Int.36:亡霊都市、若き戦士たちの死闘⑥

「…………国崎くん」

 一方、白井たちの潜む山か丘かといった中間ぐらいの、森の生い茂る小高いポイントにまで後退した美桜は、コクピット・ブロックを降ろすと共に自分も≪神武・弐型≫から降りて。そうして、国崎の介抱をしていた。

 土の地面に膝を折る国崎は、何度も、何度も吐き戻していた。既にコクピットの中でも何度か吐き戻した形跡があり、今はもう何も出るものが無いという領域にまで達している。

 だが、それでも国崎は吐き戻していた。目を真っ赤に腫らし、涙目になりながら。それに美桜はただ付き添い、その背中を撫でてやることしか出来なかった。

(…………)

 正直、彼にどんな声を掛けてやれば良いのか。それが、美桜には分からなかった。分からないからこそ、こうしてただ黙って、傍に居てやることしか出来ない。

 ――――実を言えば、美桜とて気持ちは、あの時国崎と全く同じだった。

 助けたい、助け出したい。その気持ちで胸がいっぱいになっていたが、しかし国崎が真っ先に飛び出していってくれたお陰……というのは少し失礼だが、とにかくそのお陰で、美桜はまだ平静を保つことが出来たのだ。

 しかし、もしもあの時国崎が飛び出していかなかったら、きっと自分が彼と同じように飛び出していただろうと……美桜は、そうも思っていた。

 結果的に、あの老婆と付き添いを助け出すことは出来なかった。そのことに関して彼を責めるつもりも無いし、強制脱出の判断を下した西條の判断は、寧ろ英断だったとすら思う。アレだけ熾烈なレーザー照射を受けた後の装甲では、まず間違いなく焼けた鉄板みたいになっていて。幾らマニピュレータといえども、とても生身の人間は熱すぎて乗れなかっただろう……。

 だから、美桜は国崎を責めるつもりなんてなかった。ただ、二人を助け出せなかったことだけは、残念だったと思う。まして、そんな二人がソルジャー種に喰い殺されていく映像を見せられた国崎がこうなるのも、仕方ないとすら思えた。

 故に、美桜は一瞬だけスカウト1を恨んだ。悪趣味とすら思った。しかし――――あの光景が全機にデータリンクで共有されてしまったのは、完全に偶然のことなのだ。彼らはただ、己の職務を全うしていただけに過ぎない。そんな彼らを責めるのは、幾ら何でもお門違いというものだろう。

「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ……!!」

 白井たち後衛部隊の砲声が間近で轟く中で、膝を折る国崎はただ、地面を殴りつけていた。何度も、何度も何度も。

「助けられなかった、助けられたのに、助けられなかった! 俺が、俺が弱かったせいで……! 俺が、俺が遅すぎたせいで……!」

「……違うわよ、国崎くん。貴方は、何も悪くない…………」

「ッ……! 哀川ァッ!! お前に、お前に何が分かる!」

 美桜としては、励ましたつもりだった。

 しかしそれが却って逆鱗に触れたらしく、国崎は振り返れば、物凄い剣幕で美桜のパイロット・スーツの胸倉を掴んでくる。その顔は至極グロッキーで、眼は涙で腫れ、フレームレスの眼鏡は何処かにぶつけた衝撃でレンズの一部がひび割れていて。とにかく、満身創痍といった顔だった。

