Int.75:黒の衝撃/漆黒の生誕祭《バースデイ》⑥

 各種資材の買い出しを担当する一真とエマが、錦戸のギャランGTOに揺られて向かった先。そこはいつも通りの京都市街ではなく、寧ろ真逆の方向で。市街から見ればおおよそ南西方向、向日むこう市や長岡京ながおかきょう市の方角だった。

 車を降りた二人はそのまま錦戸を残し、託された買い出しメモを片手に街の中へと繰り出していく。錦戸はあくまで行き帰りのアシとしての同行なので、近くのコインパーキングで愛車・ギャランGTOとともにお留守番だ。

「紙テープにあれやこれやと……って、ンなモン何に使うんだよ」

「あはは……。西條教官がやたら乗り気だったし、何か悪戯にでも使うんじゃあないかな……?」

「まーた舞依の癖が出やがったか、勘弁してくれよ」

 まだまだ夏の気配を色濃く残す、そんな強烈な日差しに直上から照らされながら。肌にじんわりと汗を滲ませつつ、買い出しメモを片手にぼやく一真と、苦笑いするエマとが言葉を交わしながら街の中を歩く。二人隣り合って歩く街の中は京都市街の中心部に比べると、当たり前だが何処か閑散としていて。ほんのちょっぴりだけ寂しげでもあった。

「西條教官って、そんなに悪戯が好きなの?」

 歩きながら、ふとしたタイミングでエマが訊く。すると一真は「好きなんてモンじゃねえぜ」と溜息交じりに反応する。

「昔っから、コトある度に何かしら仕掛けてきやがった。まして舞依の場合は変に凝りやがるもんで、余計にタチが悪いんだよ」

「あー……納得。そういえば、前にも何かやってたよね。やたらと凝った奴」

「七月頃のアレだろ? ったく、あの時はマジで中身が舞依だと思い込んでたからさ。生きた心地がしなかったよ、ホントに……」

 あはは、とおかしそうに笑う隣のエマとは対照的に、一真の方といえば本気で辟易しているような苦々しい、しかし何処かに笑みの色も織り交ぜたような、そんな複雑な表情を浮かべていた。

「……でも、良いな。そういうのって」

 そんな風に二人で歩いている内、ふとしたタイミングでエマはその横顔に微かな笑みだけを浮かべ、ポツリと小さく、独り言みたいに呟く。

「そうか?」

 一真が首を傾げて訊き返すと、エマは「うん、そう」とほんの少しだけ頷き返す。

「そういう、昔からの関係っていうのかな。凄く良いと思う。

 ……ううん、ひょっとすると、少しだけ羨ましいのかもしれない。カズマにまだ、そんな昔から知っていてくれる人が居てくれることがさ」

「エマ……」

 2004年、欧州への幻魔大攻勢とパリ攻防戦。そしてこの世の地獄とまで揶揄されるほどの激戦区たる欧州戦線で戦い抜いてきた、今日に至るまでの日々。その中で彼女が周囲のあらゆる人間を失ってきたことは、想像に難くない。

 故に、一真は彼女にただそれだけを呼びかけるだけで、それ以上の言葉を紡ぎ出せなかった。薄く、ほんの僅かだけの笑顔を浮かべる彼女の横顔の奥に、確かな哀しみの色を垣間見たから。だからこそ、一真はエマに対し、それ以上の言葉を掛けることが出来ないでいた。彼女の、エマの気持ちは、一真にも痛いほど分かることだからこそ……。

「っと、湿っぽくなっちゃったね」

 すると、エマはそんな一真の内心を見透かしたみたいに、彼の方へ振り向けばまた、柔らかな笑顔を向けてくれる。その笑顔の奥に、「気にしなくていいよ」という、気遣いにも似た思いを一真の瞳の奥へと垣間見させながら。

「さ、行こっか♪」

 ニコッと笑顔を見せ、一真の手を取るとエマは足早に街の中を歩き始める。慌てた一真が脚をもつれさせながら「おっ、おいっ!?」と戸惑えば、振り向いた彼女は太陽の色にも似た笑顔を再び、手を引く一真の方へと向けてきた。

(……俺には、君の抱える哀しみを全部、理解することなんて出来ない)

 そんなエマに手を引かれながら、彼女の背中をすぐ傍で眺めながら。一真は独りその胸中で思う。

(でも、少しぐらいなら分かるよ。あるから、俺にだって…………)

 だからこそ、喪うことがひどく怖かった。自分の手の届く範囲にあるもの、それをもう二度と喪いたくないが為に、一真は力を求め続ける。何者にも負けず、何者にも屈することのない、そんな力を……。

「分かったよ、分かったから置いていくなって!」

 故に、一真は手を引く彼女の華奢な手を、強く握り返した。もうこれ以上、喪いたくないという、そんな願いや祈りにも似た思いを胸に。

(……瀬那も、区切りが付けばきっと話してくれる)

 その心の傍らで、此処には居ないもう一人の彼女を案じ。何処か希望的観測めいたことを思いながら。

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