Int.45:After that/刻みつけるは刹那、儚き一瞬のインターバル①

「…………」

 カーテンの隙間から、微かに差し込む東の朝日。新たな一日の始まりを告げる陽の光とやかましく鳴き喚く蝉たちの大合奏に誘われ、一真は閉じていた瞼をゆっくりと開き。そうして、まどろみの中から段々と意識を常世へと引っ張り上げられていった。

 チラリと時計を見れば、まだ時刻は午前七時を少し過ぎた頃。昨日は帰還が遅かった関係で就寝も遅かったから、随分と浅い眠りのままに目を覚ましてしまったことになる。

 だが、目覚めてしまったものは仕方ない。寝直そうにも却って気怠くてどうにも嫌になってきそうなものだから、一真は半分仕方なしといった具合に、揚々とベッドから身を起こす。

「……まだ、寝てるか」

 そうして、ひんやりと冷たい床の上に立ち上がり。自分の寝ていた二段ベッドの、その上段をチラリと覗き込んでみれば、瀬那はまだ例の和装めいた白い寝間着の格好のままで、すぅすぅと深い寝息を立てていた。

 よっぽど、昨日の疲れが溜まって居たのだろう。比較的早起きの傾向がある彼女がこの時間、ここまで深い眠りに就いているということは、つまりそういうことだ。

 故に一真は、敢えてカーテンを開けぬままにしておいてやった。疲れた彼女を起こしてしまうのは、些か気が引けるというものだ。

 んー、と小さく伸びをし、冷蔵庫から取り出した、ギンギンに冷え切ったミネラル・ウォーターのペットボトルを一気に飲み干すぐらいの勢いで煽ると。喉に流れ込んでくる冷え切った水の冷気が五臓六腑に染み渡るような気がして、自然と身体も目を覚ましてくる。

 そうした後で、一真は瀬那を起こさないようにそろり、そろりと浴室へ向かい。そうして熱いシャワーを浴びてしまえば、身体にじっとりと張り付いていた鬱陶しい寝汗が、流れ落ちる湯と共に消えていってしまう。

「ふぅ……」

 気分を入れ替えたところで、さてこれからどうするかと一真は少しの思案に迫られていた。

 まだ朝食には少し早いし、そもそも折角ならば瀬那を連れていってやりたい。かといってこのまま部屋に籠もっていても時間と暇とを持て余すだけで、どうにも勿体ないような気がしてくる。外はこんなにも晴れやかだというのに、籠もっているというのも些か引け目を感じてしまうというものだ。

 それに――――折角、こうして再び生きて帰って来られたのだ。今ぐらい、束の間の平穏を噛み締めたところで、それは決して罪じゃないだろう。

「生きて……るんだよな。まだ、俺たちは」

 ポツリ、と一真が独り言を呟いた。呟きながら握り締める右の拳から伝わる確かな感触が、まだ己が確かな存在を以てここにいると、そう教えてくれている。

 ――――そうだ、まだ生きている。

 危うく国崎が死にかけてしまったけれど、まだ自分たちは全員、教官二人を含めた十二人が欠けることなく、こうして新しい一日を迎えることが出来たのだ。それは、素直に喜ばしいことだ。

「国崎の奴、大丈夫なんだろうか」

 そんなことを考えていれば、一真が昨日エマと見舞いに行った国崎のことを思い出してしまうのは、ある意味で必然ともいえることだった。

 あの後――――二人は、結局付き添いを美桜に任せたまま、半ばで医務室を出て行ってしまったのだ。あのまま居ても、何だか気分が落ち込んでしまうような気がして。それに国崎だって目を覚ます気配がまるで無かったから、あれ以上居ても仕方ないと思ったのだ。

 だがまあ、心配は無用というものだろう。美桜も言っていた通り、国崎自体に命の別状はない。後は、奴の精神的な問題だけだ。これは、国崎自身が自分の脚で立ち上がるべきことであって、まるで外様とざまの一真がどうこう干渉すべきことではないし、その資格もないだろう。

 故に、一真はこれ以上彼のことを思案するのは不毛と思い、それ以上の思考を回すことを意図的に封じた。美桜が傍に付いていてくれるのなら、万が一の心配も無いだろうとも思っていた。彼女とはまだ短すぎる付き合いだが、それでも国崎のことは任せられると、素直な気持ちからそう思える。

「さて、と……」

 とにかく、まずは自分のことだ。このまま此処で足踏みをしていても、何だか一日が勿体ないような気がする。

「…………」

 ――――とりあえず、散歩にでも出てみよう。

 何でかは分からないが、一真はふとそんなことを思い付いていた。我ながらおかしな発想だと思うが、しかし――――どうにも、噛み締めたくなった。確かな平穏と、変わりの無い日常という奴を。

 一度こう思ってしまえば、善は急げという奴で。一真はそそくさとジーンズを履き、適当なTシャツを一枚だけ羽織り。そんな雑極まりない格好に着替えてしまえば、後は瀬那を起こさないように気を付けつつ、訓練生寮・203号室を出て行くことにした。

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