Int.32:亡霊都市、若き戦士たちの死闘③

(やはり、少しばかり数が多い……)

 そんな具合に一真とステラの二機が先んじて後退していく中、しかし未だに踏み留まるJSM-13D≪極光≫のコクピットで、錦戸は唇の端を小さく噛んでいた。

 顔色こそ涼しいが、しかし内心では少しの焦りを抱いている。初撃のミサイル斉射で、敵が予想よりも削れていないことが、その焦りを彼の胸中にもたらしていたのだ。

「雑魚ばかりなのが、まだ救いですが……」

 そうぼやきながら、錦戸は機体の右手マニピュレータに持つ93B式重機関砲を撃ちまくり。そうしながら、弾幕を抜け肉薄してくるグラップル種へは、左手で振るう対艦刀の一撃を見舞ってやっている。

 たった今目の前で横一文字に胴体を両断したグラップル種から返り血が飛び、既に黒灰色だった装甲のあちこちを返り血まみれにしていた≪極光≫の装甲を、更に赤黒く汚す。しかし錦戸はそんな些事には目もくれず、次なる標的へと意識を移していた。

「……!」

 そうすれば、錦戸の視界が更なる脅威対象を捉えた。数百mの向こう、交差点の陰から遂に姿を現す、紅白の硬い甲殻に包まれたドデカい六本脚の姿に。今回でも最大の脅威対象である大型種・ハーミットの姿に……。

「――――06、砲撃支援を!」

 そんなハーミットの姿を機体のメイン・カメラ、そしてシームレス・モニタ越しの視界に捉えた、その瞬間には既に錦戸はそう叫んでいた。

『……了解、分かってますって』

 すると、データリンク通信越しに聞こえてくるのは、冷静に思考を冷やし尽くした、そんな白井の声。

『この距離だ、外したら赤っ恥だねえ』

 にひひ、なんて余裕綽々に独り笑いながら、白井はそんなことを呟き、そして――――。

「っ!?」

 ――――錦戸の視界内、迫るハーミットの上空で、小さな爆炎が爆ぜた。

『なっ、外したぁ!?』

 一瞬遅れて聞こえてくる、轟く140mm狙撃滑腔砲の撃発音と共に、あからさまに狼狽する白井の声が聞こえてくる。

「いいえ、違います……!」

 しかし、彼が狙いを外したわけでないことを、錦戸は知っていた。彼の撃ち放った砲弾が、直前で撃ち落とされたことを知っていた。今のミス・ショットは、決して白井のミスではないことを。

 あの一瞬に、錦戸の眼には見えていたのだ。空間を切り裂くように走った、一条の青白いレーザー光線が……!

『……! "ソルジャー・アンチエアー"……!!』

 そうすれば、白井もその事実に気が付いたのか。そんな白井の動揺する声が聞こえると共に、重機関砲を撃ちまくりながらの錦戸は「ええ」と頷く。

「私がアンチエアーの気を逸らします。白井くん、君はそれに合わせて砲撃を。……出来ますね?」

 対艦刀の切っ先を地面に突き立て、空いた左手で93B式の新しいガンナー・マガジンを、背部左側のマウントから引っ張り出しながら錦戸がそう言うと。すると白井は少しの沈黙の後で『……やってやろうじゃないっスか』と、その提案に乗っかってきた。

「見たところ、ハーミットの傍に控えるアンチエアーの数は、多くて二体程度です。私一機でも、十分に気を逸らすことは可能です。

 …………白井くん、140mmの着弾までのタイム・ラグは?」

『この距離なら、殆ど無いに等しいっスよ』白井が答える。『一瞬も一瞬、人間じゃあ認識出来ない程度のタイム・ラグしか無いっスって』

「なら、結構。――――それじゃあ、タイミングは私に合わせてください。弾種は任せます」

『了解』

 そう頷いた後で、白井はひとりごちる。

『再装填、弾種・HEAT-MP。諸元変わらず……』

「……行きます!」

 その独り言を聞き終えた直後、錦戸機は遂に動いていた。

 隠れていた雑居ビルの陰から躍り出た錦戸の≪極光≫は、既にアスファルトの路面から引き抜いていた対艦刀を振り被り、そして――――目の前のハーミット種へ向け、思い切りブン投げた。

「白井くんッ!!」

『分かってますって……!』

 大きく弧を描き、緩く回転しながら飛ぶ対艦刀を、やはり"ソルジャー・アンチエアー"は見逃さず。強化炭素複合繊維の刀身を焼き付くさんと、二条の青白いレーザー光線が空中に向けて放たれるのが、錦戸の眼にも見えていた。

 そして、次の瞬間――――。空中を舞っていた対艦刀も、それを迎撃していたアンチエアーも。そしてハーミット種すらをも巻き込んで、物凄い爆発が巻き起こる。

 大地を揺らすその爆発と共に、機体を撫でる爆風と共に幾つかの焼け砕けた肉片が飛んできて、それが≪極光≫の黒灰色の装甲にベタベタとこびり付く。

 それを見るまでも無く、錦戸は確信していた。白井の撃ち放った140mmHEAT-MP砲弾が、無事にハーミット種へと直撃してくれたのだと。

「っ!」

 その事実に安堵していた瞬間、しかしチリチリと装甲が焦がされる音と共に、コクピット内に警報音が鳴り響く。

 視界の中に網膜投影される情報の中に、レーザー照射警報が混ざって表示されれば。しかしそれより前に錦戸は、己がソルジャー・アンチエアー種の生き残りにレーザー照射を受けていることを知り、慌ててスラスタを吹かすと回避運動に出る。

 しかし、アンチエアーのレーザー光線は逃げる錦戸機を的確に追い、装甲を焦がし続けた。幾ら低出力のレーザーといえども、あまり長く照射され続ければ、TAMSの複合装甲でもやがては貫かれてしまう……。

「ちっ……!」

 回避運動を取りながら後退する錦戸だったが、しかし更なる警報音に、遂には小さく舌を打った。

 ――――右肩のサブ・スラスタが発火していると、警報ウィンドウが網膜投影される。

 錦戸は大きく後退した機体をやっとこさ着地させ、ビルと民家群の陰にしゃがみ込ませるようにしてレーザー照射から逃れさせれば。そうすれば正面のコントロール・パネルへと手を伸ばし、素早く操作する。

 右肩部サブ・スラスタへと消化剤を噴射させ、同時に右肩への推進剤の燃料供給をカット。機動力は多少削がれるが、これで引火の危険は無くなったはずだ……。

「ふぅ」

 右肩の自己消火手順をクリアすれば、その頃になって漸く錦戸は小さく安堵の息をつく。

「……やはり、腕はなまるものですね」

 そんな自嘲するようなことをひとりごちながら、錦戸はしゃがんでいた≪極光≫を立ち上がらせる。右肩は焦げているが、しかしこの程度では戦闘続行に支障ない。まだまだ、戦えるはずだ。

 だが――――事態が急変したのは、錦戸が安堵していた、正にその瞬間のことだった。

『――――スカウト1よりヴァイパー全機! 射撃待て! 繰り返す、射撃待て!』

『どういうことだ、スカウト1っ!?』

 焦燥したスカウト1の声と、応じる西條の怒号とがデータリンク通信内で交錯すれば。次にスカウト1の口から告げられるのは、錦戸ですら耳を疑うようなことだった。

『どうもこうもない……! ――――逃げ遅れた民間人が居るんだよ! まだ、作戦エリア内にッ!!』

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