Int.34:亡霊都市、若き戦士たちの死闘④

「逃げ遅れって……。どういうことだよ、それッ!?」

 そんなスカウト1の報告に、真っ先に狼狽の声を上げたのは国崎だった。

『言葉通りの意味だよ、ンなことも分からねえのかヒヨっ子!』

「しかし……! この区域には、既に避難命令が発令されているはず!!」

『ンなこたあ分かってる!』

 お互い焦燥するスカウト1と国崎が語気を荒く、不毛な口論を交わしていれば、それに西條がこうやって口を挟んでくる。

『スカウト1、それに国崎。……今は口論をしている場合じゃない。

 ――――それより、スカウト1。その、逃げ遅れた奴ってのの詳しい場所、分かるか?』

『……市街中心部より、少し右寄り。何を思ったか知らないが、今更民家の中から出てきたんだ。詳しい座標と映像をデータリンクで送る、確認してくれ』

 そんな風にスカウト1が告げれば、数秒後に国崎機を含めた全機のマップデータに、例の民間人が居るらしいポイントが小さな光点で表示され。それと共に、網膜投影に新しく追加された小さなウィンドウには、その民間人を捉えたライブ映像が映し出され始める。

「っ……!」

 低空をホヴァリングする、スカウト1のOH-1"ニンジャ"偵察ヘリコプター。その機体上部に取り付けられた索敵センサのカメラを通して中継されるその映像に、国崎は息を呑み、そして、再び狼狽する。

 ――――腰の折れ曲がった老婆と、その付き添いらしい女の二人だった。

 その二人が、今はとある古ぼけた民家の中に居て。二人ともが窓ガラスの傍に立っていて、付き添いの女の方はガラス越しに周囲を不安そうに見回している。

(何故、逃げていない……!?)

 その光景が事実であることが、しかし国崎の頭には理解出来ず。困惑を極める思考の中、ただそれだけを思っていた。

 ――――そもそも、此処にまだ民間人が残っていること自体、おかしな話なのだ。

 既に避難命令は発令されているし、国防軍の普通科兵や地元の消防団、警察なんかがちゃんと見回りをした、その後の筈だ。だから、普通ならこんな所に人が残っているなんて、絶対に有り得ない……。

 しかし、現実としてあの二人はそこに居た。単に避難命令に気付かず逃げ遅れたのか、そうでないのかまでのことは、分からないが。しかし事実、そこにあの二人が、作戦エリア内である此処に、人がまだ居ることだけは、確かな事実だった。

 ――――助けなければ。

 いつの間にか、国崎の思考はその一色に染め上がっていて。掛けたフレームレスの眼鏡を一瞬クイッと上げれば、血走った眼の国崎は操縦桿をギュッと強く握り、そしてフット・ペダルを踏み込んでいた。

『っ!? 国崎くんっ!?』

 スラスタを吹かし、マップデータ上の光点の示すあの二人の元へと、ダークグレーに塗装されたJS-9E≪叢雲≫・国崎機が低空を這うように高速で移動を始めれば。それに気付いた美桜が、珍しく驚いた形相で彼の背中を眼で追う。

「…………!」

 しかし、国崎の耳には、美桜の声すら聞こえない。届くことも、ない。彼の思考は今、強迫観念のようなものに支配されていた。あの二人を何としてでも助けなければという、無謀にも思える強迫観念に。

