Int.63:ブルー・オン・ブルー/仮初めの戦士、少年たちは再びの煉獄へ①

「……アレが、国崎くんの?」

 ブリーフィングの終了から程なくして、85式パイロット・スーツに身を包んだ国崎が格納庫で己の新しい乗機を見上げていれば、いつの間にかすぐ傍まで近寄ってきていた美桜がそう、彼に向かって声を掛けてきていた。

「みたいだ」そんな隣の美桜に、国崎はクイッと己の掛ける眼鏡を指先で押し上げる仕草を見せながら答える。

「…………悪いな、哀川」

「あら?」首を傾げる美桜。「なんで、謝るのぉ?」

「いや……。お前の奴の予備パーツ、どうやらこれに使ってしまったと、さっき三島さんから聞いたんだ」

「そうなの?」

 きょとんとした美桜が訊き返すと、国崎は「そうだ」と、彼女の方を向かないままで答える。

「お前の弐型の部品を使って、この≪神武・改≫の性能を底上げしているらしい。……言うなれば、≪神武・改改≫ってところだ」

「うーん、何だか語呂悪いわねぇ」

「はっ?」

 そんな風に唸る美桜に、今度は国崎がきょとんと眼を丸くしながら彼女の方を向くものだから、美桜は「うふふっ♪」と小さく彼に微笑んで、

「どっちかっていうと、≪神武・改カスタム≫の方が語呂としては、良い感じじゃないかしらぁ?」

 なんて、斜め上なことを彼に言う。

「……哀川、それだと意味が被ってるぞ」

 ともすれば、小さな溜息を織り交ぜながら、国崎が呆れた顔で指摘する。すると美桜は「あら?」なんて素っ頓狂に首を傾げるものだから、国崎の口から出てくるのは更なる溜息だった。

「…………まあ、妥当な線でいけば、≪神武・改二≫って所だろうな。何となくこれも、お前の弐型と名前のイメージが被る所があるが……」

「うーん、確かにそうねぇ」

「まあ、何だって構わんさ。名前なんてのは所詮飾りだ。コイツがちゃんと動いてくれれば、それで俺は文句ない」

「そういう、ものかしらぁ?」

「そういうものだ」

 整備ハンガーに直立し固定される機体を尚も仰ぎ続ける国崎が頷けば、その横顔を見ながら美桜は「そう♪」なんて風に、微笑みながら頷き返した。

「それより、哀川? 俺に用があって来たんじゃないのか?」

「ううん」しかし、国崎の予想とは裏腹に、美桜は首を横に振るだけだった。

「まあ……なんて、言うのかしらねぇ。少し、心配になったから」

「心配?」首を傾げながら振り向く国崎。「俺を、お前が?」

 きょとんとした顔で国崎が訊き返せば、すると美桜は「当然よぉ♪」と明るい顔で言った後で、しかし続く言葉を紡ぎ出す時には、少しばかり表情に影を落としていた。

「…………怖く、ないの?」

「……怖いさ、俺だって。怖いさ、あんな目に遭えば、誰だって」

 フッと小さな息をつきながら、囁くみたいな細い声色で国崎がそう、答える。

「でも、だからって、俺が出ないわけにはいかない。俺が出なけりゃ、また誰かが死ぬ。俺がやらなきゃ、また誰かがいなくなる。

 ――――どのみち、誰かがやらなきゃいけないことだ。なら、俺は逃げ出す選択肢を取りたくはない。……ただ、それだけだ」

「そう、なのね。国崎くん、貴方は、そうだったわよね…………」

 そんな国崎に、美桜も小さな声色で頷きながら。やはりこちらを見ていない彼の横顔を小さく見上げながら、だらんとしていたその手をスッと両の掌で包み込む。

「あ、哀川……っ!?」

 ともすれば、やはり振り向いてきた国崎は動揺し、顔を赤くしていて。そんな相変わらずの初心ウブな反応がなんだかおかしくて、美桜はクスッと笑い出してしまう。

「美桜」

 そんな慌てふためく彼に、ポツリと美桜が言う。すると国崎は「えっ?」と首を傾げるものだから、

「美桜。そう、呼んで欲しいってだけよ。…………いい加減、他人行儀もやめましょう?」

「し、しかしだな哀川――――」

「だぁめっ♪」

 尚もファミリー・ネームで呼ぼうとする国崎の唇に、立てた人差し指をピッと押し当てつつ。そうしながら、小さく首を傾げる美桜は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「――――覚えていて、欲しいから」

