Int.64:ブルー・オン・ブルー/仮初めの戦士、少年たちは再びの煉獄へ②
その頃、ステラ・レーヴェンスは自身のパーソナル・カラーである深紅に染め上げられた米空軍M5A2パイロット・スーツに身を包んだ格好で、独り訓練生寮の屋上に立ち。転落防止の手すりに両肘と背中を預けながら、黙って夜風に吹かれていた。
なんだか、今日はこうしたい気分だった。出撃までそこまで時間が無いのは分かっているのに、ステラの足は自然と此処に向いていて。片手には飲みかけの缶コーラをぶら下げていて、そして何故か、足元には封を開けていないのがもう一本、置かれていた。
「――――あれ、ステラちゃん?」
そうしていると、屋上と訓練生寮とを通じる唯一の扉が内側から開かれて。そうして此処を訪れた彼は――――白井彰は先客だったステラの姿を一目見るなり、意外そうな顔で声を掛けてくる。
「ふん、やっぱり。来ると思ったわ、アンタならきっと」
そんなきょとんとした顔の白井に、ステラはニッと小さな笑みを浮かべて。そうしながら空いた右手で足元の新品の缶を拾い上げると、それをシュッと彼の方へと投げてみる。
「っと!? っとっとっと……」
突然、何の脈絡も無く顔面目掛けてスッ飛んできた缶に白井は慌てつつも、何とかそれをキャッチ。何度か取り落としそうになるものの、一応ステラの投げてきた缶は白井の手元にキッチリホールドされていた。
「アンタなら絶対来ると思って、用意しといた。……少し、温くなっちゃったけどね」
「へへっ、気持ちだけでアキラさんってば、とっても嬉しいっていうかね。感謝感激ぃー、って感じぃ?」
小さく笑うステラをそんな風に茶化しながら、白井はそんな彼女の隣まで近づいてきて、同じく手すりに寄りかかりながら、その缶のプルタブを引く。
「おわっ!?」
ともすれば、案の定というべきか。開いた蓋から噴水かって勢いで爆発した炭酸と共にコーラが吹き出してくるものだから、素っ頓狂な声を上げる白井は手元の缶を慌てて顔から遠ざける。
「くくくっ……。アンタ、やっぱ馬鹿よね」
そんな白井の反応を横目で眺めつつ、ステラはしてやったりといった風に悪戯っぽく笑う。
「あーあ、ひでえぜステラっちゃーん……」
なんてことをブツブツと言う白井の、85式パイロット・スーツのグローブに包まれた手が炭酸まみれになっているのを見かねて、ステラは「しょうがないわね」と呟きながら腰のユーティリティ・ポーチを漁り、
「はい、これ使いなさい」
そこに収めていた大柄なハンカチを、彼の方へと手渡した。
「おっ、サンキュ。……って、用意してるってコトは最初から分かってたり?」
「どうせアンタのことだし、こうなるかなって」
にしし、なんていたずらっ子みたいな笑顔のステラに「そりゃあねえぜ……」なんて肩を竦めながら、しかしハンカチを受け取った白井は有り難くそれで手と缶を拭う。
「でもステラちゃん、よく分かったよな。俺が、此処へ来るなんて」
「そう短くも無い付き合い。アンタの顔見てりゃ、何となく分かるわよ」
「そんなもんか?」
「ええ、そんなもん」
ニッと小さく笑みを浮かべながらのステラに「そっか」と白井も笑顔を返しながら頷いて、貰ったコーラの缶に口を付ける。
そうすれば、ステラも丁度同じタイミングで飲みかけの缶に唇を触れさせていて。二人揃ってクイッと缶を煽れば、やたらに甘いそれが喉を通り抜けると、二人揃って顔を見合わせたステラと白井は互いに笑い合う。
「…………アンタ、まどかと何かあった?」
ともすれば、ステラはまた飲みかけの缶を片手にぶら下げつつ、俯き気味の顔でそんなことを言ってみる。
「うーん……分かった?」
すると、白井は少し悩むみたいにわざとらしく唸った後で、ステラの方を向きながら、ニッと笑った。
「分かるわよ。招集掛かって飛んで来たアンタの顔と、まどかの顔見てたら、なんとなくはね」
「だははー、俺っちってば顔に出やすいタイプだからなあ」
「逆よ、逆。アンタは顔に出さないから、面倒くさいのよ」
「えっ、マジ?」
「マジもマジ、大マジ。…………アンタってば、色々と隠しすぎなのよ」
眼を丸くして訊き返す白井に、ステラは大袈裟に肩を竦めるジェスチャーなんか交えながら冗談めかして頷いてやるが、しかし最後の言葉だけは、何処か哀しげな、そんな細い声音でのものだった。
