Int.35:亡霊都市、若き戦士たちの死闘⑤
『――――コクピット・ブロック、確保しました!』
両手の93式突撃機関砲を投げ出した≪神武・弐型≫が、道路上に鎮座していた国崎機のコクピット・ブロックをゆっくりと両腕で胸の前に抱えれば、美桜の報告がデータリンク通信に響き渡る。
『ヴァイパーズ・ネストよりヴァイパー10、了解ですっ! ……10はそのまま後衛部隊の位置まで後退を、05は10の援護をお願いしますっ!』
続けて聞こえるそんな美弥の声に、エマは小さく「ヴァイパー05、了解」と頷けば、胸の前にコクピット・ブロックを抱えた≪神武・弐型≫の前に自分の≪シュペール・ミラージュ≫を躍り出させて、両手に二挺拳銃みたく持つ88式75mm突撃散弾砲を構えさせた。
「美桜、君は早く彼を連れて後方へ。此処は僕が引き受けた」
『……普段なら一緒に残るって言いたいトコだけれど、状況が状況ですものねぇ。……分かったわ。エマちゃん、後はお願いね?』
フッと、いつもの聖母めいた笑みを一瞬だけ浮かべた美桜にそう言われれば、エマもフッと小さく笑い返し。「任された」と不敵な顔で頷き返す。
『そろそろ一分……! エマちゃん、美桜ちゃん! 流石に抑えきれねえ、限界だ!』
「――――行け、美桜っ!!」
凄まじい勢いの支援砲撃で敵の攻勢を食い止めてくれていた白井の、限界宣言が聞こえると共にエマがそう叫んで急かせば、美桜機の≪神武・弐型≫は全力のバック・ブーストを吹かし、地を這うようにしながら後退を始める。
「さてと、せめて三分は此処で食い止めてあげないとね……!」
加速度的な勢いで迫る、目の前の軍勢に相対して。それでもエマの顔に浮かぶのは焦燥どころか、寧ろ不敵な笑みだった。
「こんな状況、久しく無かった……。
――――さあ、踊ろうじゃないか。この僕の前で、無様に踊ってみせるがいいさ……君たちもねッ!!」
最後に、ニッと小さく口角を釣り上げ――――そして、エマ機の構える二挺の突撃散弾砲が、火を噴いた。
ドン、ドンと左右交互に撃つようにして、左右両方の散弾砲から凄まじい勢いでダブルオー・キャニスターの通常散弾が撒き散らされる。敵との距離は多少あったが、しかし十分だ。
この一瞬で二挺の砲口から吐き出されたダブルオー・キャニスターのベアリング弾の数は、しかし数百にも及ぶ。段々と迫り来る敵の軍勢に向けて真っ正面から降り注ぐのは、比喩でも何でもない、正に文字通り鉄の豪雨だ。
≪シュペール・ミラージュ≫から撃ち放たれたダブルオー・キャニスター弾は多少勢いを衰えさせていたが、しかしそれでも先頭に立つ柔い肉の連中を切り裂くには十分な威力を保っていた。
グラップルやアーチャーの柔肉が裂け、手足が宙を舞い。更に千切れた手足もまた、空中で別の散弾で更に細かく挽き肉にされる。かといって地上ではベアリング弾の一発を喰らったソルジャー種やソルジャー・アンチエアーが上半身を丸ごと消し飛ばしたりしていて、エマ機に相対していた正面の奴らは、そのすべからくが息絶えるか、或いは行動不可能なほどの致命傷を負っていた。
斃れる仲間の死骸に
――――これこそが、彼女がエマ・アジャーニたる所以であって、そして彼女の狙いでもあった。
市街地という狭い閉所を利用した、敵にとっては不可避の遅滞戦術。欧州戦線で狭い市街での戦いを多く経験してきた彼女だからこそ咄嗟に為せる、正に百戦錬磨が故の技なのだ。
これが、地獄の欧州戦線で鍛え抜かれてきた彼女、正真正銘エース・パイロットの戦い方だ――――。
「よし、出足は上々……!」
そうひとりごちながら、エマは両手の散弾砲の空になったカートリッジを同時にイジェクトし、背部のロボット・アームを動かして再装填作業を進める。
しかし、今度は左右で別々の弾種を用意した。右手側は今までと同じ通常散弾だが、左手側の散弾砲にはHEAT-MPスラッグ弾のカートリッジを装填させた。白井の140mmが撃ち放つ物と原理は同じだが、口径が小さい分、どうしてもこちらの方が威力的には劣る。
だが、高温高圧のメタル・ジェット噴流で焼き尽くす性質の分、APFSDSよりはハーミット種に対して効果的の筈だ。現に、エマの経験がそう物語っている。
