Int.16:Forget me/遺された者たち④
真夜中の公園。ポツンポツンと点在する街灯だけが微かに照らす住宅街の中の小さな公園で、白井は独り真四角の広いベンチに座り、項垂れていた。
――――三島のおやっさんには悪いことをしたな、と今になって後悔する気持ちもある。確かにまどかは整備不良か何かで機体からベイルアウト出来なかったが、しかし直接手を下したのはおやっさんじゃない、あのマスター・エイジとかいう野郎だ。
だから、今になって白井は三島に対しての申し訳なさが募ってきていた。アレでは完全に八つ当たりだ。非があるとすれば、直接まどかの
今にして思えば、そんな申し訳なさがあってのことかもしれなかった、あそこを飛び出し此処までやって来てしまったのは。殆ど八つ当たりのような自分の怒りを、しかし甘んじて受け入れようとしてくれていた三島に対する申し訳なさが知らず知らずの内に募り、いつの間にかこんなところまで来てしまった。
「…………」
何だか、今から家に戻る気分にもなれない。今はとにかく独りでいたかった。独りでいないと、誰彼構わず傷付けてしまいそうだった。それ程までに、今の自分は色々な意味で危うい……。
「……まあちゃん」
しかし、黙っていれば脳裏をまどかの、いやまあちゃんの記憶が駆け巡っていく。子供の頃の思い出と、そして気付かぬ内に再会していた今日までの短い、しかし幸せだった彼女のとの時間を。
「っ……!」
思い返していれば、自然とまた涙が零れ落ちてしまう。つい昨日までのことなのに、今ではまどかと過ごした時間があまりに遠くに思えて。それが無性に愛しくて、それでいて永遠に手の届かない虚しさがあって。彼女の怒った顔も、膨れた顔も、からかわれて紅くなった顔も、そしてたまに見せていた笑顔も。その全てが二度と見られないと思うと……白井は、零れ落ちる涙を止められないでいた。
「俺が、弱かったから」
俺が、何も出来なかったから。
「俺が、情けなかったから」
俺が、あまりにも不甲斐なかったから。
「だから、まあちゃんは」
だから、まどかは。間宮まどかは――――死んだ。
「っ……!!」
その事実が、分かりきっている事実が頭の中でぐるぐると輪廻し、一周ごとに目の前へと突き付けられる。お前がまどかを殺したのだと、お前の不甲斐なさがまあちゃんを殺したのだと、まるで己自身が責め立ててくるかのように。
「べっ……! べ、別に、お礼を言われるようなことなんて、してないですから……っ!」
こんな風に、顔を赤らめて照れたみたいな彼女の顔も。
「う、うるさいですよっ! 貴方ってヒトは、ホントにデリカシーが無いっていうかなんていうか……!」
刺々しく、しかし何処かに別の気持ちも入り交じったような、そんなまどかの声も。
「…………馬鹿」
そっぽを向いた、膨れっ面の彼女の横顔も。
全て――――喪われてしまった。この世界から、間宮まどかという存在そのものが、永遠に。
「まあちゃん……」
俺は、どうすれば良いのかな。こんな時、どんな顔をしたら良いのかな。
「笑ってられないよ、俺は……」
――――苦しいときほど、笑って過ごせ。笑っていれば、いつかそれを本当に笑える日が来る。
記憶の彼方、悠久の彼方で、彼女が言っていた言葉だ。幼かったまどかが、幼い自分へと託した、たった一つの言葉。
その言葉を、ずっと守ってきたのに。その言葉だけを支えに、今まで生きてきたのに。なのに今の自分は、欠片も笑えてはいない。涙ばかりがぽろぽろと零れ墜ちるばかりで、笑おうとしても笑えない。きっと、酷い顔なんだろうと思った。
「帰ったら、貴方に伝えなきゃいけないことがあります! 沢山、沢山ありますからっ!
――――だから、いなくなったりしないでください。私の前から、絶対にっ!」
そんなまどかの言葉の意味は、伝えたかったことは、結局分からずじまいのままだった。人にいなくなるなと言っておいて、結局いなくなってしまったのは、まどかの方だった。
でも、今ならば彼女が何を伝えたかったのか、何となく分かる。間宮まどかが嘗て恋い焦がれたまあちゃんだと知った今なら、何となく分かる気がする。
だからこそ、余計にやるせない。せめて、彼女の気持ちを聞いておきたかった。せめて、自分の気持ちを伝えておきたかった。十数年越しの想いを、今度こそ彼女にぶつけたかった。
しかし、その全ては今となっては叶わぬこと。まどかが逝った今となっては、何もかもが叶わぬことでしかなかった。
「ああぁっ……!」
低い唸り声のような慟哭が、夜更けの公園に掻き消えていく。
胸に募るのは激しい後悔と、自責の念。橘まどかが間宮まどかで、そしてあのまあちゃんであることを最期の瞬間になるまで気付けず、そして彼女がひっそりと向けてくれていた好意からも意図的に眼を逸らし。まあちゃんの存在を言い訳に彼女の、まあちゃん自身の好意から逃げ続けた自分に。弱さと至らなさ、不甲斐なさから彼女を死に至らしめてしまった、白井彰という自分自身が憎らしくて仕方ない。
いっそ、今すぐ消えてしまいたかった。このまま、誰も知らない何処かで死んでしまいたかった。
「まあちゃんの居ない世界に、俺は生きる意味なんて……」
微かな涙声が、慟哭となって大地に染み渡る。誰も聞く者もなく、誰も慰める者もなく。ただ独り孤独に、白井は生への活力すらをも失いかけていた。
「――――やっと見つけたわ、馬鹿」
だが、誰かの声がした。聞き慣れた、刺々しく荒々しくも、何処かに優しさの垣間見える少女の声音。脳裏に紅いツーサイドアップをぶら下げた紅蓮の少女の姿が過ぎった途端、白井はまさかと思い声のした方へと振り返る。
「こんなトコで何してんのよ、アンタってばさ」
すると、そこに立っていたのは脳裏に過ぎったのと寸分違わない彼女だった。180cm台の長身な体格に、真っ赤に燃える焔に似たツーサイドアップの髪を揺らし。そしてその金色の双眸は、すぐ傍から自分を見下ろしている。
「……ステラ、ちゃん?」
信じられないといった顔で、白井は彼女の名を呼ぶ。
「もしかして、待たせちゃったかしら?」
すると、彼女は敢えて微かな笑顔を浮かべてみせる。そんな彼女は、淡い街灯の明かりに背中を照らされていて。そして彼女――――ステラ・レーヴェンスは紛れもない現実として、確かに白井の前に現れていた。
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