Int.43:憂いと猜疑、狩人たちの束の間の休息
所変わって、市街のとある場所。表通りから一本入ったところにある小振りな店構えのショット・バーに、慧はハンター2小隊の面々を連れて訪れていた。
店の中は今も客の姿は疎らで、うっすらと洒落たジャズ・ミュージックが流される小洒落た雰囲気の店内に、今はカウンターの隅に並んで腰掛ける慧と雪菜、そして彼女らの真後ろにあるテーブル席で勝手に盛り上がる、二番機と三番機の四人しか居なかった。皆が皆、ヘリ・パイロット用のフライト・ジャケットを羽織った格好だ。
「…………」
部下たちに好き放題させている中、慧は黙ったまま。小さな笑顔ながら、少し憂いを滲ませた横顔でオン・ザ・ロックのウィスキーの注がれたグラスを片手に、琥珀色のそれをちびちびと傾けていた。
「……慧ちゃん、どうかした?」
そんな彼女の隣、真っ赤なブラッディ・マリーのカクテルが注がれたショート・グラスに手を触れながら、雪菜が怪訝そうに、慧の横顔を覗き込みながらそう声を掛けてくる。
「まあ、ちょいとな」
琥珀色の液体が注がれたグラスを、氷でカランコロンと鳴らしながら傾けつつ、慧はやはり憂いを秘めた眼差しでそう、隣の雪菜にポツリと頷く。
「……あの子たちの、こと?」
「…………正解や」雪菜に言われ、形無しといった風に肩を竦めながら、慧が肯定した。「全く、雪菜に掛かればアタシのこと、何でもお見通しやな」
「ふふっ、まあ長い付き合いだからね。
…………それで、あの子たちが、どうかしたの?」
「まあな」再び訊かれ、慧はまた顔色に憂いの色を滲ませる。
「……訓練生小隊の噂、本当やったんやなって」
「ああ、そういうこと……」
「せや」頷く慧。「信じたか無かったやけんども、いざこうして目の当たりにすると、な……」
「あの若さで、もう実戦だからね……。気持ちは分かるよ、慧ちゃん」
「分かってくれるか、雪菜」
グラスを傾けながら、そう言って雪菜の方に横目の視線を小さく流した慧は。彼女の瞳の色は、少しばかり嬉しげでもあった。
「分かるよ、だって慧ちゃんの考えることだもん」
ニコッ、と。フレームレスの眼鏡のレンズ越しに見える顔を小さく微笑ませながら雪菜に言い返されると、慧も少しだけ肩の
「……辛いな、雪菜」
「うん……」
言葉も無いままに頷き合い、二人はそれぞれのグラスを小さく傾けた。今は呑むしか、やり切れなかった。
「アタシらがコブラに乗り始めて、どんぐらいやったか? 割と長いこと戦ってきたつもりやけれど、そんでもあんな若すぎる奴らが出てくることなんて、今まで一度たりともあらへんかった」
「そう、だね。訓練生小隊なんて、使われても後詰めも後詰めだったし」
「せやろ? ……それが、アイツらは何や。後方遊撃とはいえ、思いっきり
絞り出すような声音の慧の、そんな彼女の言うことは。何処かその語気に、怒りの色すらもが混ざっているのを、雪菜が気付かないワケがなかった。やり切れない気持ちは、彼女とて同じなのだから……。
「アタシはあくまでプラグマティストや、少なくともアタシ自身はそう思っとる。せやで、あんまし陰謀論の類は言いたくないんやが……」
「……勘ぐっちゃうよね、これだけヘンテコな状況が揃ってると」
「分かってくれるか、雪菜も」
そんな風に慧に言われ、雪菜はうんと頷いた。そして、言葉を続けていく。
「"関門海峡の白い死神"に、あの人の副官までが教官に居て。それであの妙な訓練生小隊に。それに、TAMSの質だって、とても士官学校レベルが持っていて良い物じゃない。まあ、TAMSに関しては、あの西條少佐が居るってこともあるから、あんまり不自然でも無いんだけれど……」
「つまり雪菜、こう言いたいんやろ?
――――"この状況は、あまりにおかしすぎる"って」
慧に結論を全て言われてしまえば、雪菜は苦笑いしながら「うん」と頷くことしか出来ない。
「どうしても、勘ぐっちゃうよ。……まあ、私たちが幾ら考えたところで、意味ってないんだろうけども」
「せやな」相槌を打つように、雪菜の言葉に慧が深く頷く。「アタシらの仕事は、あくまで敵を殺すことや。それ以上を考えたトコで、不毛でしかあらへん」
「……だね」
そんな慧の言葉は、何処か諦めにも似ていた。似ていたが――――しかし、それが一番だとも雪菜は思ってしまっていた。
だから、小さく彼女に頷いてやるだけにしていた。だって、自分たちが考えたところでどうしようもなくて、幾ら考えても蚊帳の外なのは、紛れもない事実なのだから……。
「姐さぁん! もう一杯良いっすかァ!?」
そうしていると、後ろからそんな威勢の良い声が――ハンター2-2のパイロットだった男の声だ――が聞こえてくるものだから、慧は「おうよ!」とこちらも合わせた勢いで振り向いて、
「よっしゃ、好きなだけ呑め呑め! 今日は全部アタシの奢りや、好きに呑みまくるんやで!」
なんてことを、完全に勢いで言ってしまうものだから。後ろの四人は「さっすが姐さんだ、気前良いぜ!」「ヒューッ、男前!」なんて具合に更に盛り上がり始めてしまう。
「アホ! 誰が男前や! 美人さんって言えや!」
「……慧ちゃん、財布は大丈夫なのかな…………?」
後ろの連中と阿呆な言葉を交わす慧の姿を横目で眺めながら、雪菜は苦笑いをして。今更ながらに慧の財布事情のことを心配し始めるが、しかし彼女にはまるっきり無駄なことだった。
慧の奢り癖というか、勢いだけで気っ風良くなるタチは、今に始まったことじゃない。だから今更どうこう言ったところで、無駄だろうと雪菜は判断していた。
(……また、お金貸してってせびられるのかなあ)
あはは、なんて苦笑いをしながら、しかし少し憂うようにして雪菜はそう思い。しかし今は、このひとときを楽しむことだけに専念しようと、そうも雪菜は感じていた。
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