故に、彼女は敢えてHEAT-MPを選択した。加えてある程度の榴弾効果も期待できるから、軟目標に対しても有効。汎用的に扱えるという意味で、彼女はこれを選んだのだ。
「さて、あと二分半、持たせられるかな……?」
口先ではそう言うエマだったが、しかしその顔は不敵な笑みで満ちていた。自信と、確かな確信に満ちた笑みだ。
再び、エマの≪シュペール・ミラージュ≫は砲撃を開始した。右手の散弾砲から撃ち放つダブルオー・キャニスター通常散弾で露払いをしつつ、面倒で厄介なアーチャーや、その奥に見えるハーミットに対しては左手のHEAT-MPスラッグ弾で対処する。
「やっぱり、威力不足は否めないか……」
斃れた軍勢の奥に姿を見せたハーミット種に対し、既にエマは三発のHEAT-MPを叩き込んでいた。だがハーミット種は動きこそ鈍らせども、まだ息絶えてはいない。怪鳥のような悲鳴混じりの物凄い鳴き声を上げながら、エマに報復を図らんと≪シュペール・ミラージュ≫に向けて死に体の脚を引きずらせながら、段々と距離を詰めてきている。
だが、APFSDSよりは効果は望めている。このまま叩き込んでいけば、幾らハーミットといえども、いずれはくたばってくれるはずだ……。
『――――っと!』
しかし、エマを狙っていたハーミットは彼女が手を掛けるまでも無く、斜め上方から降ってきた白い閃光にのし掛かられ、その甲殻の隙間に強化炭素複合繊維の刃を滑り込まされ、そして中枢バイタル部を抉られて息絶えてしまう。
「……カズマ、美味しいとこだけ取らないでよ?」
それを見れば、エマはフッと小さく笑みを零してしまい。そして彼もまた『この間のお返しさ』なんて冗談を飛ばしてくる。
――――JS-17F≪閃電≫・タイプF。
泡を吹いて息絶えたハーミット種の甲殻の上に膝を突き、たった今突き立てていた対艦刀の刃を引き抜いた、あの純白の機影こそ。彼の、一真の機体に相違なかった。
『良いトコ邪魔して悪いが、エマ! そろそろお開きだ、後退するぜ』
小さく飛び、エマ機の傍に着地した≪閃電≫から、そんな一真の言葉が飛んでくる。それにエマが「えっ?」と戸惑いを見せていると、
『……そういうことだ。敵の勢いが強すぎる。我らは一度後退し、態勢を立て直すしかないのだ』
そうすれば、≪シュペール・ミラージュ≫の後方より合流してきた、もう一機の藍色のタイプFから、そんな瀬那の声が飛んでくる。
『幸いにして、我らと其方、それに不幸中の幸いながらも国崎の働きで、"アーチャー"や"ソルジャー・アンチエアー"の数はかなり減っているそうだ。援軍の目処も付いた故、一度我らは後退すべきだと、錦戸教官の判断なのだ』
「……援軍?」
戸惑うエマがそう訊き返すと、隣で突撃機関砲を撃ちまくる瀬那は『うむ』といつもの態度で頷いて、
『ともかく、我らは一度後退するとしよう。……一真よ』
『ん?』
『私はエマを援護しながら後退する。
瀬那が訊けば、一真は『おうよ』と二つ返事で頷き、
『
そんなことを口走りながら、手にしていたボロボロの対艦刀を投げ捨てると。瀬那機から差し出された93式突撃機関砲を手にし、イジェクトした弾倉の代わりに、背部左側のマウントに余っていた予備の93B式用の多弾数ガンナー・マガジンを装填し直した。93B式支援重機関砲の原型は彼の持つ93式突撃機関砲だから、こうして弾倉の共有も可能なのだ。
『済まぬな、一真。……
『気にするなよ』何処か引け目を感じているような瀬那の言葉に、一真は敢えて笑顔を作りながらそう返してやる。
『先陣切って命張るなぁ男の仕事、男の華ってもんよ。……だから、気にせず下がってくれ。此処は俺に任せな』
そんな一真に、瀬那はフッと小さく微笑んだ後で。『……頼りにさせて貰う』とだけ小さく言うと、機体にバック・ブーストを吹かさせ。エマ機を伴い後退を始める。
「カズマ、すぐに追いついてくるんだよっ!!」
遠ざかっていく彼の、≪閃電≫・タイプFの白い背中を見据えながらエマが叫べば。
『――――あいよ、言われんでも!』
彼は、敢えて機体の首も後ろへ振り向かせながら。ニッと小さく笑みを浮かべ、彼女の言葉に応じた。
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