Int.80:漆黒の生誕祭/主役の喪失、西條舞依の憂鬱

「はい、西條」

 例の計画の準備が順調に進む中、電話が入っていると呼び出された西條は作業を一時中断。現場管理を愛美と錦戸に預けて校舎二階の職員室まで戻れば、自分のデスクの上にある保留状態になっていた電話の受話器を取った。

「……私だよ」

「なんだ、霧香か」

 こんな時に何事かと思って駆けつけてみれば、電話を掛けてきた相手が霧香だったもので。西條は脱力しながら、いつもの気怠げな声で応答する。どこぞの電話ボックスに入って公衆電話から掛けてきているのだろう霧香だが、確か彼女には連絡用で無線機を渡してあったはずだ。

「どうした、二人の後を追っかけてたんだろ? 滞りなく進んでるか、それとも何かあったのか。どちらにせよ、君には無線機を渡してあるだろうが。何の為の無線機だよ」

「もごもごもごもご」

 が、肝心の霧香の方の二言目はこんな具合で。何かを口に含んでいるのか、霧香は話しているようだがまるで言葉になっていない。

「モノを食いながら喋るんじゃない。ったく、何食ってるんだ君は」

「……あんパン」

「またそれか……。で? 無線機は?」

「……ごめんね、無線機は、そっちに忘れてきた…………」

「忘れてきた、って……君はなぁ。アレ仮にも軍用品だよ? 借り物で、歩兵用のウォーキートーキーだから意外と高いんだ。だから霧香、あんまり雑に扱われると困るんだよ。主に私が、責任問題でね」

 後半は半分愚痴みたいなことをブツブツと独り勝手に言いながら、白衣の胸ポケットに手を掛けた西條は、口寂しさから煙草を口に咥えた。相変わらずのマールボロ・ライト銘柄だ。カチンと古びたジッポーを鳴らして火を付ければ、嗅ぎ慣れた紫煙の匂いが職員室へと漂い始める。

「それで? 何にせよ君がこうして連絡を寄越してきたってことは、何か私に火急の用があったからだろう。良いニュースか、それとも悪いニュースか? 出来ることなら前者であって欲しいものだね」

 吸いかけの煙草を灰皿に置き、受話器を首に挟みながらでデスクに置きっ放しだった缶コーヒーのプルタブを開けながら、西條は椅子に腰掛ける。

「どっちかっていうと、悪い方かな…………?」

「勘弁して欲しいな。……で、どんなことなんだ?」

 ニヤニヤとしながら言い、西條が珈琲の缶に口を付けると。

「美弥のお兄さん、警察に連れて行かれたよ…………」

「ぶ――――っ!?!?」

 あまりに素っ頓狂なことを、普段の調子で霧香に言われて。途端に西條は口に含んでいた珈琲を全部吹き出してしまった。霧吹きみたいに、それはそれは見事に。

「げほっ、げほっ……!!」

「……何か、吹き出した?」

「げほっ、ああそうさ! 吹き出したよ!」

「ご愁傷様……」

「何がご愁傷様だ、げほっ……!」

 全力で咽せつつ、取り落とし掛けた受話器を取り直し。西條は毒づきながら「……で?」と話題を仕切り直す。

「アイツが警察に引っ張られたってのは、どういうことだ?」

「……詳しいことは、私にもよく分からない。けれど、あの顔だからね。大方、人攫いの不審者とでも間違われたんじゃないかな……?」

「人攫い、人攫いねえ。まああの気味の悪い笑顔で居たってなら、それも納得か。どうせ美弥とは手でも繋いで歩いてたんだろ?」

「敢えて、否定はしないでおく……」

「アイツのシスコンも大概にして貰わなけりゃあならんみたいだ」

 はぁ、と溜息をつきながら、西條は灰皿に置きっ放しだった吸いかけの煙草を咥え直す。マールボロ・ライトの煙草はさっき珈琲を盛大に吹き出したせいで少しだけ湿っぽく、どことなく安っぽい珈琲の味と香りが混ざっていた。

 とても吸えたもんじゃない。チッと軽く舌を打ちながら西條は煙草を口から離すと、灰皿へ雑に押し付けて火種を揉み消し。胸ポケットから新しい一本を取りだし咥え、火を点け改めて紫煙を燻らせ始める。

「大体の事情は分かったよ。警察の方へは私から上手く話を通しておく。それでも、アイツの顔じゃあ暫く離しては貰えんだろうが……美弥と真面目に兄妹だってのは、調べれば自ずと分かることだ。私が妙な手段をあれこれ使うまでもなく、話を一本通しておけば釈放もすぐだろうよ」

「そうだね、その方が良いと、私も思う……」

「そういうワケで、誠に遺憾だが霧香、君の仕事はこれにて終了だ。こっちに戻ってきてくれ、人手は幾らでも欲しいからね」

「ん、分かった……」

 それから数言を交わし、霧香の方からガシャンと電話が切れた。西條もまた溜息をつきつつ、受話器をデスクの上の電話機へと戻す。

「肝心の主役がこの調子じゃあ、ホントに前途多難というか何というか。こりゃあ先が思いやられるね、色んな意味でさ」

 独り言を呟きながら、だらんと椅子の背もたれにもたれ掛かり。とりあえずは口に咥えた一本を吸い終わるまでは、休憩がてらに此処で脱力していようと思う西條だった。

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