Int.14:夏夜絢爛、刹那の大輪は星の海に咲き乱れ②
「待たせたな。……む、白井も
そう言って一真と、そして白井もついでに玄関先で出迎えた瀬那の格好は、普段とはまるで異なり。しかし何処か見慣れているような錯覚にも襲われる、そんな浴衣姿だった。少しばかりの違和感を覚えるのは、きっと彼女が普段と違い、腰にいつもの刀を帯びていないからだろう。流石に、浴衣では刀を帯びるワケにもいかないらしい。
「わぁお……」
そんな具合な格好の瀬那に出迎えられ、「ちょっと、色々あってな」なんて苦笑いしながら言う一真の後ろで、白井があからさまに鼻の下を伸ばしていた。
「まあ、
フッと小さく笑みを浮かべながらの瀬那に言われ、一真は普通に靴を脱いで。そして白井は「お邪魔しまーす」なんて律儀に言いながら上がり、部屋の奥へと歩いて行く。
「あっ、カズマっ」
「……なんでアンタまで居るのよ、白井」
――――その奥で出迎えるのは、やはり浴衣姿のエマと、そしてステラだ。
エマの方は「どうかな?」なんて具合に、今にも飛びつきそうな勢いで一真の方へと駆け寄り。かたやステラの方はといえば、腕組みをしながら白井の方をじぃっと向き、何やら不機嫌そうな顔を浮かべる。二人とも、少しだけ頬は紅かった。
「まあ、成り行き上?」
そんなステラに向かってにひひ、と笑いながら白井が答えると、ステラは「ったく……」と呆れたように肩を竦める。
「ねねっ、どうかな? 似合ってるかなっ?」
その間にも、エマは物凄く一真と距離を詰めながら、至極はしゃいだ様子でそう問いかけてきて。それに一真が「似合ってるぜ、想像以上に」と答えてやれば、エマは「やったっ♪」なんて具合に、その場で軽く飛び跳ねそうな勢いで喜ぶ。
「ふふふっ…………」
そんなエマの反応に、一真も頬を緩ませていると。そんな声が聞こえてきたかと思えば、その頃になって一真は、部屋の隅に立つ霧香の姿をやっとこさ視界に捉えた。
「助かったぜ、霧香。悪かったな、二人の着付け、手伝って貰っちまって」
「構わないよ……」
普段と同じ薄い無表情でそう答える霧香だが、しかし格好はエマたちのように浴衣でなく、いつか見たような私服の格好だった。違う点といえば、前は捲っていたワイン・レッドのブラウスめいた薄手の上着の袖を、今はぴっちり伸ばしていることぐらいか。
今回、霧香にはステラとエマ、二人の浴衣の着付けを手伝って貰っていた。何せ二人は、こういった和装に疎い。だが瀬那だけでは少し手が足らないということで、こうして心得のある霧香にも応援を頼んだといった具合だ。
「……ところで、霧香は浴衣、着なくて良いのか?」
そんな霧香の傍にさりげなく近寄って、周りに聞こえない程度の声色で一真が気を遣いながら彼女に耳打ちをすると。しかし霧香は「大丈夫、大丈夫……」と静かに頷いて、
「私は、瀬那の身辺警護があるからね……。動きやすい格好の方が、便利なんだ……」
そう言いながら、スッと服の袖を一真の方に見せてきて。チラリとその袖を捲ってみせれば、その奥に隠した仕込みトンファーを一瞬だけ、一真に見せてくる。少し前に一真と街へ出た時に霧香が調達していた、アルミ合金製の伸縮する小振りな奴だ。
「ああ、そういうことね」
霧香の言い草に一応の納得を見せると、一真もまた、手先を半分無意識の内に己の履くジーンズ、その右腰へと触れさせる。Tシャツと上着の裾で隠すその奥にはいつものカイデックス樹脂製ホルスターと、グロック19自動拳銃が収まっていた。
――――瀬那が未だ
しかし、一真も霧香も、それを承知で今回のことを強行した。狙われているという事実以上に、彼女に夏祭りを体験させてやりたい。それが、護衛役である二人の総意だったのだ。
だからこそ、霧香は敢えて私服の出で立ちとなり、身体のあちこちに武具を仕込み。一真は一真で、不測の事態に対応出来るように帯銃しているのだ。人混みに乗じて、敵が仕掛けてくる確率はゼロじゃない……。
故に、瀬那には一真か霧香、どちらか一方が常に張り付くという手筈になっている。二人の内でどちらかが彼女の傍から離れなければ、まず大抵の事態には対応できるだろうとの判断だ。
「…………」
そんな事実を頭の中で反芻しながら、霧香から一歩離れた一真が振り返れば。偶然視線を交錯させたエマは、そんな一真に向けて小さく、無言のままに頷いてくる。
――――大丈夫、僕の方でも気を付けてはおくから。
二人のやり取りがどういったことかを、何となく察していたのか。無言で頷くエマの蒼い瞳には、そんな意図が暗黙の内に示されていた。
(……頼りにしてるぜ)
それに一真が、そんな意図を込めて頷き返してやると。エマはフッと柔らかい笑みを浮かべ、もう一度頷いてくれる。
「さてさて、着替えも済んだことだし。皆、行きましょうか? そろそろ、祭りも始まっちゃうでしょうに」
としていれば、パンパンと手を叩きながら、ステラがそうやってこの場の
それにエマはニッコリと笑いながら「そうだね」と答え、そして玄関口から戻ってきていた瀬那も「うむ」と頷く。
「なら一真、参るとしようか」
そうしていると、瀬那は一真の方に近づいてきて。そう言いながら一真の手を取れば、急かすように腕を軽く引っ張ってくる。
「はいはい、分かった分かった。慌てると、コケるぜ?」
「心配は無用だ。生憎、私は和装の類には慣れておる」
「っと、これは一本取られたか」
「ふふっ……」
とぼけるような一真の言葉に、小さく柔らかな笑みを浮かべる瀬那の顔は、やはり期待するような、何かを楽しみにしているような、そんな明るい色に満ちていた。
だから、一真も頬を緩ませる。そして、思った。多少の無茶は承知の上で彼女を、瀬那を夏祭りに誘ったのは、間違いなんかじゃなかったのだと。
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