「…………まあ、あったといえば、ちょっとだけあったかな、まどかちゃんとは」
そうしていると、白井もそんなステラの声音に合わせてか、少し声のトーンを低く、微妙にシリアスな色に塗り替えていた。
「そっか」納得したようにステラが頷く。「分かった、それ以上はいい。皆まで言う必要はないわ」
「……ステラちゃん?」
「大体のことは、なんとなく予想が付く。――――それで? アンタ、まどかになんて返したのさ」
軽くウィンクなんか交えつつ、首を傾げたステラがそう問うてみせるが、しかし白井は眼を細めながら「……いや」と言うのみで、
「肝心なトコは、生憎と聞きそびれちまった。……緊急招集でさ」
「…………そう、悪いこと訊いちゃったわね」
「いや、いいさ」詫びるステラに、白井が首を横に振る。
「で、アンタはなんて答えるつもりなの?」
その後で、改めてステラがそう訊けば。しかし白井は「うーん……」と唸るのみで、中々答えようとしない。
「いいから、答えなさいよ。アタシに隠すこと、ないでしょう?」
そんな白井に、ステラが肩を大袈裟に竦めながら、冗談めかして更に訊けば。すると白井は少しだけ押し黙った後で、
「…………俺に、まどかちゃんの気持ちに応えてやれる資格は、ないさ」
そう、当然のように口にした。
「……あの、まあちゃんとかいう
「多分、そうかもね」
ズズッと缶を啜るステラに訊かれて、白井は自嘲めいた笑みを浮かべながらそれを肯定する。
「もう、十分よ。…………アンタは、もう十分すぎるぐらいに耐えたわ。これ以上、十字架を背負う必要はない」
「…………まあ、かもしれない。もしかしたら、ステラちゃんの言う通りなのかもな」
「なら――――」
「――――でも、それじゃあ俺が赦せない。俺が俺自身を、赦すことが出来ない」
ニッと笑みを向けながらで言う、そんな白井の笑顔が――――逆に、痛々しくて。横目を向けていたステラはそれ以上彼を直視することが出来ずに、眼を背けてしまった。
「ステラちゃんは、こんな俺を馬鹿だと思うかい?」
「……ええ、馬鹿よ。馬鹿も馬鹿、大馬鹿」
「だよなあ、俺もそう思うもん」
「――――どうしようもない大馬鹿だから、ほっとけないのよ」
絞り出すような声色で呟きながら、ステラは一気にコーラの中身を飲み干して。そうして空き缶を足元へ置けば、ふぅ、と小さく息をついた。
「…………アンタがどうしようが、それはアンタが最終的に全部決めなさい。アタシがどうこう横から口を出す筋合いはないわ。でもね白井、これだけは言っておく。
――――まどかは、例のまあちゃんに関して、確実に何かを知ってるわ」
「まどかちゃんが……?」
驚く白井に、ステラは「ええ」と頷いて、
「……悪いけど、この間のアンタたちの話、聞いちゃったの。盗み聞きするつもりは、なかったんだけれどね」
「そう、だったのか」
「…………アタシは頭に血が上ってて、何もそれどころじゃなかったけど。でも、一緒に居たエマがそう言ってた。あの
「そんな、馬鹿な」
「ええ、確かに普通に考えれば、馬鹿な話よ」
狼狽する白井の否定する言葉を、肩を竦めるステラは一応そうやって肯定してやりつつ、
「――――でも、冷静に考えれば、アタシもそう思う。間違いなく、あの
と、金色の瞳で白井の方に横目を流しながら、続けてそう断言した。
「…………まどかちゃんが、まあちゃんのことを?」
すると、白井は明らかに困惑し始め。彼にしては珍しく視線を忙しなくぷるぷると右往左往させるあからさまな動揺を見れば、ステラは「ふぅ」と小さな息と共に肩の力を抜いて、
「まあ、詳しいことは帰ってから、本人に直接聞きなさいな。…………その上で、色々と判断しなさい」
一応、落ち着かせるようなことを彼に向かって言い放った。
「……まあ、だな」
ともすれば、白井もとりあえずは落ち着きを取り戻し、納得してくれたらしく頷いた。
「……そろそろ、時間ね。アタシたちも戻るとしましょうか。流石に遅刻ってワケにはいかないし」
「んだな」
そうして、二人は空き缶片手に訓練生寮の屋上を後にしていく。夜風に吹かれながら二人、共に確かな確信を胸に抱きながら。
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