Int.57:平穏なある日の残影、切り取る一瞬は永遠の中へ①

 そうして、最中に何枚か美桜に写真を撮られつつも、とりあえず朝食を終えた一真たち五人はそのまま美桜の手で食堂棟の外に連れ出され。そうしてTAMS格納庫の近くまで導かれれば、何故かそこには既に多数の見知った顔が揃っていた。

「実は、集まって貰ってたんです」

 揃い踏みするA-311小隊の面々を眺め、一真たちが呆気に取られていると。相変わらずの聖母めいた笑みを浮かべながら、美桜がそうやって端的に説明をしてくれた。

「写真、撮るためになんか?」

 引き攣った顔の慧が続けて訊けば、美桜は「はい♪」と頷いて、

「ほら、私たちってこういうの、今まで撮ってなかったでしょう? 折角こうして一緒なのに、写真一枚無いって、何だか悲しいと思わない?」

「……まあ、そうかもね」

 すると、そんな風に美桜へ同意の色を示したのは、意外にもエマだった。何故か遠い眼をしながらでそんなことを言うのは、彼女にも思い当たる節があるからなのか……。

「カズマ、ちょっと」

 すると、エマはそんな風に一真の裾を小さく指で引っ張りながら囁くように呼び。そうして美桜たちから少し距離を取れば、彼女たちに背中を向けながら、懐より何かを取り出した。

「……これは?」

 古びた、写真だった。少しボロっとした、しかし大切にされていたことが分かる、一枚の写真だった。

「昔ね、僕が初陣に出る少し前に、部隊の皆と撮った写真なんだ」

 遠くを見るように眼を細めながら、柔らかくも何処か哀しげな微笑みを浮かべながら。そう言うエマが手に持ち視線を落とすその写真に、一真もまた視線を落としてみた。

 …………欧州連合の、何処かの前線基地だろう。十数人の白人の女の子たちが、やはり一様に欧州連合軍の軍服を着た格好で映っている。にこやかに、何処か無垢な笑顔を浮かべる彼女たちの中に、ひっそりとエマらしきの姿も混ざっていた。

「今より、大分イメージ違うな」

 そんな、エマらしきを指先で指し示しながら、小さく笑いつつ一真が言えば。するとエマも「そうかもね」なんてフッと小さな笑みを浮かべて、

「……この頃は、まだ純粋だったのからさ」

 そう、やはり何処か遠くを見るような顔で、続けて呟いた。

 エマのアイオライトのような蒼い瞳が視線を落とすのは、彼女の手元にある一枚の写真。しかしエマが真に眺めているのは、その更に奥の奥、遠く記憶の彼方に過ぎ去った、掛け替えのないときの向こう側のような。そんな彼女の横顔を眺める一真からは、そう思えて仕方がなかった。

「もう、二年以上も前なんだ」

 そうしている内に、エマは写真を裏返していて。そこにサインペンか何かで記された場所と日付を眺めながら、郷愁に浸るように彼女は呟く。

 ―――――"March 24, 2015 フランス空軍、リヨン=モン・ヴェルダン空軍基地にて。第343機動中隊"。

 そこに記された文字が示すところが、そういう意味を現していることは、横から覗き見る格好の一真でも何となく読み取れていた。

「カズマ」

 すると、いつの間にか一真の顔を正面から見据えるように振り向いていたエマに、そうやって呼びかけられ。それに一真が「お、おう」と戸惑いながら眼を合わせて反応すれば、

「……写真は、形として思い出に残る。こういうものは、撮れる内に撮っておいた方が良いんだ」

 そう言うエマの顔は、やはり何処か哀しげで。しかし、思い出の中に残る色に少しばかり頬を綻ばせながらの複雑な表情をした、そんなエマが言うことは、確かにそうなのだろうと一真に対し確かな説得力を以て訴えかけていた。

「……そう、かもな」

 そうして一真が頷けば、エマは「うんっ」と小さく微笑みながら頷いてくれる。

「でも、何でこれを俺に?」

 エマの微笑む顔を見て、一真も頬を緩ませながら。続けてそうやってエマに訊けば、すると彼女はまたフッと小さく微笑して、

「…………君には、知っておいて欲しかったから」

 と、一真の裾を小さく摘まみながら、囁くような声音で呟いた。

「まあ、此処に映ってるたちは、僕以外の全員、もう居なくなっちゃったんだけれど」

 居なくなった――――。

 エマの言うそれが示すところが、彼女ら全員の戦死であること。それを一真は暗黙の内に理解してしまったから、だからこそ、裾を掴んできていたエマの細い手を、半分無意識の内に握り返していた。

「……済まないことを、思い出させちまったな」

 彼女の手を掴みながら、何処か申し訳なさげに一真が言うと。するとエマはそんな彼の手を握り返しながら「いいよ、別に」と返して、

「皆、もういない。――――でも、この先は違う。また写真を撮って、そして皆、生きて。そうすれば、ただ楽しい思い出として僕らの胸に残る。

 …………僕はね、カズマ。皆にそうなって欲しいから、写真撮っても良いかなって思ったんだ。それで、ついでに君にも、これを見せておこうと思った」

 一真の顔を見上げながら、ニコッと太陽のように微笑んで。そんなエマの表情が、あまりに眩しいものだから、一真も「……そう、だな」と頬を綻ばせながら、頷いてやることしか出来なかった。

 ――――皆、生きて。

 エマの放った、その言葉を胸に刻みつけ。そうして一真は、俯いていた顔を今一度上げ直してみせた。

「――――エマちゃーん、一真くーん! ほら、撮りましょうよー!」

 そうしていると、いつの間にか遠くに行っていた美桜が、手を振りながらそうやって呼びかけてくる。続けて白井の「みーろくじー!」って叫び声や、ステラの「ホラ、さっさと来なさいよっ!」という呼び声。「一真さーん! エマちゃーん!」といつもの甲高い声で名を叫んでくる美弥に、そして瀬那の「さあ、其方らも早く来るがよい!」なんて声が続けて聞こえてくれば、一真とエマも一瞬互いを見合って。

「……行こっか、カズマ」

「んだな、待たせると悪い」

 そんな風に、小さく言葉を交わし合えば。また互いに小さく笑みを浮かべ合ってから、二人を待つ皆の方に向けて駆け出していく。

「分かった分かった、すぐに行く!」

「待っててよ、僕たちだけ仲間はずれはやめてよね?」

 二人並んで駆け出す一真にエマと、そして二人を待つA-311小隊の皆々。東の空から見下ろす朝日に照らされる中、確かにそこには希望の色があった。

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