Int.15:Forget me/遺された者たち③

「待て、ステラ」

 一真たち二人と別れた後、全力で駆け下りたステラは訓練生寮を飛び出し。そうして士官学校の校門からも飛び出そうとしたところで、しかし偶然出くわした西條に背中を呼び止められてしまう。

「こんな時間に、何処へ行くつもりだ?」

 見咎めるようなジトーッとした西條の視線を背中に浴び、小さく振り向くステラは何と説明したものかと表情を強張らせる。

「あー、えーとですね、これは」

 とまあ、何て言い訳したものかとたどたどしく・・・・・・言葉を詰まらせながらステラが釈明を図ろうとすれば、西條は「……はぁ」と片手で額を抑えて大袈裟な溜息をつく。

「……どうやら、夜遊びに出掛けるってワケでも無さそうだね」

「西條教官、これには深い、それこそ海より深い理由わけが……」

「良いさ、皆まで言うな。大体は私も察しが付く」

 そう言った西條は疲れた顔でまた小さく溜息をつくと、胸ポケットから取り出したマールボロ・ライトの煙草を口に咥えた。カチンとジッポーが鳴れば、夜明けを控えた深夜の夜風に紫煙の香りが混ざり始める。

「さっき、アイツが出てくのを見た」

「っ!」

 ハッとし、眼を見開くステラが西條の方に向き直る。西條は口から煙草を一旦離し「行き先は知らないし、止める間も無かった」と言い、紫煙混じりの吐息を深々と吐き出した。

「出来れば、アイツを止めて貰えてたら嬉しかったんですけれどね」

「無茶を言ってくれるなよ、ステラ。こう見えてな、最近は足腰にクるようになったんだよ……」

「ぷっ、何言ってんですか教官。年寄りじゃあるまいし」

「馬鹿、私だってそろそろ身体にガタが来始めてるんだよ」

「なら、これからは年寄りらしくいたわってあげなきゃならないですね」

「は? しばくぞ。そういうのはまず錦戸から先だろうが」

「いや、遠慮しときます。この間のアイツみたいに投げ飛ばされたくないんで……」

「人ってあんなに飛ぶんだよな……」

「ええ……」

 こんな会話を交わしている内に、ステラと西條は互いの顔を見合いながら、どちらともなくクスッと笑い出し。そうしてひとしきり小さく笑い合った後、西條は「まあいい」と話を打ち切るように言ってから、懐から白い封筒のような物を取り出してステラへと突き出してきた。

「……これは」

「まどかの遺品、アイツ宛の遺書だ」

「アイツに、まどかから……?」

「ああ」当惑するステラに、煙草を咥えたままの西條が頷く。

「錦戸曰く、遺品整理で部屋を漁ってたら見つけたそうだ。白井には悪いが、業務上の関係で中身は確認させて貰った」

 嘘だった。錦戸は確かに封筒の中身を確認したが、西條は確認していない。本当は色々と規則違反なのだが、内容は大体察せられるだけに西條はどうしても読みたくなかったのだ。

(もう、この類の手紙を見るのは御免だ)

 それが、誰にも言っていない西條の本心だった。

「アイツに逢ったら、出来ればこれを渡してやって欲しい」

「……それは、ヴァイパー04への命令ですか?」

 ステラがわざと皮肉っぽく訊くと、西條は軽く吹き出しながら「いや」と否定し、

「あくまで、君へのお願いだよ」

「……分かりました」

 仕方ないな、なんて具合の表情をわざとらしく形作って西條に向ければ、ステラは差し出された白井宛の白封筒を受け取った。

「――――ステラ」

 それを懐に収めたステラが再び校門の外に歩き出せば、遠ざかっていく彼女の背中へ西條がもう一度呼びかける。

「アイツのことは、君に任せる」

 西條が託すような面持ちで言えば、ステラは一度立ち止まり。そして振り返ると「分かってます」と返し、

「……アイツのことは、もう任されちゃってますから。だから、アタシが何とかします」

 ツーサイドアップに結った紅蓮の髪を揺らすステラと、短い深蒼の前髪を揺らす西條。ステラの金色の瞳と視線を交錯し合えば、彼女の意図を何となく汲み取った西條はフッと微かな笑みを浮かべ「……そうだな」とステラの言葉に頷く。

「道中、気を付けろよ。……っと、君に関しちゃ話が違うか。襲う方が却って気の毒だ」

「何が来ても返り討ちですよ、アタシに関しちゃ心配要りませんって。

 ――――それじゃあ、アタシはこれで」

 後ろ手に振りながら、ステラが校門を潜り敷地の外へと遠ざかっていく。

「……私が出張るより、若い奴同士に任せるのが一番なんだよな」

 そんな彼女の背中をいつまでも見送りながら、西條はポツリとひとりごち。そして夜風に吹かれながら、西條は暫くの間そこで独り静かに煙草を吹かしていた。

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