『っ! ヴァイパー08、今すぐ戻ってください! 無茶です、今からではもう……!』

『戻れ、国崎ッ!!』

 美弥の狼狽しながらも、しかし明瞭さを保つ呼びかけと、そして西條の怒鳴り声とが重なる。しかし国崎は「戻りませんッ!」と荒々しい語気で叫び返し、

「俺が、俺が助けなきゃ……!」

『ッ……! 馬鹿か、お前はッ!! 敵の本隊がすぐそこに迫ってるんだ、間に合いなどしないッ!!』

「やってみなけりゃあ、分からないでしょうがッ!」

 物凄い剣幕で怒鳴りつける西條と、しかしそれ以上の気迫で以て怒鳴り返す国崎。尚も前進をやめない国崎の眼は、完全に血走っていた。

「俺が、俺が助けなけりゃあ……! 何の為に、俺は何の為に軍隊なんかに入ったのか!?」

『国崎くん……っ!』

『待つんだ美桜、僕も行くッ!! ――――瀬那、君はカズマたちの援護を頼んだよ!』

『ああ、心得た!』

 完全に錯乱したようなことを口走り始める国崎機を追って、美桜のJS-1Z≪神武・弐型≫とエマの≪シュペール・ミラージュ≫とがスラスタを全開出力を吹かし、彼を追う。

「もう、嫌なんだよ! 誰かが……もう誰かが、俺の目の前で死んでいくのはさぁっ!!!」

 血走った眼で叫びながら、しかし国崎機は二人の隠れる民家のすぐ近くにまで迫っていた。

 しかし、その民家のすぐ傍には、敵の大群が迫っていて。"グラップル"に"アーチャー"、"ソルジャー"に"ソルジャー・アンチエアー"と、そして大型の"ハーミット"。フルコースとも言えるぐらいの種類が、物凄い数を伴ってあの民家に迫っていた。

(構うものか……!)

 だが、それを前にしても国崎の進む脚は止まらない。そんなことよりも、あの老婆と女を助ける方が、国崎にとっては全てだった。

 ――――その為になら、此処で己の命が燃え尽きた所で、構わない。

「うおおおぉぉぉぉぉ――――ッッ!!!」

 雄叫びを上げながら、国崎は吶喊とっかんを仕掛け。己の≪叢雲≫が両手に持つ93式突撃機関砲から20mm砲弾を全力でバラ撒き、そして左右両側にアンダー・マウントしたグレネイド・ランチャーから、130mmグレネイド砲弾を絶え間なく撃ちまくる。

 ――――烈火。

 国崎機から放たれる熾烈な攻撃は、そうとしか例えようのないほどに激しかった。残弾も継続戦闘も考えない、文字通りの全力射撃を繰り返しながら、国崎機は建物たちを飛び越えるようにして、一気に高度を上げる。

『……ッ! 馬鹿、さっさと高度を落としやがれ、国崎ィッ!!』

 そうすれば、珍しく狼狽した声で白井が叫び。しかし彼の叫び声が届くよりも早く、眼下の敵の大群から大量のレーザー光線が、己へと向けて照射されるのを国崎は見た。

「くぅぅぅッ!!」

 数十条の青白いレーザー光線を浴び、≪叢雲≫のあちこちが焼け焦げ始める。同時に"アーチャー"のマシーン・ガンから放たれた生体弾は装甲の上で弾け、ダークグレーの複合装甲に凹み傷のような幾つもの弾痕を穿っていく。

 ――――鳴り響く警報。

 左肩のサブ・スラスタが燃え、脚部バランサーはマシーン・ガンの直撃で破損し狂い、絶え間ないレーザー光線の照射によって、機体の表面温度はどんどん上昇していく。分厚いステーキ肉が一瞬の内に灰になるような温度にまで上昇した≪叢雲≫は、遂に装甲の一部が赤熱化して溶解し始めていた。

 だが、国崎は耐える。歯を食いしばりながらそれに耐え、遂に地表が目の前といったところで――――。

「うわっ!?」

 物凄い衝撃が、コクピットを揺さぶった。

 何かの拍子にコクピットの何処かへと頭をぶつけたのか、切れた頭から滴る紅い血が、国崎の顔を汚す。そうやって頭をぶつけたせいで、一瞬朦朧とした意識の中に国崎が見たのは――――自機の左腕に、アーチャーのマシーン・ガンが直撃した光景だった。

 あの生体弾が直撃したせいで、持っていた93式の20mm砲弾と、130mmグレネイド弾が誘爆し。その凄まじい爆発で、国崎機の≪叢雲≫は左の二の腕の半ばまでを吹き飛ばされてしまう。

『国崎ッ!!』

 その様子を遠巻きながら目の当たりにしてしまっていた白井が叫ぶ声が、遠くに聞こえる。

 そして――――再び、物凄い衝撃が国崎の身体を揺さぶった。バランスを失った機体が背中から叩き付けられるように地面へ墜落したのを、国崎は分かっていた。

「……まだだ」

 朦朧とする意識の中、しかし国崎の闘志はまだ潰えていない。操縦桿を握り締めれば、必死に機体を立ち上がらせようとする。

 何度かよろめきながら、しかし≪叢雲≫はまだあるじを見捨ててはいなかった。完全に狂ったバランサーの設定数値を機体制御OSが自力で修正しつつ、≪叢雲≫はなんとか右腕一本だけで膝立ちの格好に立ち上がる。既に、右手の中の突撃機関砲は、何処かに失われていた。

