Int.15:夏夜絢爛、刹那の大輪は星の海に咲き乱れ③

「…………遅いですよ」

 そんな一真たちに先んじて203号室をこっそりと出ていた白井が、訓練生寮・一階ロビーに降りて行くと。出入り口の傍で立って待っていた、やはり浴衣姿の彼女――――たちばなまどかはそんな白井の姿を見かけるなり、何処か不機嫌そうな刺々しい語気でそう、彼へ開口一番の言葉を投げ掛ける。

「悪い悪い、ちょっと野暮用に気取られちまって」

 あはは、なんて笑いながら白井がそう言えば、まどかは「……まあ、良いです」と言って、

「今回だけは、許してあげます」

 半開きになった出入り口のドアから吹き込む生温い夜風に、短い藍色の髪、その前髪をふわっと揺らしつつ。ぷいっとそっぽを向きながら、まどかはやはり棘の強い語気でそう呟いた。

「やったぜ、許された」

 それに白井があからさまに喜んでみせると、何故かまどかはぷくーっと頬を膨らませ、

「……やっぱり、許してあげません」

 掌を返すようにそう言うものだから、白井は「えー?」と、冗談めいた笑みを浮かべながら首を傾げてみせる。

「とにかく、行きましょう。もうすぐ、祭りが始まってしまいますから」

「あら? 他の奴ら待たなくて良いのか?」

「……っ! い、良いんですっ! とにかく行きますよっ、白井さんっ!」

 とぼけたみたいに白井が訊けば、しかし何故かまどかは顔を逸らすと、白井の裾を引っ掴んで出口の方へと強引に引っ張っていく。

「あっ、おいっ!? ……分かった、分かったから引っ張るな! 引っ張るなって!!」

 そんなまどかの謎の行動に、流石の白井も慌てふためきながら。しかしまどかは「いいえ、分かってませんっ!」と何故か強情になり、そのまま白井を強引に訓練生寮の外まで引っ張っていこうとする。

「分かってるって! ――――あーもう、俺の負け! 俺っちの負け! 流石のアキラ様も敗北宣言っ! だからまどかちゃん、引っ張るなって! 伸びる、服伸びちゃうからぁんっ!!」

「い、良いからさっさと出るんですよっ! で、でないと……誰か来ちゃうじゃないですかっ、もうっ!!」

 全力の降伏宣言を叫ぶ白井と、何故か頬を赤らめながら、まだ白井を引っ張ろうとするまどか。そんな二人のやり取りは傍から見ていれば奇妙そのもので、一体全体どちらが男なのか分かったもんじゃない。

「…………何やってんだよ、アイツら」

 勿論、そんなに騒げば一真たちが気付かぬはずもなく。無理矢理引っ張っていくまどかと、強引に引っ張られていく白井。そんな奇妙な二人の姿を、一真ら五人は廊下の曲がり角に隠れながら、揃って困惑した顔で覗き見ていた。

「まさか、アキラがまどかとはね……。意外、かな?」

 そんな一真の背中に抱きつくみたいに張り付きながら、一真の顔の横からひょいと顔を出すエマが苦笑いしながらそう言えば、しかし一真は「いんや、違うぜ」と指摘し、

「逆だ、逆。どうやら、まどかの方からみたいだぜ」

「……それ、ホントに?」

 ともすれば、きょとんとした顔でエマに訊き返されるものだから。一真は肩を竦めながら「ホントにホント。何せ、本人から直接聞いたコトだ」と言ってやった。

「ふむ、人は見かけに寄らぬと申すからな。彼奴あやつが白井をどうしても、何ら不自然ではあるまいて」

「……まあ、初陣であの調子だったからね……。あのが惚れるのも、納得といえば、納得」

 うんうん、と腕組みをしながら頷いた瀬那に続いて、やはり相変わらずの無表情に小さな笑みを浮かべながら霧香がそう呟けば。瀬那は「その話、まことか?」と意外そうな顔で訊き返す。

「ほんと、ほんと……。私も、あの時は後衛だったからね……。あの時の、あのの顔は、明らかにホの字って感じだったよ……。ふふふ…………」

 とすれば、霧香は不敵に笑い、いつもの無表情ながら何処か楽しんでいるような素振りでそう答えてみせた。

「ううむ、遂に彼奴あやつにも春が来おったか」

 そんな霧香の一言を聞き、やはり腕組みをする瀬那は独り頷きながら、感慨深そうにそう呟く。

「いやあ、良かったねアキラも。ほら、ああいうタイプって、意外と本命って来なさそうじゃない?」

「そうとは限らんぜ、エマ。白井本人にやる気があるかは、正直微妙なトコなんだ」

「うーん、断るのかなぁ? だったら、ちょっと勿体ない気もするけど」

 背中に張り付くエマとそんな会話を交わしながら、一真は「まあ、言えてるかもな」と苦く笑う。至近で顔を突き合わせるエマが殆ど背中に抱きつくような格好なのは、最早一真にとっては慣れたことで、今更どうこう気にするようなことでもない。だからそんな状況に於いても、顔を突き合わせ言葉を交わす二人は至極平静とした顔色だった。

「…………」

 そんな二人と、うんうんと感慨深く頷く瀬那。そして壁にもたれ掛かりながら「ふふふ……」と妙な笑みを浮かべる霧香の、その更に後ろで。白井とまどかの二人を遠目で眺めながら、ただ一人、ステラだけが微妙な顔色を浮かべていたことを、他の四人は知るよしも無かった。

(……白井、アンタは)

 ステラの胸の内で呟かれる独白は、彼に届くことはない。ただ、意味の分からない悶々とした感情の渦だけが、ステラの胸の内でいつまでも巡っているだけだった。

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