Int.56:変わりなき日常、しかして何処か異なる日常③
「ほいほい、こっちやこっち!」
そうして四ッ谷のおばちゃんからそれぞれの盆を受け取った三人は、慧に呼ばれるがまま、二人の待つ席へと向かう。別に何の気なしだったのだが、慧と雪菜の確保していた席は、いつも座り慣れたあの窓際の席だった。
二人横並びになって座る慧と雪菜の対面へ、三人が一真を間に挟む格好で、通路側に瀬那、窓際にエマといった感じで腰掛ける。この二人の間に挟まれるのも、一真にとってはもう慣れたことで。逆に安心感すら覚える組み合わせのようでもあった。
「はー、あんちゃん朝から唐揚げかいな。元気やなあ、若いなあ」
そうしてやっとこさ席に着いた矢先、一真の盆へ食い入るように視線を向けながら慧がそんなことを言ってくるものだから。一真は「だから一真だッ!!」ととりあえず言い返し、
「…………ま、好物だからな?」
なんて具合に、何故か小さく慧から視線を逸らしつつ、続けてそう答えてみせた。
「こらまた朝から豪勢なこっちゃなぁ。しかも両手にゃ花と来た。こりゃあアタシら、知らん間にエラい男に絡んでしもうたのかもなぁ」
「慧、そういう言い方は止してくれ……」
「雪菜も気を付けとくんやで。ヘタすりゃアタシたち、二人ともカズマちゃんに喰われかねんわ」
「喰わねーよっ!?」
辟易する一真を無視して慧がそんな悪乗りを始めるものだから、一真がまたそんな風に声を荒げる。すると、二人のやり取りを眺めていた雪菜も、対面に座るエマ同様に「あはは……」なんて具合に苦笑いをし、
「ま、まあでも、良い人そうで良かったです。一真さん、慧ちゃんもこんな
次に雪菜はニコニコと、フレームレスの眼鏡のレンズ越しに覗く瞳を微笑ませながら、斜め前の一真に向かってそう、慧の不躾ともいえる言動をフォローするみたいなことを言ってくる。
「……分かってるよ、見れば分かる」
そんな視線を向けられれば、一真も小さく視線をそらしたままながらも、そうやって頷いてみせた。隣ではエマも「だね」とにこやかに頷き、瀬那も瀬那で「うむ」と同意を示している。
「おっ? カズマちゃん、意外や意外でツンデレ属性かいなぁ?」
しかし、慧はといえばニヤニヤとそんな風に更に茶化してくるものだから。
「誰がツンデレだっ!?」
一真の反応も、こんな具合でやはり元に戻る。ともすれば雪菜もエマも再び「あはは……」なんて苦笑いに戻り、そして瀬那にはといえば「全く……」と呆れた顔をされてしまう始末だ。
「して、常陸殿よ」
そうした後で、ふと何かを思い出した瀬那が、そんな風に慧に問いかける。それに慧が「なんや? あ、瀬那ちゃんも下の名前で構わんで」と言った後で、瀬那は「うむ」と頷くと、そうしてから言葉を続ける。
「常陸ど……こほん。慧は何やら言葉に関西の訛りが見受けられるが、もしや出身もあちらの方なのか?」
「当ったり前や! こちとら正真正銘おおさ――――」
「こう見えて、慧ちゃんの出身って秋田なんですよ?」
瀬那の質問に意気揚々と慧が答えようとした矢先、雪菜がにこやかな顔をしながらそんな具合に真実をサラリと言ってしまうものだから。慧は慧で「おいぃぃ!?!? 雪菜、雪菜ぁ!?」なんて風に、ズッ転けそうな勢いで全力の狼狽を見せる。
「む? しかし言葉の訛りはどう聞いても、やはり関西のように聞こえるが」
「それはね瀬那ちゃん、慧ちゃんが自分で意識的にやってること。よーく聞いてみると分かるけれど、所々違うし。結構
「ふむ……。度し難いものだが、しかしそういうものなのか……」
雪菜の説明を聞き、顎に手を当てながらうーむと唸る瀬那をよそに、慧はといえば「雪菜ぁ!? 前にそれ言うなってアタシ言うたよなぁ!?」なんて具合に、まだ狼狽し続けていた。
「えっ? そうだっけ?」
「そうもこうもあるかい! 大体、アタシが秋田出身なのは秘密で――――あっ!」
「……ヘッ、慧め。語るに落ちやがったな」
「あはは…………」
自分から口を滑らせて石みたいに硬直する慧を眺めながら、ほくそ笑む一真とその隣で尚も苦笑いを続けるエマ。すると雪菜はそんな三人を眺めながら「うふふっ……♪」と上品に微笑み、
「ちなみに、私の出身は奈良です。慧ちゃんとは同期で、訓練生時代からの付き合いなんです」
がっくりと肩を落としながら席で項垂れ、真っ白になる慧の横で、雪菜はサラリとそんな風に自己紹介を済ませた。
「そういや、二人のコブラだけシャーク・マウスのノーズアートがあるよな?」
その後で一真が、完全に意気消沈した慧をよそにそうやって雪菜に問いかければ。雪菜は「あ、あれですか……」と苦く笑いながらそれに答え、
「あの鮫さんの口は、慧ちゃんの趣味なんです……。一真さんは、百里基地のRF-4Eはご存じですか?」
「百里……?」一応、知っている風に一真は反応してみせる。「501の偵察隊、ウッドペッカーの奴か?」
「はい。かなり前に百里へお邪魔する機会があったんですけれど、その時に501飛行隊のRF-4見て、慧ちゃんったら気に入っちゃって。そうしたら、自分のコブラにもシャーク・マウス描くんだーって、大騒ぎになったんですよ?」
「へえ、慧がねえ……」