「っ……」

 眼前に迫る、敵の群れ。そして降り注ぐアーチャー種の苛烈な水平砲火の中、しかし国崎と≪叢雲≫は未だに生きていた。

 再びアーチャーのマシーン・ガンが直撃し、今度は頭部ユニットが丸ごと吹き飛んでいく。首から上の重要センサー類を失ったせいで、機体は凄まじい量の警告を発し。そしてシームレス・モニタの視界は一部分が失われていくが、最低限の視界だけは機体各部のサブ・カメラが何とか維持していてくれる。

『国崎くん、もういい! もういいわよ! 貴方はよく頑張った――――だから、早く離脱なさい!』

『早くそこから逃げるんだ! でないと、君まで……!』

 自機を追い掛けてくる美桜とエマの声が通信越しに聞こえるが、しかし白井はそれに応じようとはしない。

『チッ……! 時間、少しは稼げるか……!?』

 小さく舌を打ちながら、しかし白井もまた彼が離脱する時間を稼ごうと、140mm狙撃滑腔砲での砲撃支援を始めた。遠くで弾ける140mm砲の着弾音も、しかし今の国崎には気にならなかった。

『08、今すぐ離脱してください! その機体では、持って五分……!』

『早く逃げなさい、国崎くんッ!!』

 美弥が、そして錦戸が叫ぶ。だが国崎はそれに構うことなく、唯一生き残った右腕を、すぐ真横の民家に向けて伸ばした。

「――――民家の二人、聞こえるか!?」

 そして、外部スピーカーを使って国崎は呼びかける。

「今すぐそこから出るんだ、敵が目の前まで迫ってる! 俺が逃がしてやるから、早く出てくるんだ!」

『国崎……! もう間に合わねえってのに!!』

 そんな、焦燥の色に染め上がった一真の声も、今の国崎には聞こえない。

『っ……! カズマ、我らで救援に行けば、もしかすれば……!』

『冷静になりなさい、瀬那! ――――アタシたち全機で行ったところで、もう間に合いやしないわよ……!』

 血迷ったことを口走る瀬那と、それを諭すステラ。

『……私が、予備のミサイルを持ってきます。白井さん、霧香ちゃん、それまで持たせられそうですか?』

『キッツいねえ、この状況だと……!』

『稼げて、三十秒って所かな……!?』

『なら、どうしろと……!』

 まどかは起死回生の案を出したが、しかしそれは無理だと、白井も霧香もやんわりと否定する。二人が全力で支援砲撃に当たっているのは、傍に居るまどかに分からないワケがなかった。無かったからこそ、まどかは失意のままに小さく顔を伏せることしか出来ない。

