Int.17:夏夜絢爛、刹那の大輪は星の海に咲き乱れ⑤

「ねねっ、カズマっ。これって何かな?」

 そうやって、縁日の中を連れ回され始めてすぐのことだった。とある出店の前で、エマがそう言って立ち止まったのは。

「ほう?」

「……たこ焼きか」

 眼をきらきらさせるエマが立ち止まったのは、たこ焼き屋の屋台。隣に立つ瀬那もどうやら興味はあるらしく、エマほどはしゃぐとはいかないまでも、その瞳の色は割と興味津々といった具合だ。

「二人とも、食ったことないのか?」

「まあ、僕はね。瀬那は?」

「私も、経験は無いな……。如何様いかようなものなのだ? その……たこ焼きとやらは」

 とまあ、二人の反応は予想通り。元がフランス人のエマは元より、瀬那も何だかんだ言いつつ、要はお嬢様育ちみたいなもの。そんな二人が、たこ焼きを実際に食したことはおろか、その存在すらも知らなくたって、当然といえば当然だろう。

「うーむ」

 そんな具合な二人の反応を鑑みつつ、一真は少し悩むように唸り。

「まあいいや、物は試しって奴だ。百聞は一見に如かず……。――――おっちゃん、たこ焼き三つ、頼むわ」

 軽く決断した一真が屋台に近寄りながら、そう呼びかけると。店主の親父は「あいよ」なんて無愛想な返事をすると、丁度焼き上がり掛かっていた奴をひょいひょい、と、笹舟に似た形に竹の皮を折った入れ物に入れていく。作り置きが上手いタイミングで捌けていたから、運良く焼きたてにありつけるというワケだ。

「全部、掛けちまっても大丈夫かい?」

「ん? うーん……」

 親父にそう訊かれ、一真はどうしたものかと瀬那たちの方に一瞬振り返るが、

「……まあ、いいや。構わんぜ、全部やってくれ」

「あいよ」

 一真にそう頷いた親父は、竹皮パックに六個一纏めに纏められたたこ焼きにソースとマヨネーズ、それと青のりと鰹節をパッパッと乗せ、そして最後に爪楊枝を添えてから「ほい」と手渡してきた。

「へヘッ、どうもどうも。……ほい、二人とも」

 受け取った二つを後ろの二人に手渡し、代金を親父に手渡した後で自分も貰えば、それを片手に瀬那とエマの二人の方に戻っていく。

「……カズマ、これが?」

「たこ焼き、という物なのか」

 とすれば、エマも瀬那も、おっかなびっくりといった風に手元のたこ焼きに視線を落とし、戸惑っていた。

「まあまあ、百聞は一見に如かず。とりあえず、食ってみ?」

 それに一真がニッと小さく笑みを浮かべながら言ってやれば、エマは「そ、そうだね」と。瀬那は「う、うむ……」と頷き、爪楊枝の刺さっていた一つをそれぞれ掴み取り、頬張ってみた。

「…………うん? 案外美味しいかも、これ」

「中々に美味ではないか、このたこ焼きという奴は」

 まあ、その後の二人の反応はこんな具合。どうやら二人とも、たこ焼きを随分と気に入ってくれたらしい。

「喜んで貰えたなら、結構結構」

 そんな風に呟きながら、一真は自分もひょいとたこ焼きを口の中に放り込む。

「……うん、旨い」

 ソースの掛かった生地のふっくらとした食感に、マヨネーズのアクセント。それにチラッと効く青のりと鰹節の味わいが、また効いている。内包されるタコもコリッとした食感で、中々に癖になりそうな感じだ。

「――――あら?」

 そんな風に、三人で道端に突っ立ってたこ焼きを頬張っていれば。近くから、そんな美桜の首を傾げるような声が聞こえてきた。

 何かと思って振り返れば、どうやら金魚すくいに興じているらしい。国崎と美弥と三人で横並びになって掬っている最中のようだったが、どうやら美桜、網を破ってしまったらしい。残念そうに肩を落とす横顔が、一真たちの位置からでもよく見える。

「あー、美桜ちゃん……」

「ふっ、詰めが甘いぞ哀川」

 あはは、なんて苦笑いする美弥の横で、フレームレスの眼鏡をクイッと指で押し上げる国崎は、何故かキメ顔をしながら美桜に向かってそう言う。

「えー、なら国崎くん、出来るのかしらぁ?」

「ふっ……無論だ」

 同じく苦笑いしながら首を傾げる美桜に、国崎はまたキメ顔で頷き。「よく見ていろ、哀川」なんて言いながら網を振り上げれば、

「金魚というのは、こう掬うものだ――――ッ!!」

 物凄い形相で、振り上げていたその網を振り下ろし――――。

「…………」

 ――――そして、網は一瞬の内に破れてしまった。

「……あら?」

 破れた網を何度も見返しながら、真顔で硬直する国崎と、困惑したように首を傾げる美桜。

「……ま、まあ、こういうこともありますよぉ」

 全力の真顔で硬直するそんな国崎の横で苦笑いを浮かべつつ、美弥は励ますようにそう声を掛ける。

 だがそんな最中にも、美弥は片手間にひょいひょいと次から次へと金魚を掬いまくっていて。それが逆に国崎にとっては精神的なダメージが大きいようで、破れた網片手に思い切り肩を落とす国崎の背中は、物凄い哀愁に包まれているようだった。

「……美弥、意外とウデ良いんだ……」

 そんな三人のやり取りを遠巻きに眺めながら、エマは苦く笑う。それに一真も「だな」と頷きながら、今度は別の方へと視線を移した。

「ふふふ……他愛なし…………」

 ――――次に眼に映ったのは、霧香の姿だ。

 どうやら輪投げか何かをやっているらしいが、薄い無表情の上にそんな相も変わらぬ妙な笑みを浮かべながら、次から次へと投げた輪を引っ掛けていくのが見える。全弾命中の勢いなものだから、店主の親父が物凄く顔を青ざめさせていた。

「……流石は忍者、手裏剣慣れしてるだけはあるか」

「霧香……。其方という奴は、本当に…………」

 そんな霧香の姿を遠巻きに眺めながら、色々通り越して逆に感心し始める一真と、そしてそんな彼女を何故か恥じるように、瀬那が眉間を指で押さえながらそう呟く。

 あの様子だと、完全に護衛は二の次で、確実に縁日を楽しんでいるといった具合だ。まあ一真が、それにエマも一緒に瀬那の傍に付いている以上、よっぽど大丈夫なのだが……。

「……ま、いいか」

 たまには、アイツにだって息抜きは必要かもな――――。

「あれ? そういえば、ステラは何処行ったのかな?」

 一真がそんなことを思い、フッと頬を緩ませていた、そんな折に。ステラが近くに居ないことに、ふと気付いたエマが首を傾げながらそんなことを口走るものだから、一真も「ん?」と首を傾げてみる。

「まあ、彼奴あやつも子供ではないのだ。放っておいても、然して問題は無かろうて」

 とすると、相変わらずたこ焼きを頬張りながら、瀬那が冷静な声色でそう言う。だからエマも一真も「そうだね」「だな」と頷けば、続いて一真はこう提案した。

「とりあえず、アイツを探しつつ、俺たちは俺たちで色々回るとするか」

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