教室を後にしようと歩き出す。

「……それと、錦戸」

 が、二歩目を踏み出したところで立ち止まれば、くるりと首だけで振り向いて言う。

「何度も言ってるが、今の私は少佐じゃない」

 ニッとしてそれだけを錦戸に向かって言えば、愛美と錦戸に見送られながら。振り返らぬまま、今度こそ教室を後にしていった。

「変わりませんね、お二人とも」

 そんな西條の背中を見送りながら、愛美がポツリと呟く。

「変わるわけには、いきませんから。……我々二人だけは、変わってはいけないのです」

 返す錦戸の言葉、その真意を知らぬままに、ただ愛美は隣でニコニコと無邪気な笑顔を浮かべていた。

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