「さあ、早く! ――――大丈夫だ、俺が必ず連れて帰る!」

 しかし、既に国崎は通信の回線を切っていた。皆のやり取りが聞こえないままに、国崎は外部スピーカーで叫び続ける。

 すると、例の二人が家の中から出てきた。どうやら、老婆の方は足腰が弱り、あまり速く歩けないようだった。

「手の上に乗るんだ! 大丈夫だ、俺が助ける……!」

 敵の群れは、既に国崎機から百m以内にまで迫っていた。グラップル種の血走った焦点の合わない眼が睨み、国崎機を屠らんと、その棍棒めいた腕に何度も空を切らせる。

 ――――大丈夫だ、間に合う。助けられる。

 国崎だけは、そう確信していた。確信と共に、安堵していた。

 ――――しかし。

『……ッ! もういい! 美弥、外部から強制イジェクトを掛けろ!』

 遂に限界に達した西條がそう叫んでいたのを、通信回線を切断していた国崎は、知らぬコトだった。

『しかし、承認が……!』

『ンなモンは、指揮役の私で通せば良い! ――――出来るな、美弥!?』

『やってみます! ……いいえ、やります!』

『頼むぞ……! ――――哀川、エマッ!』

『大丈夫です、教官!』

『出てきたコクピット・ブロックは、僕たちで意地でも回収してみせる……!』

 力強く頷く美桜とエマの二人に、西條は確かな頼もしさを感じ。小さく『……頼んだぞ』と頷く。

『……白井、どれだけ時間を稼げる!?』

『持って、三十秒……! いや、一分だ! 稼ぐ、稼いでみせる……!』

 白井はそう答えながら、『まどかちゃん、20mmを貸してくれ!』と続けて叫ぶが、まどかは『……えっ?』と当惑するのみ。

『いいから、貸せっての! ――――俺なら、出来るはずさ……! そうだろ、ステラちゃんもそう思うだろ!?』

 半ば戸惑いながらのまどか機から、93式20mm突撃機関砲を左手マニピュレータで引ったくりながら、白井がそう叫べば。ステラも『……! ええ!』と力強く頷いてみせ、

『稼いでみなさい、一分程度! ……アンタ、アタシの弟子でしょうに! それぐらいやって貰わなきゃ、後で酷いわよ!?』

『ヘッ、怖いね……!』

 そんなステラの言葉に、しかし白井は小さく不敵な笑みを浮かべ。そうしながら、懐から取り出したマッチ棒を口に咥えてみせた。

『一分だ、一分は稼いでみせる……! ――――だから頼んだぜ、エマちゃん、美桜ちゃん!!』

 白井はそう言いながら、右手では地面に杭を打ち固定する81式140mm狙撃滑腔砲を。左手では腰だめに構えた93式突撃機関砲を構え、まるで二挺拳銃のようにして交互に撃ちまくり始める。

『……! 08と接続! 強制イジェクト、準備出来ました!』

 そうすれば、後ろに振り向きながらの美弥がそう叫び。すると西條は大きく頷いて、

『後ろ向きにブッ飛ばせ! ――――ヴァイパー08、強制イジェクトしろ!』

『了解っ!!』

 西條の指示と共に、美弥が目の前のオペレーティング・デスクを殴りつけるように操作すれば。

「さあ、早く――――」

 ――――安堵の顔をしていた国崎機のコクピット・ブロック、その脱出装置が作動したのは、丁度あの二人が≪叢雲≫の右手マニピュレータに乗ろうか乗るまいか、そうしている時だった。

「…………えっ?」

 一瞬にして明かりを消すシームレス・モニタに、そして襲い来る凄まじい衝撃に、理解の及ばない国崎はぽかんと口を開けていた。

 しかし、そんな国崎を待ってくれはしない。脱出機構が作動した≪叢雲≫は、背中のサブ・アームやメイン・スラスタごと背部装甲を全て吹っ飛ばし。そうしてコクピット・ブロックが露出すれば、仕込まれたロケット・モーターに点火。まるで国崎を抱えた大きな棺のような格好をしたコクピット・ブロックは、そのまま≪叢雲≫の背中より物凄い勢いで飛び出していく。

「ちょ、ちょっと待てよっ!?」

 その頃になって、国崎は脱出装置が働いたと気づき。狼狽の声を上げる。通信回線は、既に自動的に開かれていた。

「待って、待ってくれ! 助けられた、助けられたのに……!!」

 国崎の慟哭が響き渡るが、しかし無情。コクピット・ブロックは国崎の瞳から流れる涙粒をコクピット内に飛散させながら、後ろ向きに大きく飛び。数百m飛んだところで仕込まれていたドラッグ・シュートを開傘させ、最後に減速用のロケット・モーターを下方に向けて一瞬吹かせば、そのまま多少ゆっくりとした勢いでアスファルトの道路上に着地した。

 その頃――――抜け殻と化した国崎機の≪叢雲≫は、遂に押し寄せてきた敵の軍勢に踏み潰され、叩き壊され。無残な鉄屑へと変わり果てていた。

「やめて、やめてくれ。あの人たちは、俺が……」

 懇願するような、そんな国崎の言葉も届くことは、しかし永遠にありはしなかった。

 国崎機と同様に、木造の弱い作りの民家は容易くグラップル種に踏み潰され。そして、あの二人は――――片方はグラップルに下半身を踏み潰され、そしてもう片方と残った半分は、最後にソルジャー種の顔を至近距離で見てしまい。

 ――――そして、息絶えていくのを、奥歯を食い縛りながら睥睨へいげいするスカウト1の索敵センサが、捉えてしまっていた。

「――――――うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!?!?!?」

 無情に響き渡る、慟哭する国崎の叫び声。それは、何処か死者を悼む鎮魂歌レクイエムにも似ていた。

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