そんな話を雪菜の口から聞かされれば、一真は未だに真っ白になって肩を落とす慧の方をニヤニヤとした目付きで眺め。しかし次に出てくる言葉は、
「中々、良い趣味してるじゃないのさ」
なんて具合に、ある意味で意外な一言だったものだから。そんな言葉を聞けば真っ白だった慧は途端に色を取り戻し、「ホンマか!?」なんて具合に物凄い勢いで、眼をきらきらさせながらテーブル越しで一真の方に詰め寄る。
「ホントホント。他にもシャーク・マウス描いてるコブラ、写真でなら見たことあるけどさ。やっぱ細いコブラにゃ鮫が似合うぜ。そうだろ、慧?」
「せや! せや! なんやカズマ、あんさんよう分かっとるやないか!」
そんな具合に一真が褒めてやれば、慧は更に眼をきらきらとさせて。露骨なぐらいに喜び出すものだから、対する一真としても思わず表情が綻んできてしまうというものだ。
「大体、デブいアパッチはあんま好きになれんねん。性能の上じゃ、アタシらのコブラより断然上なのは分かっとるんやけど、なんかなぁ」
「あー、慧の言いたいことも分かる気がする。なんというか、全体的に重いんだよな、アパッチの見た目って」
「おっ、やっぱカズマちゃんなら分かってくれたか。……ホントになぁ、デブいもんなぁアパッチ。強いて言うなら、アメちゃんの海兵隊が使っとるヴァ……なんやっけ? ほら、コブラちゃんのもっと凄い奴」
「AH-1Z、
「せやせや、それ導入してくれたらなぁって、アタシとしては思うとこがあるんや。……まあ現実問題、政治的なアレとか色々あって、キツいんやろがなぁ」
「64Dがあんだけ配備されてる以上、ヴァイパーの導入は無いかもな……」
とまあ、こんな具合に一真と慧が他をよそに対戦車ヘリ談義を始めてしまったものだから、取り残されたエマと雪菜は相変わらずの苦笑い、瀬那は「また一真の悪い癖が……」なんて具合に呆れる始末で。しかし二人は他の三人の反応などいざ知らず、どんどん二人だけで話に花を咲かせ始めてしまう。
「大体、撃ちっ放せないワイヤー誘導のTOWなんぞ、今更になって使っとるのが問題なんや。カズマちゃんたち陸戦部隊から見れば何とも思わんかも知れんけど、あんだけノロマなミサイル当たるまで動けないって、アレ乗っとる方からしたらかなり心臓バクバクなんやで?」
「かといって、撃ちっ放せるミサイルにしたって、ロングボウ・ヘルファイアはアパッチ用。コブラじゃとても、載せれないからなあ……」
「ンなもん、ちゃっちゃとお得意の改造でもしたらええねん。こちとら命に直結する問題なんやで?」
「でも、コブラ自体の退役は進める予定なんだろ? 国防陸軍は。アパッチ・ロングボウに置き換えていく以上、今更古いコブラを改造するってのは無いんじゃねーか?」
「……そうなんよなぁ。せめて、機首のガンぐらいアパッチ用の30mmチェーン・ガン積んでくれりゃあ、まだ嬉しいんやけれど。それもどうかって感じやしなぁ。何せコブラちゃん、いい加減古くてしゃーないから」
放置していれば、まあこんな具合に話はどんどんディープな方向へと加速を始め。かたや現役のコブラ・パイロット、かたや筋金入りのミリタリー・マニアとあっては、これぐらいの深い話題に陥ってしまっても仕方ないというものだった。
「……瀬那、分かる?」
そんな二人の話を一応聞いてみながらも、エマは苦笑いしつつ瀬那に問いかけ。
「其方が分からぬこと、私に分かるとでも思うか?」
だがまあ、瀬那の反応は案の定というか、予想通りというか。ともすればエマも「だよねぇ……」と、小さく肩を竦めながらの苦笑いを浮かべてみせる。
「慧ちゃん、久々に話せる相手が出来たから……」
「む? もしやそちらの方も、元はかなりの好き者なのか?」
尚も話し続ける慧に、まるで子を見守る母親みたいな視線を向けながらの雪菜が呟いた独り言に、そんな風に瀬那が反応すれば。すると雪菜は「あ、うん」と頷いて、
「多分、そっちの一真くんと元は似たようなもの……かな? 慧ちゃん、元からコブラのパイロットになりたくて、軍に志願したらしいし」
「へぇー。つまり、慧は夢を叶えたってワケだ」
「あはは。まあ、そうなるね」
感心するエマに、雪菜はにこやかに微笑みながら頷いてみせる。
「――――あのー、ちょっと良いかしらぁ?」
更に加速していく、一真と慧のコブラ談義。留まるところを知らないといった様相を見せていた、そのヒートアップしていく二人の会話に
「ん? ……ありゃ、美桜?」
怪訝そうに一真が振り返れば、そこには美桜が立っていて。「はーい♪」なんて具合に笑顔で小さく手を降ってみせる仕草なんか見せる彼女の微笑みは、相変わらず聖母のようだった。
「珍しいではないか、こんな頃合いに。――――
続けて瀬那がそんな風に問いかければ、美桜は「うーんとねぇ」なんて具合に少し唸った後で、
「――――折角だし、記念写真でも撮っておこうかなって♪」
首から掛けた一眼レフのカメラを小さく両手で掲げてみせながら、ウィンクなんかしつつ、そんなことを告げてきた。
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