「…………?」

「私の、名前。国崎くんにも、覚えていて欲しいの」

「だから、俺にお前を、下で呼べと?」

「ええ、そうよ♪」

 そうやって美桜が頷けば、国崎は今一度の小さな溜息をついて。そうした後で諦めるような顔になると、

「……分かった、俺の負けだ。あいか――――っ、こほん。……美桜」

 やはり顔を赤くしながら、眼を背けながらの国崎がやっと、美桜を下の名で呼んでくれたから。だから美桜は「……うん、それでいいのっ♪」と満面の笑みになって、

「それで……もうひとつ、お願いがあるんだけれど。言っても、良いかしら?」

 腰を折り、そんな可愛げな反応を見せる国崎の顔を下から見上げながら、美桜はそう問いかけた。

「な、なんだ?」

 ともすれば、国崎は戸惑いながらも一応の反応を返してくれるもので。それに美桜は「うふふっ……♪」と小さく微笑んでから、

「…………私も、貴方を下の名前で呼んでも、良いかな?」

 そう、少しだけ頬に朱色を浮かべながら、見上げる国崎に思い切って問いかけてみた。

「……俺を?」

 すると、国崎は意外そうな顔で訊き返してくる。それに美桜は「ええ♪」と頷いて、

「私も、貴方の名前を覚えておきたいの。…………駄目、かしら?」

 そんな風に美桜がもう一度訊くと、国崎はまた視線を逸らし。その後で「……はぁ」と諦めの溜息をつくと、

「…………好きにしろ」

 そう、肩を竦めながら頷いた。

「……ええ、分かったわ。…………崇嗣たかつぐっ?」

「っ――――!」

 悪戯っぽく微笑みながら、そんな国崎をいきなり下の名で呼んでやれば。すると国崎は顔を真っ赤にしながら思い切り美桜から飛び退いて、視線を忙しなく右往左往させて慌てふためく。

「や、やっぱり取り消しだっ!! む、むむ、むず痒くて仕方ないっ!!」

 またそんな彼の反応が面白くて仕方ないものだから、美桜は思わず吹き出すように笑い始めてしまった。

「な、何がおかしいんだあいか――――美桜っ!?」

 顔を真っ赤にしながら詰め寄ってくる国崎を前に、美桜は尚も笑い続けていて。堪えきれなくなった笑いと共に、あまりにもおかしいものだから、軽く涙目にすらなってしまう。

「ご、ごめんなさい……っ。崇嗣の反応が、あまりにも面白くて……っ!」

 尚もクスクスと笑いながら、自然と下の名で呼ばれてしまった国崎は、また顔を茹でたタコみたいに真っ赤にしながら美桜から眼を逸らす。またその反応が面白くて、美桜の腹から湧き出る笑いの色は、更に勢いを増してしまっていた。

「全く……! もう、知らんわっ!!」

 ともすれば、腕を組んだ国崎はぷいっと顔を逸らしてしまい。しかしその横顔が未だに真っ赤になったままだから、やっと収まってきた美桜も、また浮かび上がる微笑みを抑えきることが出来ない。

「…………崇嗣」

 そんな国崎の横顔に、やっと落ち着きを取り戻した顔で美桜が小さく、囁くようにその名を呼ぶ。

「……なんだ?」

「帰ったら、いっぱいお話ししましょう。貴方と、私とで。いっぱいいっぱい、沢山お話ししましょう。崇嗣のことを、もっと知りたいから」

 だから、いなくなったりしないで。私の前から、絶対に――――。

「……縁起でもないこと、言うんじゃない。この……馬鹿が」

 祈るように言葉を紡いだ美桜に、小さく横目の視線を向けながら。国崎はそう言って、力なくぶら下がっていた美桜の片手を、雑に引ったくるみたいに握ってみせた。

「……崇嗣」

「俺も、お前も。それに、他の連中も。皆、必ず生きて帰るんだ。誰もいなくなったりなんかしない、死んだりなんかしない。

 ――――そんなこと、当然だろうが」

 そう言われると、美桜も「……ええ、そうね」と頷き返して。そうしながら、自分の手を握る彼の大きな手を、そっと小さく握り返していた。

「…………帰るんだ、必ず。俺たちは、全員でここへ」

「ええ、必ず。……還って来ましょう、私たちの還るべき、この場所に」

 二人の見上げる先にあったのは、整備ハンガーに直立し固定された鋼の巨人。国崎の新たな鎧であり、彼を護る棺である物言わぬ鋼鉄の巨人が、無言のままにそこに居た。

 JS-1L≪神武・改≫――――。

(どうか、お願いね。必ず、彼を護って――――)

 そんな美桜の祈りが、届いてか否か。二人の見上げる≪神武・改≫は、蛍光灯の反射するその頭部に据えられたカメラ・ゴーグルを、キラリと小さく煌めかせていた。

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