Int.16:夏夜絢爛、刹那の大輪は星の海に咲き乱れ④

 とまあ、そんな具合の白井とまどかを先行させ。少しの時間差を置いてから出発した一真たち一行は、程なくして祭りの場所へと到着した。

「わあ、これが夏祭りって奴なんだね」

 境内に立ち並ぶ出店と、ぽわぁっとした暖色の淡い照明の明かり。そして喧噪に混じり、遠くで鳴り響く太鼓の音。これを聞けばはしゃがないはずがなく、エマは眼をきらきらさせながら、一真の横から自然と一歩前へ躍り出てしまう。

「ほいほい、あんま先行き過ぎるとはぐれるぜ?」

 ふらふらと何処かへ行ってしまいそうなエマの手を掴み、繋ぎ止めながら一真は苦笑いを浮かべる。するとエマは振り返り「あはは……」なんて苦く笑えば、

「でも、何だか楽しくなっちゃって。ステラ、君もそうじゃない?」

 そんな風にエマに突然話を振られれば、ステラは一瞬硬直した後で「……えっ!?」と慌てて振り返り、

「あ、うん。そうね、これならはしゃいじゃっても、無理ないわよね」

 わざとらしく笑いながら、そうやってエマに言葉を返してきた。

(ステラ、もしかして君は……)

「? エマ、どうかしたか?」

 そんなステラの妙な様子を見ながら、一瞬神妙な顔になったエマがそう思っていると。それを怪訝に思った一真に首を傾げられながらそう声を掛けられたものだから、エマは慌てて「あっ、うん。何でもないよ?」と一真に微笑み返す。

「まあ、いではないか。それより、早く参るとしよう。他の者共も待たせておることであるしな」

 瀬那にそう言われ、一真は「んだな」と応じて、境内の中へ歩いて行く。

 そうして、境内を歩くこと少し。混み合う人の群れの中に見慣れた一団を見つければ、しかし一真が声を掛けるよりも先に「おーい」とエマが呼びかけてしまう。

「あらあら、やっと合流できたわね♪」

 近寄りながら、相変わらずの雰囲気でそう言う美桜を筆頭に、国崎、美弥の三人と一真たち一行は合流する。白井の姿が見えないのは、きっとまどかに連れ回されているからだろうことは明らかだ。

「あ、一真さんっ! 今日は誘って頂いて、ありがとうございますっ!」

 合流するなりそう言って、ぺこりとお辞儀をする美弥。そして「……ふっ、たまにはこういうのも悪くない」なんてキザに言いながら、フレームレスの眼鏡をクイッと指先で押し上げる国崎。二人とも、美桜共々に浴衣の格好だった。

「でも、ごめんねぇ? 新参の私たちまで誘って貰っちゃって。なんか、悪いわぁ」

「気にするこたぁないさ」

 うふふ、なんて相変わらずの聖母めいた笑みを浮かべながらの美桜に、ニッと口角を釣り上げながら一真が言い返す。

「俺たちは何度も、一緒に死線を乗り越えてきてる。つまり戦友だ。……だろ? 瀬那、それにエマも」

 振り返りながら一真が軽く問いかければ、瀬那は「うむ」と。そしてエマは「そうだね」とにこやかに微笑みながら、それに応じ頷いてくれる。

「その戦友をこんなまたとないイベントに誘わないってのは、つまり俺の義に反するってワケだ。……ま、気にせず楽しもうぜ?」

 そして、再び美桜の方に向き直った一真がそう言えば。美桜は「そうねぇ」なんて具合に頷いて、

「私ったら、野暮なこと言っちゃったわね。……忘れて頂戴?」

 なんて言うものだから、一真はそれに無言のままにニッと小さな笑みを浮かべることで応じてやる。

「……まあ、難しい話は、この辺。とりあえず、楽しもう……?」

 ふふふ、なんて相変わらずの妙な笑みを浮かべながら、霧香はそう言いつつ先に歩いて行ってしまい。しかし一真の横をすれ違う一瞬、彼の肩を叩いた意図を、一真は暗黙の内に察していた。

 ――――瀬那のこと、くれぐれも頼んだよ。

「……分かってるさ、今更言われんでも」

 人混みの中に消えていく霧香の背中を眺めながら、一真はニッと笑みを浮かべつつ、知らず知らずの内にそんな独り言を呟いていた。

「では、我らも参るとするか」

「そうだね、瀬那。……ほら、カズマも行こっ!」

 瀬那と頷き合うエマに、再び手を取られて引かれれば。手を引かれる一真は「お、おい!?」と慌てて脚をもつれさせつつも、しかし表情は何処か綻んでいて。己の手に触れるエマの長く華奢な、しかし何処かひんやりとした手の感触も、何だか心地よく感じてしまう。

 ――――やはり、彼女らに対しての覚悟を決めたが故か。

 多分、そうなんだろう。瀬那もエマも、二人とも一真にとって唯一無二の存在となってしまっているのだ。なればこそ、胸に沸き起こるこの感情は、決して負の感情では無いと断言出来る。

 ……きっと、自分は罪な男なんだろうとも思う。

 でも、今となってはどうしようも無い。自分は結局、彼女ら二人を同時に愛してしまったのだから。ましてそれを、二人が容認してしまうというのなら。そうなってしまえば、もうどうすることも出来ない。どちらかを一方だけを選び、もう一方を捨てていくことだなんて……自分には、出来やしない。

 だから、これで構わないと一真は思っていた。例え、傍から見て歪な形でも良い。それでも……自分は、瀬那もエマも、二人の内どちらかを置いていくことだなんて、出来ない。したくはないのだ。彼女たちの流す涙なんてのは、もう見たくなんてない……。

 覚悟は、もう出来ている。故に、男はこの拳を握り締めるのだ。いつだって立ちはだかる壁を叩き壊してきた、唯一無二の己の拳を。

(――――その為には)

 二人をこの腕の中に掻き抱く為には、己が己で在る為には。もっと、己は強く在らねばならない。この拳を誰よりも、何よりも強く……。

「あらあら、私たちを置いていくつもりかしらぁ?」

「あ、待ってくださいよお! 私も行きますっ!」

「全く、弥勒寺は節操の無い……!」

 美桜、美弥、国崎の三人のそんな声が、自分たちを追う声が、背中の向こう側から聞こえてくる。

「さて、何から試したものか」

「瀬那は、どれやってみたい?」

「ううむ、悩みどころよの」

 ……そして、前を向けば、そんな風に言葉を交わし合う、瀬那とエマの二人の姿が一真の眼に映る。

「……まあ、こんなのもアリっちゃアリか」

 そんな二人の背中を近くで眺めながら、フッと笑いながら一真がそんな風に呟くと。「む?」「うん?」と二人はこっちに振り返ってきて、

「一真よ、其方は何処から参る?」

「何処でも良いよ、君が連れてってくれるなら、僕らは何処へだって♪」

 瀬那はいつもの凛とした表情の上で、小さな笑みを浮かべて。エマはニコッと、天使みたいに微笑みながらそう言うものだから、一真の表情はまた一段と緩くなってしまう。

「何処へだって、ね…………」

 ――――それも、悪くない。二人となら、何処へだって構わない。

「さてと、何処から回ろうかね?」

 きっと今日は、戦いと戦いの合間の、ほんのひとときの休息に過ぎないのかも知れない。戦いの合間の、ほんの儚い夢幻ゆめまぼろしに。

 でも――――それでも、構わない。今だけは、今だけはこうして二人と、そしてみなと祭りを楽しむコトだけを考えようと。そう、エマに手を引かれながら一真は、そんなことを思ってしまっていた。

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