「っ……」

 そんな国崎の、そこまで激昂する気持ちが分かるからこそ――――美桜は、ただ顔を逸らすのみで。彼に対して、何も言わなかった。いや、言えなかった。

「俺は! 俺はあと一歩で! あと一歩で助けられたんだ! 二人を、二人の命をッ!! あそこで強制排出さえされなければ……きっと!」

「……でも、貴方も死んでいた」

「俺はどうだっていい!! ただ、あの二人が生きていれば……!」

「っ!」

 ――――俺は、どうだっていい。

 その一言が、今度は逆に美桜の癇に障った。

「どうでも良いわけ、ないでしょうにっ!!」

 そうすれば、美桜は敢えて胸倉を掴まれたままで。しかし彼の方を真っ直ぐ見ながら、逆に物凄い剣幕で国崎を怒鳴りつける。

「どうでも良いんだよ! 俺は、俺は……! もう俺の目の前で、誰かに死なれたくない! ただ、それだけだ!」

「それだけだ、って……! だったら、尚更どうでも良くない!」

「いいや、良い!」

「良くない!」

「俺の命なんて、軍人になった時からもう、最初から無いようなものなんだよ! そんなの、今更亡くそうが……!」

「っ――――!」

 国崎が口走った途端、美桜の平手が彼の頬を打っていた。

「何をする!?」

 眼鏡を遠くに吹っ飛ばされながら、しかしそれも構わないといった風に国崎が激昂する。しかし美桜は「貴方を、ぶったのよ!」と負けず劣らずの勢いで言い返し、

「軍人になった時点で、命は最初から無いもの……!? それこそ、冗談にも程があるじゃないのっ!!」

「なにをっ!?」

「なに、じゃない! ――――逆よ、軍人だからこそ、貴方は安易に死んだりなんかしちゃあ、いけないのよっ! 分かる!? いいえ、分かりなさいっ!!」

 そう言えば、美桜はもう一度国崎の頬を平手で打つ。

「国崎くん、今日は何処かおかしいわよっ!? こんなこと言うなんて、貴方らしく、ないわよ……っ!」

 すると、何故か今度は美桜の方が泣けてきてしまい。瞳に溜めた涙を頬に伝え始めれば、その頃になって国崎は漸く落ち着きを少しだけ取り戻したのか、「あ、哀川……?」なんて風に戸惑いの声を上げる。

「いつもの貴方は、もっと臆病で……! でも、冷静で……っ! とにかく、そういう子だったじゃないのよ……!」

「……でも、嫌なんだよ……。俺の前で、もう誰かに死なれるのは…………」

 そんな美桜から眼を逸らしながら、国崎はそう言えば。知らず知らずの内に胸倉を掴んでいた手が解けていて、美桜はそのまま地面に膝を折ってしまった。

「……国崎くん」

 脚を左右に投げ出しながら、ぺたんと座り込む美桜が、俯いたままでそう呼びかければ。立ち尽くしたままの国崎は「な、なんだ……?」とそれに応じる。

「貴方、なんで軍人なんかに……?」

 それを、国崎はすぐに答えようとはしなかった。答えるのが、なんだか憚られるような気がして。

「…………俺は、元は九州の出身だ」

 しかし、国崎は敢えてその気持ちを押し切り、ポツリとそう口を開いた。

「避難してる最中、小さな俺を庇って、父親が死んだ」

「…………」

 それを、美桜は黙って聞いていた。いや……返す言葉を、持てなかった。

「そして、錯乱する俺と母親を護る為に、軍人が何人も犠牲になった。俺の、俺たちの目の前で……」

「……だから、貴方は軍人に?」

 そうだ、と国崎は頷いた。

「もう、俺の前で誰にも死んで欲しくない……。だから、俺は此処に来た」

 まあ、正直言って、戦うのは今でも怖いけどさ――――。

 自嘲めいた笑いを浮かべる国崎に、しかし美桜は「そんなこと、ないわよ」と言いながら立ち上がり、

「……貴方は、立派よ」

 そうやって囁き、そして――――国崎の頭を、そっと胸に抱き抱えた。

「哀川……」

 すると、国崎はもう抵抗する気力もないのか。ぺたんとまた地面に尻を突く美桜にされるがまま、自分も膝を折る。

「貴方がしようとしたことは、決して間違いなんかじゃない。……結果的に、こうなってしまったけれど」

「…………」

「でも、これも覚えていて。――――人に救えるものには、必ず限度があるって」

「限度……」

 憔悴した様子の国崎が呟くと、そんな彼を胸に抱きかかえる美桜は「ええ」と頷いて、

「今日のことが、そうよ。…………きっと、あれは、誰が行っても助けられなかった」

「…………それが、限度?」

「ええ、そうよ。……でも、貴方のその気持ち自体は、決して間違いなんかじゃない」

 でも、あんな無茶はもう、やめて頂戴ね――――?

 ニッコリと、泣き腫らした顔の上で再び聖母めいた優しい微笑みを形作る美桜に言われて、国崎はただ、「……ああ」とだけ頷いた。

「……次にあんな無茶するときは、私も一緒に行ってあげるから」

「えっ……?」

 戸惑う国崎が見上げると、そんな彼の顔を見下ろしながら、美桜は「ふふっ……」ともう一度微笑み、

「私だって、国崎くん。貴方と同じよ。――――もう、誰も私の前で、死んで欲しくない。悲しんで欲しくないだけなのよ」

 そんな二人の真上を、三機のヘリコプターが回転翼で大気を切り裂きながら、低空で飛んでいく。

 それを二人揃って見上げながら、美桜も国崎も、暫くの間そうしていた。

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